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未来を背負わされました

 朝起きると、猫が腹の上で寝ていました。

 重い。


「起きろ。重いわ」


 そう言いながらロウガの頭をもふると、奴はゴロゴロと喉を鳴らし始める。……かわいいな。

 ロウガは何か言いたげな顔で私を見ながら「ニャーン」と鳴いている。

 何猫みたいな声出してんの、と言いかけたが、そういえば私は寝る前にピアスを外したのだ。

 だから言葉が聞こえなかったのか、なんて自分の中で納得しながらピアスを装着する。そしてこっちの言葉も分かっていなかったらいけないのでリップも塗った。


「さっきなんか言った?」


『ぬくい』


「あぁ。まぁ私もぬくぬくだけれども」


『猫が人で暖まっているとき、人もまた猫で暖まっている……』


「何言ってんの。っていうか起きろや」


 昨夜は用意してもらった食事を摂った後、ロウガと二人で……いや、ほぼロウガが一人でタブレットにデータを入力していた。

 肉球でスキャンしたという世界地図や、いつの間にか取っていたらしいあの場にいた妖精たちのデータを私が見ても分かるようにとあれこれやってくれたのだが、やっぱり私には小難しい。

 そして聖女と聖獣についての文献だの、私が集めるべき聖宝石とやらのことだの、目指すべき場所のことだの、ロウガは一応一通り説明してくれた。だがしかし、やっぱり私には難しい。

