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泥人形の村の泥人形祭り

作者: ウォーカー

 これは、実家がある村に帰省している、ある若い男の話。


 夏の日差しが降り注ぐ、山林に囲まれた辺鄙へんぴな村。

その若い男は、夏の休暇を利用して、実家があるその村へ帰省していた。

村には神社とお寺が併設された場所があって、

毎年その神社で村の夏祭りが行われることになっていた。

泥人形祭り。

村の夏祭りはそう呼ばれている。

亡くなった生き物の泥人形を作って供養するというもので、

その若い男も、昨年に亡くなった実家の猫を供養するため、

泥人形祭りに参加しようとしていた。


 泥人形祭り当日。

よく晴れたその日、お祭りが行われる夕方が近付くにつれ、

村の神社には村人達が集まり始めていた。

生きている時間が長いほど、慰霊する相手も増えるもので、

若者が少ない村の人口比率を考慮してもなお、お祭りの参加者は老人が多い。

とはいえ、娯楽が少ない村の重要行事ということもあって、

若者や子供など、年寄り以外の姿もみられる。

その若い男の様に、

外で暮らしている人達が多数帰省してきていて、

村は普段とは違う賑わいをみせていた。

そうして、日が西に傾き周囲が薄暗くなってきた頃、

いよいよ泥人形祭りが始まったのだった。


 日が暮れて薄暗くなった神社の境内を、

等間隔に並べられた灯籠の灯りがぼんやりと照らしている。

それから、どこからか濃いお香の香りが漂い始め、

巫女装束を着た人達が御神酒を持って姿を現した。

村人達は、巫女から酒を受け取っては、

口をつけるという範囲を越えて酒盛りを始めていた。

その若い男も酒が嫌いな方ではなく、

受け取った盃の底を数回舐める程度に酒をあおった。

それから村人達は、神社の境内を流れる小川を遡り、

小さな滝の方へと移動していく。

神社の裏手にあるその滝は、小振りだが霊験あらたかな滝で、

泥人形祭りで作る泥人形は、

その滝の水と土をこねた泥で作ることになっていた。

村人達は泥で手を汚しながらも、泥をこねて泥人形を作っていく。

作られている泥人形は様々で、小鳥のような小さな泥人形もあれば、

赤子くらいの大きさの泥人形もあった。

村人達は慰霊したい相手の姿を思い描いて形にしていく。

誰しも、幼い頃に泥遊びをしたことがあるものだが、

ある程度の大きさの泥人形をきちんと作るとなると、これが意外と難しい。

土が多すぎればボロボロと崩れて形を留められず、

水が多すぎれば形にすることすらできない。

慣れない若い村人達は泥人形作りに四苦八苦、

何度も汗を拭っては顔を泥だらけにしていた。

泥人形祭りに何度も参加しているであろう老人たちは慣れたもので、

等身大はあろうかという大型犬の泥人形や、

中には人間の泥人形まで器用に作り上げる人までいた。

そんな中、その若い男はというと、見事な猫の泥人形を作っている最中。

実は、その若い男は人形職人を目指していて、都会で修行中の身。

修行中とはいえ、その腕前は素人とは比べるまでもなく、

見る者が目をみはる見事な猫の泥人形を作り上げようとしていた。


 泥人形作りはおおよそ終わり、

その若い男は、小川の川辺に腰を下ろしてくつろいでいた。

周囲でも村人達が泥人形と一緒に思い思いの時を過ごしている。

神社の境内はもうすっかり夜の闇に覆われていて、

灯籠の灯りではその闇を払い切ることはできない。

まるでこの世とあの世が繋がってしまいそうな、そんな光景。

すると、その若い男が座っている横で、何かが動いたような気がした。

そこには泥人形の猫が置いてあるはずだが・・・。

濃いお香の香りのせいか、はたまた飲みすぎた酒の酔いが回ったのか。

その若い男は目をこすって頭を振る。

「いかんな、ちょっと飲みすぎたかもしれない。

 泥人形の猫が動いて見えるなんて、どうかしてる。」

頬をピシャリと叩いて、もう一度泥人形の猫を見下ろす。

腰を下ろしているその若い男の隣に座っている、泥人形の猫。

その泥人形の猫の体が、確かに動いている。

首を器用に回して、背中や足をぺろぺろと舐めて掃除をしている。

それはまるで、生身の猫がそうするように。

何度見直してもやはり、泥人形の猫は動いていた。

泥人形の体を擦り寄せてきているので、間違いない。

その若い男が混乱して周囲を見てみると、

村人達が作った他の泥人形のいくつかも、やはり動き出しているところだった。

動き出したのは、泥人形の犬だったり猫だったり、あるいは兎だったり。

どちらかというと小さな泥人形の方が活き活きと動いていた。

