因縁 ③
「がはっ!!」
静止した世界が動きを見せたのは、透が胸を抑えながら後退り、膝から崩れ落ちた光景だった。
大量の血を吐き地面を真っ赤に染め上げた。
「・・・ぅっ」
俺は戦いに勝った。透に勝った。
その確信が、俺の身体を緊張の糸から解放させた。
でも、まだ倒れてはいけない。そう頭ではわかっていても気の抜けたこの瞬間の身体に力は入れることが出来なかった。
けれど、俺の身体は地面へ倒れる前に引き留められた。
「ボロボロ・・・。私を助けに来たでは無いのですかあなたは」
メリスが俺の動かない身体を支えてくれていた。
「いつもの事・・だろ?もう・・・忘れちゃったのか、メリス」
俺の言葉に真っ赤になった瞳がまた揺れ動く。
そんなメリスを見て俺も忘れていた事があった。
「相変わらず、泣いてばっかだな」
「誰の・・・せいだと・・・!」
メリスの肩に手を置き礼を言う。
ほんの少し時間だったが、身体が回復した。
回復薬等を飲んだわけでは、無い。ただ単に、メリスとこう他愛の無い会話が出来た。それだけやる気が出てしまった、男なんてそんな物だ。
そしてそれは、礼拝堂の出入り口前で仰向けになっている男も同じだった。
「・・・澄原」
倒れた透にゆっくりと駆け寄るのは、身体がもう消えかかっている澄原だった。
澄原は、自らの足を動かすのだけでも精一杯なはずだった。
刻印の力。それは俺達異世界から異物がこの世界に繋ぎ止める為の物だと凛上は俺に話した。
どれだけ強力な力であっても、この刻印を失えばこの世界には居られない。
澄原の刻印は恐らく・・・。
「透・・・」
「由子・・ごめん、ごめん!俺・・・俺!!」
仰向けで血だらけになった透の頭を自分の膝の上に乗せ、二人はお互いの目を見つめ合う。
「透は悪くないよ。悪くない・・私達は、ただ頑張っただけだよ。そうだよね、刻越」
澄原が俺を見る。
ふと澄原の言葉を思い出した。それは凛上に案内された時の澄原の言葉。
『刻越・・・ごめんなさい、透を・・お願い』
その言葉の中にあまりにも大きな意味が、あまりにも多く含まれていた。
感謝と謝罪、その二つだけで澄原が俺を殺そうとしたこと全てを許した。
「あぁ、当たり前だろ」
澄原と透のまで歩み寄る。
一歩近付く度に、俺は元の世界で溜め込んだ二人の思い出を振り返っていた。
くだらない事でみんな怒られて。いつも俺と透の喧嘩を澄原が止めて、澄原が悩み苦しんでる時は俺達二人は全力で考えて結局何も出ないまま終わったり。
透が澄原に告白して、付き合う事になった時は二人以上に俺は喜びに満ちていた。二人が両想いだった事は最初からわかっていたから俺はたくさん喜んだ。
逆に俺が年上のお姉さんにラブレターを書いて振られた時は、二人は全力で俺を励ましてくれた。
それは高校に上がってからも、凛上が加わってからも変わる事のない日常的光景。
それだけ馬鹿な事をやっても、どれだけ馬鹿な事をやり続けても。
俺達はずっと・・・一緒に笑い合ってたんだから。
込み上がってくる感情がとてつもなく混じり合う。
そんな感情を押し殺し続ける、そうでないと。
俺は口を動かすことすら出来なかったから。
「当然だって! 俺の・・ぅっ! 俺の親友達なんだから! 悪い事なんか・・何一つ・・・何一つしてるわけないだろう!!!!」
言葉を並べるだけで全神経を使う。
違う、使わないと駄目なんだ。今ここで言わないでどうするんだ、言わなきゃいつ言うっていうんだ。
「みんな! みんな頑張っただけなんだよ!! 俺も、澄原も、透も・・・!! ただ・・・ただ、それだけなんだよ!!」
止まらない。止めることが出来ない。
ただただ、俺は垂れ流すしか出来なかった。ありとあらゆる溢れ出る物が、全て口から言葉が出るように瞳からも、ただ俺は垂れ流していた。
「なぁ、透・・・澄原」
二人はゆっくりと俺の言葉に耳を傾ける。
「みんなはこの世界にこんな形で来てしまったかもしれないけど。本当は、本当もっともっと綺麗な物がたくさんあるんだ」
俺は多くを旅した。メリスと共に旅をしただけでは無い程に。
多くの物をこの目で見てきた。感じてきた。
当然酷い物もたくさんあった。
けど、それを払拭する以上に、沢山あるんだ。
「二人と・・二人も一緒に―――っ!!」
色々な事を教えてあげたかった。もっともっと、色々な事をみんなで感じ取りたい。
一緒に・・・これまで以上に、一緒に!!
「待ってくれ!! 頼むから・・・!!」
時間は、無慈悲に進んだ。
俺の願いを・・・これ以上叶えてくれる事は許されないかのように。
「澄原ぁあ!! 透!!!」
こんな時に、俺の身体は動いてくれなかった。
もう限界を告げるように俺の身体は倒れる。
それでも、まだこの瞬間を終わらせたくない、終わらせたくない一心で俺は声を発し続けた。
「みんなで・・か。凄く素敵・・・ね、透」
「あぁ・・・どうせなら。そんな未来を・・・」
白昼夢でも走馬灯でもない。
これはただの妄想だ。
刻印の力も前世の記憶も無い。ただの高校生としてこの世界に来ていたらどうなっていただろう。
そんなありふれた力なんて必要に無い。ただ純粋にどうやって生きて行こうか悩み、モンスターを倒して、それを売って生計を立てて。
時には喧嘩もして。もしかしたらさっきみたいに敵対するかもしれない。
それでもきっと最後には・・・。
「うあぁあああああああああああああああ!!!!!!」
今消えて行った二人のように、きっと笑い合える・・・はず・・・だった。




