第060話(依頼完遂?!)
「いい加減、御主人様を離すのです!おっぱいお化け!」
窒息で意識が飛びかけてた僕を押し付ける腕の力が、ポメの一言で緩む。僕はなんとか顔に隙間を作ろうと、クーフェさんの体に手を押し当てて、引き剥がそうとする。
むにゅり
とてつもなく柔らかい感触が、僕の手の平に伝わってくる。柔らかいが何とか掴んだそれを握って僕は、それを四方八方に力を入れながら体を離そうとする。
「あ、あぁんっ!ダメダメダメッ!シン君ダメェッ!!」
妙な艶やかな声が頭の上でするけど、僕は容赦無用に手と足を続ける。このままだとまた窒息しそうだからだ。そして柔らかいものから手が外れ、空を切った両手の指先が硬く突起した小さいものを引っ掻く。
「ちょっ!あぁぁぁぁぁぁっ!!」
クーフェさんの身体がビクビクッとした後、腕の力が抜けて、僕は何とか死の抱擁から逃れることが出来たのだった。そして僕を押さえつけていたクーフェさんが何やら恍惚な表情を浮かべていたのは気のせいだろう。
「そこの色ボケおっぱいお化け、さっさと依頼完遂させるのです!」
ポメが地団駄踏みながら、クーフェさんに要求する。クーフェさんもしばらく惚けたような顔をしていたが、急に我に戻り、衣服を整える。
「あ、うん。えーっと、それで依頼はこなせたのかしら?」
急に真顔に戻ったクーフェさんが僕達に成果を聞いてくる。
「あ、はい。で、素材採取だけじゃなくて、素材納品と討伐依頼もしてきたんですけど」
「……危険なことしないってお姉ちゃん言ったよね?」
「えぇ、僕が素材採取してきた時に、この子達が狩ってきてくれたんですよ」
ジト目で見てくるクーフェさんに対して、僕はファングとビークの方を見て説明する。
「確かに風狼、火燕はランクC相当だから、ここいらの野獣だったら、危なげなく倒せるのはわかるけど……何か隠してないよね?」
「いえいえ、何も隠してません」
ツーと冷や汗を流しながら、クーフェさんの追及を逃れようとする。これもそれも僕を心配してのお小言だというのがわかっているからね。
「じゃぁ、ギルドの裏手にある素材買取のカウンターの方で受け取ってもらうわ。これを持っていって、片方を素材買取カウンターの人に渡して貰える?終わったら、木札と内容が私の所に返ってくるから、もう片方の木札でお金を受け取れるわ」
そう言うとクーフェさんが数字が書かれて割られた木札を手渡してくれる。いて、単純に割られている訳ではなく、複数の凹凸を持つように割られていて、同じものじゃないとピッタリ合わなそうだ。
「わかりました。ありがとうございます」
「一旦ギルドを出て、すぐ横の細い路地を入れば、冒険者ギルドの裏手に出られるから」
僕はクーフェさんの指示通りに、冒険者ギルドの裏手に回り込む。そこには様々な素材が山積みになっていたり、そこら辺に血が飛び散ったあとが残る解体場がある広場だった。そこには筋骨隆々で、手に大きな包丁を持ったおじさんが作業をしていた。
「あ、あのー。すみません」
僕は路地側にあるカウンターに座っている、クーフェさんと同じ制服を身に着けている女性に話しかける。
「はい?何か御用でしょうか?」
僕を見るとちょっと訝しげな顔をした女性が聞いてくる。暗に子供の遊び場じゃないんですけどと言っているような気がする。
「えっと、素材の受け渡しに来ました」
「それを持っているなら冷やかしって訳ではないみたいですね。素材採取の納品でしょうか?」
そんなギルド員の女性に木札を見せると、木札と僕の顔を交互に見て不思議そうな顔をしたけど、すぐに僕の背に担いだ袋を見て聞いてくる。
「はい。これなんですけど」
袋から丁寧に採取した薬草を取り出してカウンターに並べる。枝葉10個ごとに蔓草で葉を傷めないように巻いてまとめた束が9セット分になる。ギルド員さんはその一つを手に取ると、枝葉一本一本を確認していく。
「いいですね。初めて見る顔ですので、採取も初めてでしょう。それなのにキチンと採取基準に則って丁寧な摘み取り方をしています。葉の大きさからみても全て薬草として使える品質です」
少し感心した声で薬草の評価をしてくれる。もしかすると加点を期待できるかもしれない。
そして僕とギルド員さんの意識が薬草に向いている所、ポメがドサドサと何処からともなく狩ってきた野獣を取り出してカウンターに、そして乗り切らない部分は地面に積み上げていく。
薬草を見ていたギルド員さんがその音に反応してカウンターを見た瞬間、驚愕の表情を浮かべ固まってしまった。