灯籠の仄明ほのあかりの中、村人達は動き出した泥人形の姿に驚き、

次にはその現象を受け入れて、亡くなった生き物との再会を喜んでいた。

お香の香りと酒の酔いが、冷静な思考を奪っていく。

「化けて出たのがうちの猫なら、それでもいいか・・・」

トロンとした思考の中で、その若い男も、

動き出した泥人形の猫を受け入れていった。


 灯籠の灯りとお香の香りと、御神酒の酔いに包まれて。

神社の境内にいた村人達は、

動き出した泥人形との時間を穏やかに過ごしていた。

泥人形の体でぎこちなく動く犬の背中を撫でたり、

あるいは座った姿勢のまま動かない泥人形の老爺に酒を注いだり、

事情を知らない者が見れば、薄ら恐ろしく感じるような光景が広がっている。

しかし、村人達は誰も疑問を挟もうとしない。

長く伝わるお祭りだからか、はたまた酒と香のせいか、

村人達は最初こそ戸惑っていたものの、動く泥人形をすっかり受け入れていた。


 夜も遅く、日付が変わろうかという時間になって。

暗闇の神社の境内に数人の巫女達が姿を現し、

お祭りを締めくくる最後の儀を執り行う旨が言い渡された。

泥人形祭りの最後は、作った泥人形を川に溶いて泥に還すというもので、

一時的にこの世に呼び出された霊を、そうしてまたあの世に還すのだという。

巫女達に先導され、村人達が泥人形を持って川辺に集まる。

中には既に崩れかかった泥人形もあって、川に浸けるまでもなく土に還っていく。

その男も、泥人形の猫を抱えて川の水の中に足を踏み入れていった。

川の水嵩みずかさは膝くらいで流れは穏やか。

上流で水に溶かれた泥人形が、川の色となって流れて過ぎていく。

村人達は名残惜しそうに、泥人形を川の水に溶いている。

それはその若い男も同じ。

腕の中で柔らかく動いている泥人形の猫は、生前の猫を思い起こさせる。

その猫はその若い男が幼い頃から飼っていたもので、

一緒に育った兄弟のようなものだった。

泥人形の姿になったとはいえ、折角再会できたそれを手放したくない。

もしも、泥人形の猫を川の水に溶いてしまわなければ、

そうすればこれからもずっと一緒にいられるだろうか。

いや、そんなことを考えてはいけない。

川の水に足を踏み入れたまま、その若い男は逡巡する。

そうしている間も、泥人形の猫は腕の中で頭を擦り寄せて来る。

それを手放すのが心苦しく、

その若い男は泥人形の猫を川の水に浸けると、

水に溶くこと無く、その体からそっと手を離した。

「ごめんな。

 また来年、ここに会いに来るからな。」

その若い男の言葉に、川に放たれた泥人形の猫は、

寂しそうにこちらを見つめながら、

ゆっくりと川の水の中へと沈んでいった。


 それからすぐに泥人形祭りはお開きになった。

酔いが回った村人達が足取り怪しく村の方へ戻っていく。

足取りが怪しいのはその若い男も同じで、

ふらふらと千鳥足で実家へ帰ると、

久しぶりに顔を合わせる両親とろくに話すこともなく、

早々に寝床へ潜ってしまった。

御神酒の心地よい酔いに包まれて、間もなく寝息を立て始めたのだった。


 深夜。

寝静まった村の中を、何かが体を引きるようにして歩いている。

深夜の村に人の気配は無く、誰にもその姿を見られることはない。

水っぽい何かを引き摺るその音は、やがて、

その若い男の家の玄関先へとたどり着いた。

家の中へ入ろうとしているのか、玄関の扉をがりがりと引っ掻いている。

しかし、そんなささやかな物音はその若い男を目覚めさせるには足りず。

やがて諦めたようで、

その何かは寂しそうに真っ暗な林の中に紛れていった。


 翌朝、その若い男は目を覚ますと、

朝の空気を吸うために玄関から家の外へ出た。

大きく体を伸ばして山の朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。

そんな朝の爽やかな空気は、目の前の光景に瞬く間に濁されてしまった。

「・・・なんだ、これ。」

その若い男の家の前は、あちこちが泥だらけに汚されていた。

泥を詰めたズタ袋を引き摺り回した後のような、そんな惨状。

その若い男は腕組みをして考える。

「玄関の扉も泥だらけだ。

 低い位置が集中して汚されてるし、

 近所の子供のいたずらの可能性もあるけど・・・」

それよりは。

泥といえば、昨夜の泥人形祭りのことが思い起こされる。

「まさかとは思うけど、あいつが帰ってきたのか?

 昨日のお祭りのことは、酒が見せた幻か何かだと思ってたんだけど。」

しかし家の前に塗りたくられた泥には、猫の足跡のようなものも残っている。

やはりこれは泥人形が関係しているのかもしれない。

そうであれば、誰に相談するのが良いだろう。

警察?

