5 女の子を特別な愛称で呼ぶということ
「とにかく、君はリアルで人気者になろうがそんなものでは物足りないから、ネットを使ってもっと幅広くいろんな人と友達になりたいわけだね?」
店に入る頃はまだ明るかったが、気が付くと外は薄暗くなってきている。
店内の人たちも、入ったばかりの頃と比べて心なしかおとなしい。
静寂感漂うムードの中……
「えりえりって呼んで下さい!!!!!!!!」
相変わらず騒がしいこの女。
って……
「はあ?」
「"君" なんてそんな呼び方あんまりです! ここまで仲良しになれたんですし、そろそろ愛称で呼んでくれてもいいじゃないですか〜〜。私のことはえりえりって呼んで下さ〜い!」
甘えるようにねだるその顔は、側から見ると可愛らしいと思えるかもしれないが、その手に潜むスマホには、僕を破滅させる凶器が宿る。
そしてまたその凶器をふりかざそうと、満面の笑みでスマホを触っているのが見える。
また、例の写真で脅すのかよ……。
科学者たちは「永久機関などこの世に存在しない」などとのたまっているが、あれこそ永久機関じゃないの? 無限リソースじゃん。ノーベル賞はこいつのもんだよ……。
そもそも僕たちって仲良いのか? さっき会ったばっかりで一方的にからかわれてるだけなんだけど……。
と、ごちゃごちゃ嘆いても、あの写真がericaのカメラロールから消え去るわけじゃない。愛称で呼ぶくらいなら……
「はあ、分かったよ。えりえり」
恥ずかしいから目を逸らしながら呼んでみる
……。
……。
反応がない。
「えりえりさん?」
えりえりことericaの方を見ると、両手で顔を覆い隠している。
「もう一回言って下さい」
ericaが両手で顔を隠しながらそう言った。
「え? もう一回?」
「もう一回、えりえりって呼んで下さい!」
「え、えりえり?」
「っ!!!!」
ericaは顔を覆い隠した状態で、机に突っ伏してしまった。
「あの〜、どうしたの? えりえり?」
「っ!!!!」
……。
あれ? もしかしてえりえりって呼ばれて照れてる?
「えりえり〜」
「っ!!!!」
「えりえり!! おーい! えりえり〜!!!」
「っっっ!!!!」
あ、これ面白いわ。
「えりえり! どうしたの! えりえり!! えりえり〜〜〜!!!」
「っっ!!! っっっ!!!!」
「えりえり! 聞こえてないの!? ねえ、えりえり〜!! えりえり〜〜!!!」
「っっっっ!!!」
「えりえり! お〜い、えりえり〜! えりえりえりえり」
「っっっっっ!!!!!! って、もういいです!」
ようやくこちらに向けたその顔は、案の定真っ赤に染まっていた。
そして、今にも笑い出しそうに口元が緩んでいる。
「照れてるの?」
「うるさいです!!」
「かわいいとこあるじゃん」
「うるさ〜〜い!!」
確かにそこそこ仲は良くなったのかも知れない。