17 聞いたら最後、戻れない
「健太郎さんどうしましたー?」
この女はえりかって言うんだけど、最近夕方になると当たり前のようにうちに訪ねてきて、当たり前のように一緒にご飯を食べている。
「たまには自分の家で食べたら?」
「なんでそんなこと言うんですか! 毎日彼女と一緒に夕飯を食べれてうれしいくせに! この幸せ者!!」
ちなみにお母さんも同席している。
「健太郎は昔から素直になれない子なの、ほんとはえりかちゃんのことが大好きなのよ~、だから許してあげてね」
「はーーーーい!」
いつも通りの日常なのだが、これからこの日常を変えなければならない。
「えりか、話があるから食べ終わったら僕の部屋に来て」
「え!?」
えりかが目を大きく見開いている。
「きゃーーー! 健太郎ったら大胆!」
覚悟を決めた僕のシリアスをちゃかすお母さん。
「そうですよ! あのコミュ障で友達0だった健太郎さんが可愛い女の子を自分の部屋に誘うなんて、とんでもない成長ですよ! 私はもの凄い子を育ててしまったのかもしれません!」
「いいから早く食べて!」
* * * * *
「お~、健太郎さんの部屋、何回も不法侵入しましたが、誘われて入るとまた違う景色に見えますね~。さて、どんな愛の告白をしてくれるんですか!?!?」
「今日大学で橘恵美って子に会ったんだよ」
「え、橘恵美って……めぐみんのことですか?」
「そうそう、あのよく分からないギャルのことだよ」
「ギャル? めぐみんが? ふ〜ん」
えりかは何やら考え込んでいる。
「めぐみんと健太郎さん、同じ大学だったんですね」
覚悟を決めた表情に変わるえりか。
いつもとは違う、真剣な表情。
「じゃあ聞いたんですね、私のこと」
「いや、彼女は何も教えてくれなかったよ。自分で向き合えって」
「向き合う?」
「そう、向き合おうと思う。えりか、お前のことは馴れ馴れしくてよく分からないやつだと今でも思ってる。でもこの1か月と少しの間、一緒にいて、なんやかんやすごく楽しかった気がする」
「なんですかその小学生みたいな感想、ちゃんと言ってください」
「僕はお前を大切だと思ってる。だから隠し事はなしにしてほしい。……ここに来る前、何があった?」
えりかが俯く。
緊張感が漂う。
聞いてしまったら最後、今までのような関係には戻れないかもしれない。
秒針の音が一人空気を読まずに静寂をかき消している。
時間が過ぎていくのが音の感覚として理解できる。
時限爆弾のタイムリミットが迫るかのように、音が刻まれていく。
今ならまだ辞められる。後戻りできる。
そう思う自分と、向き合うって決めた自分とがせめぎ合う。
そうだ……! えりかと向き合うって決めたんだ!
「ぐすんっ、ぐすんっ」
え?
えりかは泣いていた。肩を震わして泣いていた。
えりかはいつも楽しそうで、いつも笑顔で、一緒にいると、いつも僕を楽しませてくれる。
だから、こんな弱々しいえりかは初めて見る。
「ぐすんっ、ぐすんっ、健太郎さん、さっきなんて言いました?」
「え、だから…… ここに来る前、何があったかって」
「その前です」
「隠し事はなしにしてほしい」
「その前です」
「……」
「もう1回言ってください」
「……」
「もう1回言ってください」
「お前を大切だと思ってる」
「うえーーーーーん!!!」
嬉し泣きかよ!!!!!




