11 マリルのパーティー。~私はあなたの婚約者!~[挿絵あり]
美しい花々が咲き乱れる昼下がりの庭園にて、私、ターク・メルローズは、とあるパーティーに参加していた。
主役の少女の名はマリル。私より三つ年下の十五歳だ。大きな薄灰色の瞳が印象的な美少女で、燃えるように赤い髪を縦巻きのツインテールにしている。
背が少し小さめで、まだまだ幼さが残って見えるが、彼女は私の婚約者だ。
彼女は、お嬢様らしい豪奢なドレスで、いつも綺麗に着飾っている。
そして、その小さな顔には、常に自信に満ちた微笑みが浮かべられていた。
なぜなら彼女は、由緒ある子爵家の令嬢であり、天才的な炎属性魔法の使い手でもあるからだ。
マリルはこの春、この国切っての超難関魔術学校へ首席で合格し、忙しい学生生活を送っていた。
そんななか行われた、先の国家魔術師認定試験。彼女はそれにも、最年少で一発合格を決めた。
国家魔術機関は、国の英雄と謳われる大魔導師が創設した機関だ。国のために戦う魔術師たちを管理指導し、また、優秀な魔術師たちを各地へ派遣する。
国のさまざまな問題を解決するための、もっとも重要な機関である。
志の高い彼女は、この機関に入るため、この数年、魔術の勉強に一心に取り組んでいた。
今日は彼女の、国家魔術師認定試験合格を祝うパーティーなのだ。
遅れてパーティー会場に入ると、彼女は友人知人に囲まれ、賑やかに会話を楽しんでいた。
「マリルったら、本当に天才だわ! この魔力不足のなか、あんなに高等魔法を連発して、よく立っていられるのね!」
「いったい、どうやって魔力を貯めてるの? 私なんて一晩眠ってもほとんど回復しないの。ファイアーボールひとつ出せないのよ」
友人たちが入学試験のときに見たであろう、マリルのずば抜けた魔術の才能を口々に誉めている。マリルは自信たっぷりに微笑んで、彼女たちの称賛に、高飛車に答えた。
「わたくしは不死身の大剣士ターク・メルローズ様の婚約者ですもの。これぐらいできるのは当然でしてよ」
マリルは一見、高貴な家に生まれ、才能にも恵まれた幸運なお嬢様に見える。しかし、その実、彼女はかなりの努力家だ。
弛まぬ努力からくる自信に満ちあふれた彼女の性格は、少々高飛車で傲慢、そして、強引で怒りっぽい。
しかし、長年一途に私を慕い、私に相応しくあろうと努力する姿には、なかなかに好感が持てた。彼女の少し面倒な性格も、取り立てて短所だとは思わない。
そんな彼女の楽しそうな様子を、私は少し苦々しく思いながらも、ニヤニヤと眺めていた。
私に気付いた女性達がキャーキャーと金切り声をあげ、ハートマークを飛ばしはじめる。
――さっそく気付かれてしまったな。
今日の私は、いつもの黒い鎧姿ではなく、パーティーに相応しい貴族の正装だ。
あの鎧を脱いだ私は、明るい日差しのもとにいても、だれもが目を細めるほどに輝いてしまう。
女性に限らず、皆手のひらで顔に陰を作りながらも、好奇心に満ちた瞳で私を眺めた。
この癒しの光は、ただでさえ注目されている私を、ひたすらに目立たせてしまうのだ。
私は大剣士の称号に恥じぬよう、いつだって気を抜かず、威厳をもって振るまう必要があった。
私の姿を見つけると、マリルは周囲の取り巻きをかい潜って、嬉々として私のもとにやってきた。
「ターク様、ご機嫌よう!」
「ああ、マリル、無事合格できてよかったな」
「当然ですわ! 私はあなたの婚約者なのですから♪ ね! ターク様!」
嬉しそうに婚約者を連呼するマリルに苦笑しながらも、私は彼女の頭を撫でた。
すると、「もう、ターク様、子供扱いはおやめになって!」と、彼女は少し、不満そうに頬を膨らませる。
「そういえば、人伝に聞いたのですけれど……」
不満ついでに思い出したのか、急に小声になったマリル。彼女は周囲の目を気にしながらも、いまさっき小耳に挟んだ、噂話の真相を確認しにかかった。
「ターク様、ゴイムを治療なさったって、本当ですの?」
昨日の今日で、もう王都に住む婚約者にまで話が回ってしまうとは、世間とは狭いものだ。
――できればマリルには、知らせずに済ませたかったのだが……。
――なにかとすぐに噂の種になってしまうのが、私の悲しいところだな。それもこれも、私が眩しすぎるのが原因だろう。
マリルは私が、領民たちを治療するのを嫌う。内心の焦りを彼女に悟られないよう、私は平静を装った。
