12 戦火のポルール。~あの日見た最後の笑顔~
場所:ポルール
語り:ターク・メルローズ
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五年前、当時十二歳だった私、ターク・メルローズは、鉱山の街ポルールに来ていた。
コルク色の岩山に囲まれたこの町は、国一番の鉱石の産出量を誇り、労働者たちで賑わっている。
冬は極寒になるきわめて過酷な環境で、とても暮らしやすいとはいえない場所だ。しかし、ここの人々は、少しもくじける様子がなかった。
鉱夫やその家族はもちろん、たくさんの商売人たちも、各地からどんどん集まってくる。
この街の活気に満ちた様子は、子供だった私の目にも、とても魅力的に映った。
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魔道研究家で、道具職人でもある私の父は、元々は王都にある屋敷で、私や母と一緒に暮らしていた。しかし、ここ数年は、ずっと一人、鉱山に入り浸っている。
昔から材料調達のため、頻繁にこの町を訪れてはいたのだが、最近は本当に、王都の屋敷に戻らなかった。
私がこの街に来たのは、ほぼ二年ぶりだっただろうか。父に呼び出された私は、王都から転送ゲートを抜け、街の東の端に出た。
ここから岩山に刻まれた急な階段を少し登っていくと、斜面に建てられた粗末な小屋に、父はいた。
「おお、ターク、よく来たな!」
久々に会った父は、白い歯を見せ、笑顔で私を迎えてくれた。しかし、その印象は、王都にいたころとは、大きく変わっている。
王都では研究用の白い白衣姿でいることが多かった父が、その日はまるで、鉱夫のように全身真っ黒だったのだ。
「父さん、仕事ははかどっていますか? 父さんがなかなか戻らないと、母さんが寂しがっていますよ」
「あぁ、もうすぐだ。もうすぐ帰るよ、ターク」
「よかった。母さんが喜びます。ところで、僕に見せたいものってなんですか?」
「あぁ、いろいろあるぞ。ついてこい。まずは街を見て回ろう。それから砦に登って、上から湖を見るんだ。坑道も見せてやる。プレゼントもあるぞ。だが、お楽しみは一番最後だ」
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鉱山の街を歩き回ると、たくさんの精錬所や、武器や防具職人たちの店が出ていた。父さんは防具店に入ると、そこの店主に声をかけた。
「頼んでいたものはできているか?」
「おぉ! いらっしゃいませ。その坊ちゃんが話に聞いた自慢の息子さんですね」
父さんは私に、鎧の胸当てと肩当てを用意してくれていた。黒くてシンプルなデザインだが、金の魔道具が埋め込まれている。複雑に組み立てられた歯車が静かに回っていて、父が作ったものだとすぐにわかった。
「ターク、お前は不死身だが弱点も多い。これを着ていろ。成長にあわせてサイズも変えられる。長く使えるぞ」
父さんがくれたこの鎧は、私の身体からあふれる癒しの加護を吸収し、不意な魔法攻撃を跳ね返すことができるものだった。
「癒しの加護では治らない状態異常攻撃を防げるからな」
「ありがとうございます、父さん」
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それから私たちは、ポルールの北にある第一砦に登った。冬が近づき、冷たい空気は澄み渡って、どこまでも遠くまでよく見える。
隣国クラスタルとの境界でもあるこの砦からは、広々としたルカラ平原が一望できた。
緑の短い草が風にサワサワと音をたて、隣国の街へとつながる茶色い道が、ずっと向こうまでつづいている。
そして、青々とした森の手前に、キラキラと美しく輝く大きな湖が見えた。
「どうだ? ポルールは。小さい街だが活気があるだろう。ここから見る湖は最高だと思わないか? 本格的な冬がくる前にお前に見せておきたかったんだ」
私の頭を撫でながら、やさしい微笑みを浮かべ、いつもよりよく話す父。
いま思えばこれが、父が私に向けた最後の笑顔だった。
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「父さん、なにか黒いものが湖からあふれてきます」
私たちが第一砦に登り、しばらくしたころ、私はその異変に気づいた。
突然もくもくと黒いモヤを吐き出しはじめたルカラ湖が、みるみるうちに茶色い泥水に変わってしまったのだ。泥は湖からあふれ出て、緑の草原を沼地に変えていく。
「なんだ? いったい、どうなってる……!?」
「父さん……! すごく大きい魔物が、モヤのなかからどんどん湧いてます!」
真っ黒な雲のようなモヤのなかから、巨大な魔獣が次々に姿を現し、一斉に第一砦に向かって歩きはじめた。
「なんて大きさだ……。体長六メートルはありそうだな……。皆を非難させなくては」
「僕も手伝います!」
「ダメだターク、お前は転送ゲートに向かえ! 王都へ帰ってイーヴに知らせてこい」
「わ、わかりました」
皆が恐怖に震え逃げまどうなか、私は父に言われるまま王都に帰り、剣の師匠であるイーヴ先生を呼びに走った。子供だった私には、そのとき、それ以上にできることがなかった。
そして、いまにつづく、ポルールの戦いが始まったのだった。




