発端 ③
「はぁ、それにしても大司教のおっさん。あんな雑魚なんかも一緒に回収する必要もねぇーだろうに、なんで俺が来なくちゃならねぇーんだか」
愚痴を溢しながら将弘は目的の者が居る場所にまで足を運ぶ。
将弘がここへ来たのは、自分達をこの異世界に呼び込んだ教会騎士の長である大司教の要請があったからだ。
刻印の力の情報収集能力で、藍と目黒達が戦いを始めた事は容易に探知出来た。
本来なら他の連中を回すはずが、人手不足という理由で、教会本部で待機という名の指揮官ごっこをしていた将弘が選抜されたのだった。
「藍・・・しっかりしろって! おい! 頼むから!! 目を開けろって!!」
将弘が向かった先。そこには一人の少年が居た。
情報にもあった、ハーフエルフの仲間のリットだった。
リットは一人、自分に出来る回復魔法と回復薬をありったけ使い藍を起こそうと必死になっていた。脇目も振らず、懸命に藍に目を覚ましてほしい一心で。
ガッ・・!
「・・ぇ」
何が起きたのか、リットは目を見開いた。
目の前で倒れている藍から遠ざかってしまっていた。
「ふん、邪魔」
違う。藍が離れたのではない。
リット自身が吹き飛ばされていた。さっきまで膝を付いていた格好から地面に寝そべっていたのだった。
将弘の能力だ。
「お前・・・藍を、どうする」
「え? 何君、まだ居たの?」
悠々とした態度。それは余裕からの表れ、リットはすぐに理解した。
こいつは、藍の敵だと。
将弘という人間に藍を渡してはいけないと、リットの直感がそう思わせた。
「藍から離れろ!!!!」
右手に魔力を集約させメラメラと燃える炎を藍に近付く敵に投げ飛ばす。
着弾したと同時に将弘が居た場所は火柱が燃え盛った。
「なんだお前」
司教からもらった剣。それを振るい無傷である将弘が姿を見せる。
火炎魔法を軽々と打ち消し、リットを睨み付ける。
「何度だって言ってやる。藍から・・・離れろ!!!」
両手に魔力を集約。
右手には水、左手には風。同時に放ち水と風が螺旋上に交わりながら将弘に向かう。
だが、全ての魔法が将弘に届く前に掻き消されていった。
「で、次はどんな・・どんな"手品"を見せてくれるんだ?」
「舐めるな!!」
再び魔力を集約。
両手を地面に叩き付ける。リットの前方からバチバチと音を立てながら雷が走り、地面が暴れ、地盤を崩しながら進む。
標的は当然、将弘。
真下が一気に揺れ動いた時、将弘はポケットに突っ込んでいた手を出した。
「だから何度も何度も懲りないな」
手で何かを払う。ただそれ一つで自らに襲い掛かる魔法を打ち消した。
衝突音、何かを相殺させた音が響き渡るだけで、リットの魔法を全て無効にしていった。
刻印の力、リット達異世界の住人が魔法を駆使しても抵抗出来ない圧倒的な力。それが彼等転使にある限り抗う事は許されなかった。
「取ったっ!!」
だが、そんな事はリットは重々承知だった。
目黒との戦い、それだけでは無い。リットも多くの戦いに身を投じてきた経験がある。
そして改めて藍と目黒の戦いを見て理解していたのだった。
自分では、勝てない事を。
だから、勝てる人間を。リットは求めていた。
「刻越が狙いか」
岩の魔法と雷の魔法。それの本当の目的は藍の救出だった。
将弘への攻撃と同時に似たような魔法で倒れている藍を回収したのだった。
「少し手荒だけど、我慢してくれよ」
自分の手元まで岩の魔法で運ばれた藍を担ぐ。
全身ボロボロの身体を急いで担ぎ、リットは自分の足に魔力を集約させてすぐさま発動させた。
空高く、とにかくあの敵、将弘から逃げる為に。魔力を惜しむ事無く逃げる事だけを考えた。
「・・・っ!!?」
リットは空に飛んだはずだ。
藍を担ぎ自分が街の上空の景色を見ていたはずだった。
なのに、リットは今、再び地面に倒されていた。
「逃げれる。なんて思ってたのか、ふふふっ次はどうするんだ? 坊主」
「何を・・・したんだ」
刻印の力を使ったのは間違いない。
それは確実に間違いじゃないはずなのに。一体自分は何をされた。
最初もそうだ。気が付いた時にはもう自分は地面に顔を付けていた。
「あ、藍・・・!」
「振り出しに戻っちゃったみたいだね~坊主ー」
担いだ藍と再び離されてしまったリット。
仰向けに倒れる藍にゆっくりと将弘は、近付き再び最初と同じ光景に形を戻した。
「良い事思い付いた。なぁ坊主、ゲームをしよう。この世界で言うお遊戯みたいな物だ」
リットに語り掛けた瞬間、将弘は藍に剣を突き立てた。




