転移 ④
「みんな無事か?」
「うん、安堂君のおかげでなんとか」
「そうか、本当によかった。それにしても透、お前凄いな」
あぁこれかと、変な表情を浮かべながら手をワキワキさせる透。
丁度光が徐々に消えていく。
それを見ていると透の右腕に何か違和感を覚えた。
何か見慣れないマークが刻まれていた。
「なんて言うか、俺もお前みたいに魔法が使えればって思ったらなんか出来たって言うかなんて言うか・・・右腕なんか熱くなったというか」
俺はそれ、と刻まれたマークを指差す。
透もそれを見た途端に驚き出した。当然透が元々付けていた物では無い。
つまりはこの世界に来てから付いたものだとゆうことか。
「やはり本物でございましたか転使様! その刻印こそが救済の証、世界をお救いする印!!」
突然大声で歓喜の声を上げたのは、最初に俺達を見下していた連中の一人だった。
「おい!刻印ってどうゆう事だ、というか早くここから出せよ!」
「申し訳ございません、この結界はもしもの為に我々司教が展開した物、簡単に解除できる物では無いのです。ですが、皆様がお持ちのその刻印の力さえあれば―――!」
バンッッ!!!!
司教と名乗る奴の話を聞いていた時、突然何かが弾き飛んだ音が聞こえた。
音がした方向に視線を向けるとそれはモンスターの攻撃では無かった。
一人のクラスメイトが一匹のゴブリンを吹き飛ばした音だった。
「ほ、本当に使えた・・・」
「お、俺も・・・!」
司教の話しが耳に入ったからか、透の活躍を目の当たりにしたからかはわからないが、ほぼ全員がその刻印とやらをまじまじと見て、すぐにその力を発揮させた。
まるで元々持っていたかのようにその刻印の力を理解し襲いかかるモンスター達を次々と撃退していった。
「燃えろ!」
「切り裂け!」
「砕けろ!」
「溺れちゃえ!」
ただ手をかざすだけで魔法が発動していった。
自らの力に驚きながらも今は目の前のモンスターの撃退に専念していく。
「そう! その刻印はこの世界を守る物、異世界から来た救済の力! この世界であなた方に敵う者はおりません。さぁ! 反撃の時です!!」
随分と無駄にテンションが上がってるな。そう言えば開口一番に言ったセリフが確か成功だとかなんとか言っていたな。
つまりこれがこいつ等の目的という事か?
この異世界を守る為に俺達は召喚、転移されられたってことなのか?
「藍、俺達も行くぞ。今ならこの力が良くわかる気がする、それに負ける気がしない!」
「あ、あぁ・・・俺も」
俺もすぐに行く。そう思った途端だった。
あれ・・・ちょっと待てよ。
「加勢に来たぜ!」
「あぁ、安堂の力は?」
「俺らしい殴ってなんぼだぜ」
「それはわかり易いな、で刻越は?」
え・・・?
俺の・・力・・・。
待ってくれ・・俺の右手には・・・。
「・・・まだよくわかってないみたいだから、藍は俺と一緒に行く。藍ならすぐにすげぇもんが飛び出るに違いないさ」
「まぁそうだな、頼んだぞ安堂! 刻越!」
「う、うん」
透はそれだけ言いこちらに進行してくるモンスターの群れへと突撃していった。
安堂に続け。
その言葉と同時に他のクラスメイト達も一緒に走り出した。俺も出来るだけ透から離れない位置で何とか戦おうと透を追い掛けた。
状況はガラリと変化を見せた。
さっきまではただモンスターの蹂躙に屈していたのにも関わらず、今度は俺達側が攻勢に出ていた。
モンスターも次々と召喚されていった。
中にはオーク以上のモンスターや、動物に似た見たことのないモンスターも姿を見せていた。
「っ!! 助かったぜ、本倉!!」
「ふん・・・」
クラスメイト達の連携が取れているのか、それともただ単純にこの刻印の力が強すぎるのか。現れるモンスターを次々と撃退していく。
倒したモンスターは黒い霧となり消滅していく為、どれだけのモンスターを倒したかまではわからない。
だがかなりの数を倒しているのだけはわかる。
遠距離魔法を撃てば当たる、そしてその場で消滅する。