 最初こそ頑張って理解したふりをしていたが、それもすぐにバレてしまいちょっぴり呆れられた。

 しかし、呆れながらも結局は「もう情報関係は全部俺に任せとけ」と言ってくれたので完全に丸投げしようと思っている。

 そんな頼もしい「任せとけ」発言をしたロウガはというと、無理やり起き上がった私の膝の上でまだまどろんでいた。


「私さぁ、猫のこの脇肉? このむよんむよんしたとこ好き」


『むよんむよん』


 前足の付け根の部分にむよんむよんしたところがあるのだ。柔らかくてもふもふでむよんむよん……


「聖女様、聖獣様、おはようございます。朝食の準備が整っております」


 ロウガのむよんむよんを堪能していたところで、ドアの向こうから声がかけられた。


「はーい」


 と返事をすると「失礼いたします」と言ってレースとローズが入ってくる。朝の準備を手伝ってくれるつもりらしい。

 着替えを、と言って持ってきてくれたのはシンプルなロングワンピースだった。

 ふりふりのかわいい系じゃなくて良かったとこっそり胸をなでおろしていると、横にいたロウガが「スカートだとハイキックは使えないな」と呟いていた。

 確かに……いやハイキックなんか使う機会ないだろ。ないはず。なければいいな。


「おはようございます」


 準備を済ませ、案内された食堂へと足を踏み入れるとそこにはシャルルがいた。


「あぁ、おはようございます」


 一緒に朝食を摂るつもりらしい。


「よく眠れましたか?」


「まぁ、なんとか」


 そういえば、腹がぬくぬくだったのでとてもよく眠れたな、なんて思いながら適当に相槌を打つ。

 他愛のない話をぽつりぽつりと零し、皆が食べ終えたところでシャルルがどこからともなくおしゃれな宝石箱のようなものを取り出した。


「どうぞ、聖女様」


「これは?」


 手渡されたので素直に受け取り、ふたを開けてみると、真ん中に紫色の宝石が填まっていてその周りに四つの窪みがあった。


「聖宝石を収納する箱です。紫色の宝石は、この島に祀られていた聖宝石です」


 なるほど、残り四つを四つの国で集めて埋めろってことか。


「じゃあ、預かりますね」


「よろしくお願いします」


 シャルルはそう言って深々と頭を下げた。

 集めるのはたった四つなんだし、そんなに深々と頭下げなくても。


「聖女様、今日は僕とセレスティーヌとでこのクロデナを案内したいと思っているのですが」


 というシャルルの申し出に、私は軽く頷く。どうせ暇だしお願いしよう、と。

 暴れ竜の国の奴は一刻も早く国に戻りたそうではあるが、まだ準備が整っていないらしいし。


「それでは、セレスティーヌの準備が整い次第お迎えにあがりますね」


「はーい」


 セレスティーヌは今お祈り中なんだそうだ。異世界への扉を造るための。

 祈るだけで扉が造られるのか、と思いつつも私たちのための扉なので心の中で盛大に応援することにした。


「ねぇロウガ」


 一旦戻ってきた部屋で人間の姿になってタブレットを弄っていたロウガに声をかける。


「ん?」


「この島はどことも戦争してないの?」


 セレスティーヌとシャルルの二人はあからさまにピリピリしていた四人とは違い、完全に穏やかな顔をしていたのが少し気になっていた。


「あぁ、この島はどことも争わない中立ポジションみたいだ」


「中立かぁ」


「なんでもあのセレスティーヌが使えるという『祈り』という魔法がとても強力かつ貴重なんだと」


「へぇ」


 世界的に貴重なので絶やすわけにはいかないから誰も攻撃しない、みたいな感じなんだそうだ。絶滅危惧種的な?

 そしてその祈りの力で強力な結界が張ってあるので攻撃できないだけの可能性もある、とのこと。


「データを見た感じエストレリアとアステールが凶暴そうだな」


 と、ロウガが呟く。


「どことどこ?」


「暴れ竜の国と、青い髪の男の国だ」


「あー」


 そう言われると分かりやすい。私は。


「あの二国は常に戦争をしてる感じだな」


 あの二人仲悪そうだったもんな。


「あの二国だけで戦ってみたり他の国を巻き込んでみたり……」


「迷惑な奴らだな」


 ロウガの説明をとっても簡単に要約すると、暴れ竜の国は火の魔法が得意な妖精が住む国で青い髪の男の国は水の魔法が得意な妖精が住む国。

 力関係的には水のアステールのほうが上だったのだが、火のエストレリアには強い竜がいた。その竜のおかげで拮抗していた。

 しかしいつからか竜は暴れ竜となってエストレリアの民にも手が付けられなくなり、それを隙と見たアステールが近々エストレリアに攻め込む算段だったのだとか。

 だから赤い髪の男ことギルバートは焦燥感を丸出しにして私を早いとこ国に連れて行きたがっていたのだという。


「で、だ。俺とお前は魔王をも倒せる存在なわけだ」


「らしいね」


「そんな俺たちがどこかの国に居座ることになれば、力関係がまた変わる」


 エストレリアにとっての竜のような存在ってわけか。現状で一番厄介であろう魔王も倒せるのだから竜よりも上……ってことでいいのかな?