いや、もっと適切な相手がいる。

その若い男が考えて向かったのは、泥人形祭りが行われた神社だった。


 その若い男が神社を訪れ巫女に事情を説明すると、

巫女は事情を察したようで、すぐに奥へと案内された。

通されたのは、お参りをする拝殿でも神様を祀った本殿でもなく、

神社とお寺の間にある近代的な建物だった。

元は古い建物だったようだが、

改装されてすっかり近代的な建物になっている。

建物の中は空調が効いていて快適そのもので、

神社の長い石段を上がったばかりの体に心地よかった。

1階の奥の部屋へと案内されると、そこには、

和服に身を包んだ高齢の老爺ろうやが、椅子に腰を掛けて待っていた。

どうやらこの老爺がこの神社の宮司のようだ。

「よくいらっしゃいました。

 何かご相談があると聞きましたが。」

宮司である老爺がひび割れた声で促す。

挨拶もそこそこに、その若い男は本題に入った。

「昨夜の泥人形祭りの後、今朝になって家の外を見たら、

 あちこち泥だらけになっていたんです。

 もしかしたら、ただのいたずらなのかもしれません。

 でも、泥人形祭りの直後なので気になって。

 それでこちらの神社に相談に伺いました。」

説明を聞くのもそこそこに、宮司は眉尻を下げて微笑んだ。

その表情はまるで子供のいたずらを見つけた時の様。

諭すような声色でその若い男に話し始めた。

「それはきっと、泥人形の仕業でしょうな。

 もしやあなたは、昨夜の泥人形祭りの終わりに、

 きちんと泥人形を泥に還さなかったのではないですかな。

 今までにもそういうことがあったから分かるのですよ。」

宮司の指摘に、その若い男がサッと表情を曇らせる。

それが何よりの応えだった。

宮司がやや真剣な表情になって話を続ける。

「泥人形祭りは、あの世の霊を呼び出して泥人形に宿らせるもの。

 土はこの世の体、水はあの世の体、

 それらがい交ぜになった泥人形は、その中間の存在なのです。

 だから、きちんと泥人形を水に溶いてあの世の体に戻さねば、

 呼び出された霊はあの世に還れないのですよ。」

その若い男には、心当たりがあっても足りないことは無い話。

昨夜の泥人形祭りでその若い男は、別れるのが寂しかったばっかりに、

泥人形の猫を川の水に溶かさず、水の中に放してしまった。

自分が作った泥人形のせいで、亡くなった猫の霊がこの世に呼び出され、

崩れかかった体に閉じ込められているのだ。

その若い男が応えられないのを見て、宮司は、

ひび割れ浅黒くなった自分の顎を撫でながら言った。

「凡庸な泥人形であれば、体は一晩も保たずに崩れて、

 魂はあの世へ還ってしまう。

 あなたが作った泥人形は、さぞ精巧に作られていたんでしょうな。

 あるいは、あなたの強い願いがそうさせたのか。

 崩れかけた泥人形は、今もどこかで苦しんでいることでしょう。

 早く見つけてあの世へ還しておやりなさい。」

「・・・はい。分かりました。」

なまじ出来が良かった泥人形のせいで、亡くなった猫を苦しめてしまった。

早く見つけて、あの世に還してやらねば。

その若い男は踵を返して、宮司がいる建物から外に出ていった。


 そうしてその若い男は、泥人形の猫を探すために出かけていった。

探し出すのが生身の猫だったなら、それはさぞ大変なことだっただろう。

しかし、今探している相手は泥人形の猫。

しかも体が崩れかかっているとあって、その痕跡を探すのは難しくは無かった。

家の前に残された泥の足跡を辿ることしばらく。

村の近所の茂みの中で、

苦しそうに横たわっている泥人形の猫を見つけ出すことができた。

夜のお祭りの中で見たそれとは違い、白昼に目にする動く泥人形は異質。