前衛で戦っている透だけでは無く、後方から魔法を送る者達すら息を上げる事無く攻撃を続けていた。
右を見れば光の剣のような物を持って戦い。左を見れば光の槍を持って戦う者。後ろを見ると魔法使いのようになった自分に興奮して無尽蔵に魔法を繰り出す者が多かった。
「藍君大丈夫!? 戦闘用の魔法じゃないなら由子ちゃんと同じように下がってても」
「だ、大丈夫だまだなんとか。それよりも凛上、お前だって前に来て大丈夫なのかよ」
凛上は手を振るうと光る蝶を辺りに散りばめ、それを操り戦っていた。
高速で動く蝶がモンスターに触れた瞬間、爆発していき一撃でモンスターを消滅させていった。
蝶を出す数は自分で決められるのか、凛上は自身でコントロールできる範囲を模索しながら戦っているようだった。俺なんかに声を掛ける余裕があるのだろう。
「無理だけは絶対にしないでね・・・透君!」
「わかってる、一気に殲滅するぞ!」
それからの二人はとてつもない勢いでモンスターの軍勢へと飛び込んだ。俺が付いて来れない程の速さ、それどころかさっきまで一緒に前衛で戦っていた他のクラスメイトを置き去りに突っ込んでいった。
そんな二人を見て更に負けまいと他の者達の士気が向上していった。
本当にゲームのような状況だった。経験値を誰よりも先に頂くの如く、湧いてくるモンスターを我先にと自分達の力を発揮していく光景が広がっている。
そして終わりは近付いていたのがわかった。
湧く速度が透達の撃退速度に追い付いていないのか、それとも在庫が残りわずかなのか。
モンスター達の姿が消えていくのがよくわかった・・・。
刻印の力。
どんな魔法なのか知らないが今も残りカスのようなモンスターを相手にしている様子を見るに本当に無尽蔵に思える。魔力は当然の事、体力やスタミナ。刻印の力を使い始めてから汗一つ掻かずに涼しい顔で湧いてきたモンスターを消滅し続けていた。
そんな無敵のクラスメイト達の中で、俺は一人汗ダラダラで息を荒げていた。 流石にこれ以上付き合うのは難しいと足を止めた。
両膝に手を置いて目線を地面に向けてしまった時だった。
グアァアアァアアアアアアー!!!!
マジか。
モンスターを目の敵にしている前衛の間を潜って一匹の狼、ワーウルフが俺に飛び付いて来た。
「ぐはっ!!」
ほぼ無防備にワーウルフに押し倒され地面に叩き付けられた。
もうスイッチをオフにしてしまった俺の身体は思うように力を出す事が出来ない。
ワーウルフの巨大な口が近付いてくる。綺麗に生え揃った牙が向けられる。
死ぬ瞬間がスローモーションになると聞いた事があるが、本当だったみたいだ。
最前衛の透と凛上が俺を呼ぶ声が耳にしっかりと入ったのは理解出来た。
ただ、理解出来ただけで今の俺には抵抗なんて出来ない―――。
「・・・あれ」
目の前にあったワーウルフの口が消えた。
いや口だけじゃない、顔面まるごと消えていた。
そして俺を抑え込んでいた腕諸共、黒い霧に消滅していった。
俺は今だに仰向けで立てないでいた。
そんな俺を覗き込むように一人の男が視界に入ってくる。
「本倉か・・・サンキューな」
俺を助けてくれたのは本倉だった。"本倉 将弘"クラスで唯一俺があまり話した事が無い男だ。
他のクラスメイト達からは金持ちのボンボンで貧乏人の俺達を見下してるとか、そんな噂を良く耳にしていた奴だ。
だが、実際は違う。俺はこいつの良い所をちゃんと知っている。
「悪い本倉、ちょっと手、貸してくれ。情けない様だ、腰抜けたみたいでさ」
震え続ける手を俺は上に掲げる。
本当に情けない限りだ。よくわからん白昼夢なんていう物に頼ったバチが当たったって所か。
本当ならみんなチート染みた力があるのにも関わらずヒーローにでもなろうとしたのが運の付きだ。
実際俺は、こうやって本倉に助けてもらった訳で―――。
「・・・え?」
俺が掲げていた手が・・・払われた。
払ったのは・・・。
「喋るなよ・・・刻越の"偽物"」
俺の事を睨み付ける、本倉だった。