転移 ②
「ぁ・・うっ・・・」
「高橋・・・ぅ、嘘だろ・・・」
血塗れになっている死体が転がっている。
転がっているだけでは無い、その死体に覆い被さっている存在が目に入る。
「何を・・しているんだ・・・」
そんな事は誰が見ても明らかだった。それでも状況が理解できずに口にしてしまった。
何故なら、今目の前に存在するソレは、人間では無かったのだから。
グヂャグヂャッ・・・グヂャッ!!
肉の音が耳に入ってくる。音だけで足が竦んでしまう、あまりにもその光景を受け入れたく無い。今という時間を信じたく無いと体が委縮していく。
人間を・・・食ってる。
小さいその何かは、全身に血が付こうがお構い無しに死体を貪っている。
何度も何度も顔を突っ込み噛み付き、血飛沫を上げながら何度もその行動を繰り返していた。
その場所から離れようと全員静かに死体から距離をゆっくりと取っていく。
そして・・・。
グヂャァッ・・・キシャッ・・!
食事を終えたそれは立ち上がってこちらに目線を送り笑った。
全身は真っ赤に血で染め上げられているが、そいつの存在が頭に過ぎる。
ゴブリンだ。
「いやぁあああああー!!!」
「来るなぁあああああー!!!」
ゴブリンがこちらに一歩踏み出した瞬間だった。クラスメイト全員が一斉に逃げる為に走り出した。
理性は一気に吹き飛んだ。死体を貪る光景を目の当たりにしてその貪っていたゴブリンがこちらに歩いてくるのだから当然であった。
俺達は一斉に大部屋の出入り口であろう大きな扉の方向へと走って行った。他にこの部屋から抜け出す扉は無い。その方向へ全力で走っていったが。
「ぐがぁ!!」
「うっ!! な、なんだこれ!!?」
扉まであと少しというところで先頭を走っていた者達が転倒した。全員の足が止まった。俺も足を止めてそれに触れた。
「見えない・・・壁!?」
触れることのできる何かがそこにはあった。
まさか、結界か何かか!?
力自慢のクラスメイトが殴り付けてもビクともしない物が、俺達を遮る。
「おい!! ここから出せ!!!」
「出してぇえええー!! お願い!!!」
「助けてくれぇえー!!頼むー!!」
全員が声を上げ助けを求めるも結界が解かれることはなかった。
咄嗟に上を見上げると、さっきまで楽しそうに喜んでいる連中が大慌てしているのが目に入った。
何がどうなってるってレベルじゃない。ここはどこで、何でこんな事になって、俺達はどうすればいいんだ。
そして何より・・・あのゴブリンは何なんだ!
「きゃぁ!! は、離してぇええー!!!!」
まさか、と振り向いた時。ゴブリンがもうそこまで来ていたのだ。
そして、凛上の服を引っ張り出すようにして自身に引き寄せた。
ビリィィー!!!
抵抗する凛上の服を意図も容易く引き千切り、地面に仰向けになってしまった凛上を見てゴブリンは舌舐めずりをした。
さっきのように殺しはしない? いや、違う。
まさか。
「凛上!!!」
体が動いた。
脳裏に行われるであろう事を想像した時には、俺は、凛上の両手を押さえつけているゴブリンを蹴り飛ばした。
不意打ちのようになったのか、ゴブリンは物凄く吹っ飛び地面へと叩き落ちた。
「大丈夫か」
「ぁ・・・あり・・がとう」
涙目の凛上の肩に触れる。
とてつもない恐怖を感じたに違い無い。今も触れている肩から全身の震えが止まらないのが良くわかる。
上半身の下半分の服を剥ぎ取られていた。幸いなのか、凛上の素肌には傷が付いていなかった。 すぐさまブレザーを脱ぎ凛上へ羽織る。
「誰か凛上を頼む!」
まだ上手く立ち上がれない凛上を任せ、俺はクラスメイト達を背に立塞がる。
特別鍛えているわけでも無い俺の蹴りなんてたかが知れている。
それでも、ゆっくりと起き上がるゴブリンを睨み付ける。
キシャァアアアアー!!!!!