「だから気を付けたほうがいい」


「気を付ける?」


「どの国の奴らも、俺やお前を引き留めようとするからな」


「なるほど」


 要するに虎の威を借るなんとやらってやつだ。


「梗子、昨日ギルバートにキスされてただろう」


「うん?」


 そんなことされたっけ? と首を傾げれば、ロウガは私の手を指さした。


「手の甲」


「……あー! そういえば」


「ああやって色仕掛けで攻めてこられる可能性もある」


「めんどくさ」


 一言ぽつりと零せば、ロウガに鼻で笑われる。


「その様子じゃ心配なさそうだが、好意は疑えよ。都合のいい兵器だと思われてるからな」


「はいはい」


 あえて言うつもりはないけれど、私は色気より食い気なので色仕掛けよりも美味しいもので釣られる可能性は高い。

 あとかわいいもの。なので猫ちゃんロウガのごろにゃんとかのほうが危ない。

 そもそも顔のいい男は基本的に苦手だ。自分より年上のムキムキ筋肉の人がいたらうっかりときめくかもしれないけど。


 セレスティーヌの準備が整ったとのことで、シャルルが迎えに来た。

 二人に誘われるままに外に出ると、一番に視界に入ったのは豊かな緑ととても綺麗な海だった。

 今まで私たちがいた建物は小高い丘の上に建っていたようだ。

 くるりと振り返って見れば、石造りの立派な建物がある。とんがり帽子のような屋根が日の光を受けてキラキラと輝いていてとても綺麗だった。

 前を向き、下の景色を見下ろすと、いくつかの小さな建物が見える。

 どうやら私たちがいた建物がこの島で一番大きな建物らしい。


『この島にはあまり住民がいないようだな』


 と、ロウガが呟く。


「この島は住民が少ないんですね」


 なんとなくロウガの言葉をなぞってみると、セレスティーヌもシャルルもゆっくりと頷いた。


「この島には基本的に『祈り』の魔法が使える者しか住めないのです」


 ロウガが言ってた貴重な魔法ってやつだ。家と思しき建物の少なさを見るに、本当に使える者が少なく貴重なんだろうな。

 ちなみに私たちがこの地に連れてこられた時にいた妖精たちは、住民ではなく魔法ではない祈りを捧げに来た他国の妖精だったんだそうだ。簡単に言えば参拝客みたいなものだとロウガが言っている。

 そんな参拝客は今もちらほら居て、私とロウガに熱い視線を送ってきている。

 人間が珍しいらしいからな。


「この世界の妖精たちにとって、あなたという人間は希望なのですよ」


 と、シャルルが零す。


「希望?」


 魔王だの魔物だのを倒す存在だからか? と首を傾げていると、シャルルはにこりと微笑む。


「我々妖精たちの魔力の平均値が、年々減っていっているのです」


 シャルルはそう言って、丘を下ったところにあった巨木の側で足を止める。

 見上げると、そこには金色に輝く木の実がなっていた。


「妖精たちは魔力を失い、いつしか絶滅してしまうのだという説があります」


「……絶滅」


「そしてもう一つ、妖精たちは魔力を失い、人間になるのだという説もあります」


「まさかの人間」


「しかし今現在この世界に生きている者たちは本物の人間を見たことがありませんでした。人間とは幻の生き物だったのです」


 私たちにとっての妖精みたいなもんか。妖精だって私たちにとっては幻の生き物なわけだし。ロウガの世界はまたちょっと違うみたいだけど。


「人間が本当にいるのなら、絶滅ではなく人間になる未来があるのではないか、と」


 絶滅に比べれば人間としてでも生き残ったほうがいいってことなのだろうな。不思議な世界だ。


「あなたたちがここに来てくださらなければ、我々は絶滅するか魔王に滅ぼされるかの二択だったのですよ」


「妖精にとって人間は幻の生き物、本当に人間がいるのなら絶滅ではなく未来があるかも……なるほどねぇ」


 そういう理由があって、あちこちから希望に満ちた視線を感じるのか。ちょっと居心地の悪さを感じなくもないけれども。


「だから我々にとってはあなたたちがここに来てくださっただけで充分なのです」


「あぁ、私たちっていうか、私じゃなくとも本当に人間がいるって分かるだけで充分ってことね」


 ロウガに聞こえるよう、シャルルの言葉をなぞるように相槌を打っていると、シャルルがほんの少し声を潜めた。


「他国の代表者がいる前では言えませんが、無理はしないでください。嫌なことがあれば遠慮なく僕を呼んでください。いつでも保護いたします」


「え、あ、はい。まぁ……確かに他国の代表者の前では言えない話ですね」


 しどろもどろになりつつ返事をして、ちらりとロウガを見ると、猫の姿のままこくこくと頷いていた。かわいい。


『凶暴な奴らの前でここにいるだけでいいなんて言うと暴動を起こしかねないからな。お前を手に入れたいわけだから』


 なるほどなぁ。

 凶暴な奴らにとっては未来の希望よりも目先の権力、といったところなのだろうな。

 セレスティーヌはそれでいいのかと視線を送ると、彼女は穏やかな笑みを湛えている。


「私たちとしては未来に怯える民が一人でも減ってくれたら、それでいいのです」


 シャルルと同じ考えなのだそうだ。


「……でもまぁ、魔王はいないほうがいいでしょ。一応頑張るよ」


 まぁ暇つぶしに、とは思っているけれども。

 二人の「ありがとうございます」を耳に入れつつ、私たちはしばしここクロデナの自然をゆったりと堪能したのだった。





 

むよんむよん。


読んでくださってありがとうございます!

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