やはりこれは何かのいたずらなのでは無いかと思ってしまう。

しかし、宮司が嘘をついているとも思えない。

ともかく今は考えるよりもするべきことがある。

その若い男は手早く行動を開始した。

着ていたシャツを脱ぐと、それを風呂敷のようにして泥人形の猫を包む。

そうして持ち上げた泥人形の猫は、やはり生き物のように息衝いている。

こうしている間にも泥人形の体が崩れて苦しそうだ。

早く楽にしてやらねば。

その若い男は泥人形の猫を抱えると、急いで神社へと戻っていった。


 泥人形の猫を抱えて神社の長い石段を駆け上がる。

その若い男が作った泥人形の猫は、元の猫よりもやや小さいようだ。

それでもその大きさは、ちょっとした泥袋を抱えているようなもので、

腕にずしりと重さがかかる。

ぜえぜえと息が上がった頃に、やっと石段を上り終えた。

真っ直ぐに川辺へ向かい、泥人形の猫を水に浸けて溶く。

そのつもりだったのだが。

しかし、実際にやろうとするとまたしても尻込みしてしまう。

腕の中にいるのが何ものなのか、そもそも本当に霊なのか、

それすら分からない。

でも、もしも本当に亡くなった猫の霊が宿っているのなら、

やっぱり手放したくない。

来年も泥人形祭りに参加すればまた逢えるのだろうか。

・・・いや、そうとは限らない。

昨夜の泥人形祭りでは、動き出さない泥人形もたくさんいたのだから。

奇跡のようなこの巡り合わせを手放したくない。

かといって、このまま泥人形の猫を苦しませるのも酷というもの。

一人ではどうしようもなくなって、その若い男は泥人形の猫を抱えて、

宮司がいる建物へ再び向かっていった。


 泥人形の猫を抱えた泥だけのその若い男を見ても、

神社の巫女は嫌な顔ひとつしなかった。

慣れた様子で、再び宮司がいる部屋へと案内してくれた。

泥人形の猫を宮司に診せると、宮司は気の毒そうな顔をした。

「かわいそうに。

 この泥人形の猫は、体が崩れて身動きも出来ないようですね。

 霊とはいえ、この世の体を与えられれば苦痛も感じるようになる。

 この神社の泥を使って体を補修しても、またすぐに崩れ始めて、

 本人には辛いだけでしょう。

 早く楽にしてあげてください。」

もっともな指摘に、しかしその若い男は懇願する。

「それがどうしても出来ないんです。

 この猫は、僕が幼い頃からずっと一緒でした。

 僕には一緒に育った兄弟のようなものなんです。

 去年の暮れに死んだ時も、僕は遠くにいて看取ることもできなくて。

 だから、折角こうして再会できたのに、

 それを手放すなんてできないんです。

 どうにかなりませんか。」

必死に食い下がるその若い男に、宮司が諭すように応える。

「この神社の泥人形祭りは、意外と長く続いています。

 だから今までにも、

 あなたのように泥人形と一緒にいたいと願う人はいました。

 誰しも亡くなった人や生き物と一緒に居たいと思うもの。

 でも、それは無理なんです。

 どうしてか分かりますか。」

「・・・はい、分かります。

 あの世から霊を呼び出して一緒にいるなんて良くないことだと、

 頭では分かるんです。」

その若い男の懺悔に、しかし宮司の意図はちょっと違うようだった。

宮司は難しい表情になって話を続ける。

「そういう意味もありますが、

 私が言っているのは、神とか倫理の話だけでは無いんです。」

「・・・と言うと?」

「もっと実質的な話です。

 泥人形祭りで霊を呼び出して定着させるには、

 この神社の土と滝の水で作った泥人形でなければならないんです。

 これは、先人達の長年の試行錯誤で分かっていることです。

 神社から遠くの土と水を使うほど、どういうわけか霊は希薄になってしまう。