「ああ、屋敷の前で倒れていたんだが、使用人が無茶をしてケガをさせてな」
仕方なかった感じを醸し出してみたが、マリルは不満そうに腕組みをして、私を下から睨みあげた。
「もう! ターク様はどうしてそう、粋狂でいらっしゃるのかしら。大切な魔力を盛大にお使いになって……。また魔力切れ寸前ではございませんの?……はっ! まさか、その有難い加護でゴイムにお触れになったんですの!?」
「いや……見た目ほど大したケガじゃなかったから、ヒールでパパッと治したよ」
私は咄嗟に嘘をついて「ははは」と、ごまかしの笑顔を浮かべた。マリルは可愛い婚約者ではあるが、怒らせると非常に厄介だ。
昨日のゴイムが悲惨な大ケガで、まだまだ治療中だということは、できれば黙っておきたい。加護を使ったのはもちろん、キスしたなんて知れたら火の雨が降りそうだ。
それにしても、いったいどこから話が漏れたのか、昨日の一件は思った以上に噂になっていた。治療したゴイムの所有者がわからず、そのまま屋敷に置いていることまで、すでに知られているようだ。
「あの美しい加護をターク卿のお部屋で……なんて羨ましいゴイム!」
背後から聞こえてくるそんな会話に、少しモヤモヤしてしまう。
――無情にいたぶられた哀れなゴイムを、そんなに羨ましがるとはな……。
――あのゴイムがどれほどひどい目にあったか知っていれば、そんな言葉は口にできないだろう。
――しかし、それだけ想像力があるというのに、だれかにケガを負わされたのだとわからないのか?
そんな私の生返事に、マリルは(怪しい……)という目つきをした。
彼女からは先日、私が戦地から戻った理由について、少ししつこく詮索された。私はそれを、全てはぐらかしてしまったのだ。
そのせいか彼女は、最近よくこんな目で私を見る。
マリルは考えた末に、『また師匠に帰れと言われてしまったんだろう』と、思うことにしたようだ。
「まぁ、大体そんな感じだ……」
少しぼかした返事をしたが、彼女はそれ以上詮索しなかった。実際に私は、昨年師匠に「はりきりすぎだ」と言われ、王都へ連れ帰られていたからだ。
「とにかく、ターク様の魔力があまり少ないのは心配ですわ。奴隷や一般人の方々に、有難い加護をお使いになるのも、わたくし好ましく思いませんの。そんなことをなさって、一体なんになるんですの?」
「領主として領地の管理をしているだけだ。領地があったって領民がいないんじゃ困るだろ」
「それはそうですけれど、なにもターク様がご自分で治療なさらなくても……」
「仕方ない、街はどこも魔法師不足だ。代わりを探すのは難しい」
私がなにか言えば言うほど、マリルの唇は尖っていく。婚約者に理解を得られない活動は、なかなかに厄介だ。
平行線を辿る会話に疲れた私が、ほんの少し目をそらすと、マリルは私の手を取り、励ますように言った。
「ターク様は少し、戦地でお気持ちが鬱いでしまわれたんじゃありませんの? ポルールは過酷な場所ですもの。屈強な騎士様でも、お心に傷を負ってしまうことがあると聞きましたわ。強い気持ちで戦いに臨むためにも、魔力を減らしすぎないことは大切でしてよ?」
「そうだな、気をつけるよ」
「でも、ご安心くださいませ。ターク様のお気持ちが沈んだときには、婚約者のわたくしが、愛の力でしっかり治して差しあげましてよ。ね、ターク様!」
「あぁ、ありがとう。マリル、悪いが私はこれからまだ用があるんだ。今日はこれで抜けさせてもらうよ」
「えっ、でも、ターク様……」
マリルはまだまだ話し足りないという様子で、私の服の裾を掴んだ。
――だが、今日はこれ以上、この会話を掘りさげないほうがよさそうだ。
――可愛い婚約者の姿も拝んだことだし、さっさと退出することにしよう……。
「楽しい一日を」と、マリルの額に軽く口づけし、のぼせた顔の彼女を残して、私は足早にその場をはなれた。
今回ははじめて、ターク様の語りでのお話でした。
婚約者のマリルが開くパーティーに出席したターク様は、彼女の高飛車な態度に苦笑いしつつも、彼女を可愛がっています。
しかし、大切な彼女と意見があわず、話を早めに切りあげたい様子。助けたゴイムや魔力残量の話になると、逃げるようにその場を去りました。なんだかいろいろ心配になりますね!
さて、次回は五年前のお話です。十二歳のターク様はポルールへ出向き、お父様に会います。