戦闘態勢に入ったのか俺を威嚇してくる。
ゲームとかなら大した無いただのモーションなんて思うけれど、蹴った足の感触がじんわりと思い知らされる。これは現実なのだと。
そう思うと途端に恐怖が顔を出し小さく震え出す。
「ナイスファイトだ、藍」
震えていた俺の横に立ち胸に拳を当てられた。
透だった。
透はパンッと自分の顔を叩いて冷静さを取り戻したようだった。この仕草は良く目にする物だ。透のルーティーンだと自分で言っていた。
つまりは、透も今俺と同じ気持ちなのかも知れない。
「やれんのか、あれ」
「わかんない。けど、やらないと」
透のおかげで俺の震えは止まった。
俺がちょろいのだろうか、ただ一緒に戦ってくれる奴が居るだけでこんなにも心を落ち着かせる事が出来るなんて思いもしなかった。
けれど今は、それでいい。それで十分救われる。
シャァァァアー!!!!
来る。
バタバタバタとこちらに近付いてくる。
小さいからか早い。あっという間に接近してきた。
俺と透は拳を強く握り身構えた。
その時だった。
俺は一瞬意識を飛ばした。いや正確には別の何かに意識が白昼夢を見せるかのように俺に映像を見せる。
誰かが戦ってる? ゴブリンと。
そしてゴブリンの情報が、俺の脳裏に走る。
「毒だ!! 避けろ!!」
「何っ・・・!」
応戦しようとした踏み出した透を引き止めた。すぐさま透も踏み止まりバックステップを踏んだ。
タイミングは完璧だった。
手ぶらだったはずのゴブリンが透目掛けてナイフを取り出しその場で空振った。透が避けた事に驚いたゴブリンは足取りが悪くなり体勢を崩そうとしていた。
「このっ!!」
その隙は逃さない。再び俺はゴブリンを蹴り飛ばす。
先ほどと同じ様に吹き飛ぶゴブリン、手に持っていたナイフは手放され地面に落ちる。
「藍!!」
俺の名前を呼ぶ透は、即座に落ちたナイフこちらに投げて寄越した。
流石透だ。長年一緒に馬鹿やってきてない。俺がやろうとすることを瞬時に理解して行動してくれ、それを実現できる程のコントロール。透の援護を無駄にはしない。このチャンスは逃さない。
ナイフをキャッチし倒れ込んだゴブリン目掛けて走り出した。
叩き付けられた瞬間に頭を打ったのかゴブリンが起き上がる前には、もうその時が来ていた。
ナイフを逆手に持ち思いっきり顔面目掛けて俺は、全力で振り下ろした。
ギギャァアアアアアアー!!!!
一度目の突き刺しで鼓膜が壊れるんじゃないかと錯覚するほどの悲鳴が響く。
それでも俺は刺したナイフを引き抜き、もう一度同じように後頭部を突き刺す。
「早く死ねぇー!!!」
何回突き刺しただろうか。
グチャッグチャッグチャッと何度も音を出し俺はナイフを突き刺し続けた。息を荒くしながら何度も何度も。
気が付いた時には、ゴブリンはピクリとも動かなくなっていた。
「やった・・・」
ゴブリンを何とか俺は・・・倒し・・。
「藍ぃいーー!!!!」
透の声が耳に入った。俺を呼んだ? 何で?
そんな疑問が浮かんだ時には、もう俺はその場に居なかった。
俺は宙に浮いた。
俺に蹴り飛ばされた小さなゴブリンと同じように。
「・・・・・・ぐはっ」
口の中に広がるのは内蔵から湧き出た血の味。
そして目に入ったのは、5メートル級の巨大な図体を持った化け物。
再び意識が飛び、情報が頭に過ぎる。その化け物がなんなのか。
グォォオォォオォオー!!!!!
オークだ。