 でも御存知の通り、この神社の滝は小さなもので、

 そこから作られる泥の量は限られている。

 泥人形をずっと維持するには足りないでしょう。」

「泥人形の猫一つ分くらいなら・・・」

「一つでは済まないでしょう。

 考えてもみてください。

 生き物を誰の目にも隠して飼い続けるなんて、それはとても難しい。

 生きた泥人形の猫なんてものがいたら、さぞ目立つことでしょう。

 あの世から霊を呼び出して泥人形に定着させられるという話はすぐに広まって、

 我も我もと人が押し寄せるようになるでしょう。

 一つの泥人形を作れば、たくさんの泥人形を作ることになる。

 そこまでたくさんの泥を用意することは出来ない。

 それともあなたは、誰の目にも本物に見えるような、

 精巧な泥人形の猫を作ることが出来ますか。」

宮司の詰問のような言葉に、その若い男は考え込んでしまった。


 あの世から呼び出した霊と一緒に暮らしたいなんて言えば、

きっと怒られることだろう、そう思っていた。

しかし実際に返ってきた言葉は、そんな観念的なものではなく、

もっと実質的な話だった。

亡くなった生き物の霊をあの世から呼び出して泥人形に宿らせる。

そのためには、この神社の土と水で作った泥が必要で、

でも泥はそんなにたくさんは用意できなくて。

泥人形を一つ作れば、きっと真似する人達が出てくる。

だからもし泥人形の猫を作るなら、

誰の目から見ても本物に見えるようにするしかない。

では、自分にはそんな精巧な泥人形の猫を作れるだろうか。

自分は人形職人を目指して修行中で、

素人よりは精巧な泥人形を作れることだろう。

実際、昨夜の泥人形祭りでも、一番精巧な泥人形を作ったと自負している。

それでもやはり、本物と見分けがつかないというほどではない。

よく出来た泥人形だが、泥人形の範疇でしかない。

ましてや、それをずっと整備して維持するともなれば、

神社の泥も必要になるし、その過程で人目に触れることにもなる。

その若い男は自分の手の平を見て、首を横に振って応えた。

「・・・無理です。

 僕には、誰の目にも本物に見えるような、

 そんな精巧な泥人形の猫を作ることはできません。」

「そうでしょう。

 今までにも、あなたと同じ様なことを考えた人はいました。

 亡くなった犬猫の泥人形を作りたいとか、

 あるいはもっと大きな生き物の泥人形を作ろうとした人もいました。

 でも、そのほとんどは失敗に終わりました。

 その度に、この神社の泥は枯渇の危機に見舞われたものです。

 それを繰り返さないため、

 今では泥人形祭りの最後に、

 作った泥人形を全て泥に還すようになったのです。

 悪いことは言いません。

 早く泥人形の猫を泥に還して、

 呼び出された霊をあの世に還してあげてください。」

宮司に改めて言われずとも分かっている。

泥人形の猫を早くあの世に還してあげたほうがいい。

頭では分かっているが、どうしても諦めきれない。

・・・はて、自分はどうしてこんなに食い下がっているのだろう。

何かが頭の隅に引っかかっている。

見逃していることがある。

だから諦めきれないのだ。

では、何が気になっているのだろう。

宮司に言われたことを思い返して、

頭の中に、ふっと閃いたことがあった。

「もしかしたら、解決できるかもしれない。」

その若い男はそう言葉をこぼした。


 泥人形の猫と一緒に生活したとすれば、

すぐに人目に触れて真似をする人が現れる。

たくさんの人が泥人形を作るには、神社の泥が足りない。

本物そっくりの泥人形の猫を作れない限りは、諦めるしか無い。

そんな宮司の話に、その若い男は閃くものがあった。

もしかしたら解決できるかもしれない。

