10 大人気のターク様。~不死身の大剣士は疲れ知らず?~
場所:タークの屋敷(ベッドルーム)
語り:小鳥遊宮子
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「わ! もうこんなに治ったの!?」
食事の片付けをしに来たメイドのサーラさんは、ソファに座る私を見て、驚いた顔をした。
サーラさんは昨日、お風呂で私を洗ってくれたメイドさんの一人だった。短いクリクリしたオレンジ色の髪の、活発そうな少女だ。
「よかったわね、ミヤコ。ご主人様がたまたま帰ってきてなければ、絶対死んでたわよ」
食器を片付ける手を止め、感心した様子で私を眺めるサーラさん。
「え? たまたまなんですか?」
「そうよ! ご主人様は不死身の大剣士様だもん。いつもは当然、ポルールで魔獣と戦ってるの。いまお屋敷にいるのは、たまたまだわ」
サーラさんの話によると、ターク様は十日ほど前、突然ポルールから屋敷に帰ってきたようだ。そして、領地にあふれるケガ人を治療するため、いまは毎日街に出ているらしい。
明るい黄色の瞳を輝かせ、弾丸のように喋るサーラさん。彼女はターク様が大好きなようで、彼の話をはじめると止まらないらしかった。
サーラさんが興奮しはじめると、一緒に来ていたアンナさんも、同じようにターク様を褒めはじめた。
「ご主人様が戻ってから、本当にたくさんの人が救われました。平民や奴隷にまで治療してくれる魔導師なんて、この国にはめったにいませんからね」
表情がキリリとして、真面目そうに見える彼女は、サーラさんに比べれば、かなり落ち着いて見える。だけど、よく見ると頬が赤らんで、彼女も興奮しているようだ。
アンナさんが少し身を乗り出すと、サーラさんがさらにぐいぐいっと身を乗り出してきた。
「そう、だからあなた、本当に幸運よ! ご主人様って、最高にやさしいの!」
メイドたちに褒められたターク様は、満更でもなさそうな顔をしながら、小さく咳払いをしている。
「ふふん、忘れちゃったらしいから教えてあげるけど、ご主人様はね、国中で大人気なのよ!」
サーラさんはまるで、自分の自慢話をするかのように腰に手を当てふんぞり返った。
彼女によると、ターク様は昨年から、この街の領主になったらしい。国王から戦地での戦いぶりを評価され、大剣士の称号とともに、この屋敷が建つ領土を与えられたのだという。
「ご主人様は不死身なだけじゃなくてね、剣も本当に強いの。神業みたいだって、国中で話題になってるのよ。この国はどこへ行っても、ご主人様の話題で持ち切りなんだから! ご主人様ってすごいでしょ!?」
大興奮のサーラさんを前に、ターク様は照れたように笑いながら、首の後ろをぽりぽりとかいた。
――そっか、ターク様は、だれにでも治療してくれるやさしい領主様だったんですね。
――昨日はちょっと顔が怖かったけど、いまはそうでもないし、あれはやっぱり疲れてたのかな?
そんなことを考えている間も、サーラさんはさらに話しつづけている。
「領主様が、領民のためにここまでしてくださるなんて、聞いたことないわ! 魔力が少なくなると、普通の魔導師ならフラフラしちゃうものだけどね。ご主人様はなんと言っても不死身だから! いつだってシャキッとしてるのよ!」
そう言って、ますますふんぞり返るサーラさんに、ターク様は苦笑いを浮かべる。
――え? ターク様、昨日はすごく、フラフラしてたけど……? 気づかなかったんだ?
少し不思議に思い首を傾げていると、「ご主人様は本当に疲れ知らずでいらっしゃいます」と、アンナさんが付け加えた。
「当然だ。私は不死身の大剣士だからな」
そう言って、話を締め括るように「ごほん」と咳払いをした彼。
「サーラ、そろそろ仕事に戻れ。あまり遅いと厨房のやつに叱られるぞ」
「は、はい! ごめんなさい、ご主人様」
「あぁ、しっかりやれよ」
「あ、私も手伝います」
そう言って、自分の使った食器を持ちあげようとする私の腕を、ターク様は突然、ガシリと掴んだ。
「お前はダメだ。なにもするな」
「ひゃっ?」
「いいから休んでろ。お前たちも、ミヤコにはなにもさせるなよ」
「「かしこまりました」」
――え!? なに? どういうこと?
キョトンとする私に、「静かに寝ていろ」と言い残し、ターク様はそそくさと、どこかへ出かけてしまった。