一角兎9羽、毒蛇6体、雑食モグラ5体の計20体が、その場に並べられていたからだ。一角兎は体長40cm程度だが、毒蛇や雑食モグラは80~100cm程度あるから、相当なボリュームになっている。
「ちょっ、あの、これ、あなた達が?」
目を白黒させながらギルド員さんが僕達に聞いてきたので、頭を縦に振って頷く。
「ここここんな、子供達だけで、この量の野獣を……?!信じられないのです!!」
ギルド員さんがパニックを起こしていると、猪の解体をしていたおじさんが、包丁を片手にこっちにやって来る。
「どうした嬢ちゃん?あぁん?こりゃ相当数の野獣じゃねぇか」
「オオオオオオックスさん。ここここここれ、この子達が討伐したっていうんですよ」
「嬢ちゃん、ちょっと落ち着きなって。それで、これを子供が?馬鹿言っちゃ……あぁ調教師か坊主」
僕達の方を見て否定しようとしたオックスと呼ばれたおじさんが、僕の横でパタパタと尻尾を振っているファングを見て納得したように聞いてくる。
「はい、この子達が頑張ってくれました」
僕はファングとビークを撫でながら返答する。
「ランクCの魔獣がそんだけ懐いてるんだ。ここらへんの野獣なんて目じゃないな。にしても状態が相当いいじゃねぇか。こりゃいい素材が取れるぜ」
顎に手を当てたまま目を細めると野獣の山を一瞥する。そして一角兎1体持ち上げると目の色が変わる。
「ん?こいつは……おい坊主。これ血抜きしたな?何で知ってやがる?」
「い、いや、血抜きしないと肉が美味しくないから……です」
オックスさんが鋭い目で僕を射抜く。僕はその眼光に怯えながら回答する。
「血抜き?美味しい?」
ギルド員の女性が目をパチパチさせながらオックスさんと僕のやり取りを心配そうに眺める。
「冒険者の奴らは旨い肉の作り方っていうのを知らねぇ。だから、殺したらそのまま魔法鞄に突っ込んで持ってきやがる。そうすると全身の肉に血が混ざって血なまぐさい味になっちまって、香辛料で中和しないとまともに食えた代物じゃなくなっちまうんだよ」
そう説明したオックスさんが解体場に残っていた一角兎の肉塊を持ってきて、骨近くの肉を少し削ぎ落とす。
「で、坊主。この状態ならそもそも査定に色がつくだろうから、少し肉をもらってもいいか?もらった分もキチンと査定に上乗せするからよ」
「あ、はい。9羽もいるので構いません」
オックスさんが僕らの狩ってきた一角兎を手早く解体し、同じく骨近くの肉を少し削ぎ落とす。
その削ぎ落とした肉を串に挿すと、解体場にある炉に着火し、そこで肉を炙っていく。解体場にある炉は余分な毛を焼いたりするのに使う為に設置されているみたいだ。
「ほらよ、まずはこっちからだ。まずかったら吐き出して構わねぇ」
そして十分に炙って火が通ったのを確認すると、ギルド員さんに差し出す。ギルド員さんは恐る恐る炙られた肉片を口に含んで咀嚼すると、なんとも言えないような渋い顔になる。
「け、獣臭くて、食べられたもんじゃないです」
渋い顔をしながらギルド員さんはゴミ入れのような容器に口に含んだ肉を吐き出す。
「で、こっちだ」
「えぇ?また食べさせるんですかぁ?オックスさん酷いです」
「うるせぇ、騙されたと思って食ってみろ」
少しウルウルと涙を浮かべながら嫌がるギルド員さんにオックスさんがズズイっと串を差し出す。
「本当に騙したら恨みますよぉ?」
ジト目を向けながら、僕達が血抜きした方の一角兎の肉を口に含む。そして大きく目を見開いて、モグモグと咀嚼する。
「何これ?!全然獣臭くなくて、お肉の旨味が口いっぱいに広がります!!」
目を輝かせてうっとりとした表情を浮かべながらギルド員さんが興奮気味に発言する。
「これが血抜きの効果だ。少なくてもウルスでこれを知っているのは、俺の他数人くれぇだ。他は何言っても理解しやがらねぇし、そもそもキチンと血抜きした肉を持ってくるやつもいねぇから証明もしづらくて困ってたんだよ」
やはり、この町には血抜きの文化がなかったらしい。なのに香辛料もあまり手に入らないから、料理があまり美味しくないんだよな。
「おい坊主、もしかしてこれら全部?」
「えぇ、全部血抜きしてますよ」
「しかしこれだけの量、狩ってすぐ血抜きしてたら、時間も掛かるし他の獣も寄ってくる……どうやって……?」
オックスさんが考え込んで、剣呑な目でチラチラと僕達を見る。
「いやいや、それは……とりあえず、納品物の確認をしてもらいたいんですけど」
「わかった。きちんと評価してやるから、次も血抜きした肉持ってこいよ」
オックスさんはニヤリと笑うと、僕達の納品物を解体し始めるのだった。