その若い男はその考えを口にする。

「泥人形を作るのには、神社の泥が足りないって話でしたよね。」

「ええ、そうですが。

 それがどうかしましたか。

 先に言っておきますが、泥を増やすのは無理ですよ。

 無理に神社の土地に手を加えれば、全てが失われるかもしれませんから。」

怪訝そうな顔をする宮司に、その若い男は説明する。

「いいえ、そうじゃありません。

 泥人形を作る泥が足りないのなら、使う量を減らせばいい。」

「なんですって。」

「泥人形を小さくすればいい。

 ミニチュアサイズの、もっと小さな泥人形を作ればいいんですよ。

 そうすれば、泥人形一体当たりに使う泥の量が減って、

 泥人形をたくさん作っても泥が無くなることはない。」

それが、その若い男が思い付いた解法だった。

たくさんの泥人形を作るための泥が足りないのなら、

一体当たりに使う泥を減らせばいい。

それは年老いた宮司にも思いつかなかったようで、頭を振って応えた。

「ミニチュアサイズの泥人形なんて、そんな罰当たりな。

 実質的な話をしましたが、一応は神事とされていることなんですよ。」

しかしその若い男は動じない。

いたずらを思い付いた悪童のような顔になって応える。

「ミニチュアサイズの泥人形に、あの世の霊を呼び出して宿らせる。

 それが本当に罰当たりなことでしょうか。

 もしそれが罰当たりなら、そもそも霊を呼び出す事自体が罰当たりでしょう。

 そして考えてもみてください。

 泥人形を作る時に、呼び出したい生き物の等身大で作ってる人は、

 実はほとんどいないはずなんです。

 なぜなら、その生き物の等身大がどれくらいか、

 把握して再現するのは難しいですから。

 サイズを変えた泥人形を作るというのは、もう既に行われていることなんです。

 あるいは、ミニチュアサイズの泥人形を作った人だっていたかもしれない。

 昨夜の泥人形祭りを見たところ、作った泥人形が動き出すかどうかは、

 泥人形のサイズには大して関係が無さそうでした。

 僕が作った泥人形の猫も、実物よりはちょっと小さすぎましたが、

 それでもちゃんと霊を呼び出すことはできました。

 生き物の等身大の泥人形を作らなければいけないなんてのは、

 ただの思い込みなんです。

 小さく作れば泥を使う量も減らせるし、維持も簡単になる。

 悪い話では無いでしょう。」

一方的に言葉をまくし立てていたその若い男が、やっと口を閉じた。

宮司は目を白黒させ、何か反論しようとしていた口を、

やがて何も言わずに閉じてしまった。

やれやれと頭を横に振るその顔は苦笑しているようにも見える。

それから溜息混じりにやっと応えた。

「何年何十年かに一度は、あなたのような人が現れるものですね。

 確かに、霊を呼び出すのに泥人形の大きさは無関係のようです。

 であれば、止める理由は無いのかもしれませんね。

 ・・・いいでしょう。

 ミニチュアサイズの泥人形に霊を呼び出して宿らせてみましょう。

 そうと決まれば、あなたはその哀れな泥人形の猫を川に浸けて、

 新たに小さな泥人形の猫として作り直してあげてください。

 私達は、作った小さな泥人形を維持するための場所を用意しておきます。

 丁度この建物には、そういった用意が整っていますから。」

そうしてその若い男と宮司は頷きあって、行動に取り掛かった。

その若い男は泥人形の猫を抱えて外へ駆け出し、

残った宮司は巫女達にてきぱきと指示を出したのだった。


 その若い男は泥人形の猫を抱えて外へ駆け出した。

向かうは神社の境内を流れる小川。

川辺にたどり着いたその若い男は、泥人形の猫をそっと川の水に浸けた。

その若い男と宮司が長く話していた間に、泥人形の猫は虫の息になっていた。

「ごめんな。

 ちょっとの間だけ我慢しててくれ。」

土はこの世の体、水はあの世の体、泥はその中間。

宮司は確かそう話していた。

では、泥人形の体を川の水に溶くのは、

あの世から呼び出した霊を再び殺すようなものかもしれない。

そう危惧したのだが、それは杞憂だった。

川の水に浸けられた泥人形の猫は、

苦しむどころか逆に気持ちよさそうにしていた。

「お前、川の水に浸けられて苦しくないのか。

 生前は風呂に入れられるのをあんなに嫌がってたのに。

 思えば、泥のように眠るなんて言葉もあるし、

 泥人形の体を水に浸けるのは気持ちいいのかもしれないな。」

そんな納得をしながらも、その若い男は作業に取り掛かる。

川の水に溶けゆく泥人形の猫の、なるべく固形物が多い部分を手で掬い取る。

手で軽く絞って水気を払い、手の平サイズの泥人形に作り変えていく。

手足を作り、顔を作り。

泥人形の猫を作っているその若い男は真剣な表情で、

膝まで川の水に浸かっているのに、額には汗の粒すら浮かべていた。

そうしていくらも経たないうちに、その若い男の手が止まった。

「・・・よし。

 差し当たってはこれでいいだろう。」

そうして短時間で作り上げた小さな泥人形の猫だったが、

震える体でゆっくりと起き上がると、

やがて手の平の上でよちよちと歩き始めたのだった。


 泥人形祭りは、神社の泥を使って作られた泥人形に、

亡くなった生き物の霊を呼び出して宿らせることができる。

泥人形の大きさには制限がなく、ミニチュアサイズの泥人形ならば、

作った泥人形をお祭りの日を越えて保存しても良い。

神社の宮司がそう発表した途端、その話は村中に伝わっていった。

作った泥人形全てに霊が宿るわけではないとはいえ、

亡くなった生き物ともう一度逢えるかもしれないという話は、

村人達には喜ばしいこととして受け入れられた。

それからその村の泥人形祭りでは、

可能な限り小さい泥人形が作られるようになった。

小さな泥人形を作るようにしたおかげで、

泥人形一体当たりに必要な泥の量が減って、

たくさんの霊を呼び出して宿らせることができた。

小さな泥人形は保存もしやすく、村人達は亡くなった生き物と、

気が済むまで一緒にいることができるようになった。

中には何度も同じ生き物の霊を呼び出して、霊に叱られる村人もいるほど。

お互いの気が済んで霊が成仏した後、

使い終わって遺された泥人形は、宮司がいるあの建物の一室に保管され、

毎年の泥人形祭りの時に泥に還されるようになった。

懸命に作られた泥人形は見事な出来栄えで、

それを目当てに外部から人が訪れるようになった。

そうしてその村と神社は、

泥人形村、泥人形神社と呼ばれるようになって、

泥人形祭りと共に永く栄えたのだった。



終わり。


 あの世から霊を呼び出すというと、破滅的な結末を想像します。

では、破滅的な結末を回避するにはどうしたらいいだろう。

そう考えて、この話を作りました。


神社の宮司の話では、以前にも様々な試行があって、

犬猫よりもっと大きな生き物の霊を、

泥人形に宿らせようとした事もあったようです。

宮司の話では、それらの試行は全てが失敗したわけではなく、

中には成功した例もあったような口ぶりでした。

そう考えると、

泥人形を保存するのに適した建物が既に用意されていたのも、

偶然では無いようにも思えます。

泥人形で作られたその大きな生き物は、

動かなければ生きている老人のように見えなくもないとか。


お読み頂きありがとうございました。


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