夢を壊されました
揉めている。とんでもなく揉めている。
一通りの説明を受け、元の世界への扉を作るのに一年かかると言われた結果、とりあえず暇だし世界を救うという選択をしてしまった私たちの目の前で揉め事が起きている。
美少女セレスティーヌと美丈夫シャルルは穏やかそうな顔をしているのだが、他の四名は明らかに穏やかではない。
シャルルの説明によると彼らはこの世界に存在する四つの大国の代表らしい。詳しい説明は後でロウガに聞くつもりなので軽くメモを取っただけで記憶しなかったけれど、見た感じ確実に仲が悪い。
中でも明らかに仲が悪いのは赤い髪の男と青い髪の男だ。
魔物による被害を一番被っているのは我が国だ、いいや我が国だと……正直なところとても低レベルな争いを繰り広げている。
そもそも世界全体が危機に瀕しているって話なんだからどこも似たり寄ったりなんじゃないのか?
というか、妖精もこんな人間同士みたいな言い争いをするんだな。
妖精ってもっとメルヘンでふわふわした存在だと思ってた。人間よりも人間らしい揉め事なんか見たくなかった。
「聖女様、まずは我が国エストレリアからお救いください!」
やたらと必死な赤い髪の男が言う。確か名はギルバート、だったかな。
「エストレリアの民たちは魔物だけではなく暴れ竜の存在にも怯える日々を過ごしております。ですので、どうか我が国を一番に」
「竜はあなた方の祖先では?」
と、青い髪の男からのツッコミが入る。それにカチンときたのか、ギルバートは青い髪の男を睨みつけている。青い髪の男の名は……うーんと?
「黙れゼクレス」
あぁそうそうゼクレス。ギルバートが丁度良く怒鳴りつけてくれた。
……というか、さらっと聞き流してしまったけど、この世界には竜がいるの? 話の流れから推測すると、その暴れ竜とやらの相手もさせられそうになってるの?
魔王を倒せって話だけでも無理難題だっていうのに竜まで出てきてしまったらお手上げな気がするんだけど。
どうしたもんかと視線を下げると、きょとんとしたロウガと目が合った。そうか、コイツは彼らの会話が理解できていないんだった。
「なんかあの赤い髪の人の国には竜がいるらしいよ」
『へぇ、見てみたいもんだな』
さてはお前、観光気分だな?
「怖いでしょ。食べられちゃったらどうする?」
『草食の竜だといいな』
そういう問題じゃなくない?
「聖女様!」
ロウガへの反論をしようとしていたところで、ギルバートから大声で呼ばれた。
「へーい」
「どうか我が国エストレリアへ……!」
「私は別にどこからでもいいのでそちらで決めていただければ」
そもそもついさっきこの世界に連れてこられた私になんだかんだと言われても、まだ何がどうなっているのかも分からないのだ。初っ端から暴れ竜は嫌だけど、そのエストレリアとやらが一番危険だというのならそこに行って……まぁ、何かしたらいい……んだろう、な? 知らんけど。
と、そんなことを思いながら手元のメモに視線を落とす。
私がやるべきことは聖宝石とやらを集める、って自分で書いてるな。暴れ竜、関係なくない?
「それでは我が国エストレリアが一番でよろしいですね、聖女様」
「待てギルバート!」
勝手に決めようとしているギルバートをゼクレスが止めている。
「他のお二人はどうなんですか?」
怒鳴り合い、もとい話し合いにあまり参加していない緑色の髪の男の子とオレンジ色の髪の女性に声をかける。
「わたくしの国はそちらほど切羽詰まっておりませんわ」
オレンジ色の髪の女性は余裕の笑みを浮かべそう言った。この人が怒鳴り合いに参加してくれれば一番強そうだしさっさと終わりそうなのだが。
「タハトは金にものを言わせて大掛かりなシェルターを造っていたようですからね、タハトの第二王女ダリア・ユナカイト・アージュ・タハト」
と、ゼクレスの怒りの矛先がギルバートからオレンジ色の髪の女性、ダリアに移った。
余裕の笑みに威厳を感じていたが、第二王女だったのか。
「金にものを言わせて、だなんて乱暴な言い方ですわね。我々はあるものを有効に使っているだけですわ」
要するにダリアの国は金持ち、ということ。ここでギルバートとゼクレスがちょっと悔しそうな顔をしているのであの二人の国はダリアの国ほど金持ちではないのだろう。
ふとダリアに視線を向けると、彼女はにっこりと笑って私を見ていた。
「我が国タハトには大掛かりなシェルターがありますの。クリスタルのカーテンと呼ばれていますわ。魔法での結界とクリスタルのカーテンの二重構造で、どの国よりも安全なんですのよ」
「へ、へぇ」
「あちらの国々より切羽詰まってはいませんが、聖女様がここに馴染むまでの間をタハトで過ごすのもよいのではありませんこと?」
なるほどなぁ。この世界について何も知らないまま暴れ竜に会わされるよりは安全地帯で世界についての勉強から始めさせていただくというのもありなのかもしれない。
「しかしそれではエストレリアの民が」
一番切羽詰まっているであろう暴れ竜の国が呟いている。
「噂を聞いた程度なのですが、最近タハトのどこかで大規模な崩落事故が起きていますよね」
と、突然冷静になったゼクレスが言う。
すると今まで余裕の笑みを浮かべていたダリアの表情がほんの少しだけ曇った。
「これも噂を聞いた程度なのですが、聖宝石を保管している神殿へと続く道がその崩落事故で塞がった、とか」
ゼクレスはにたりと笑う。これは噂とかではなく、知っていたんだろう。
「それは」
「おや、噂ではなく事実でしたか?」
ダリアの言葉を遮ったゼクレスは、勝ちを確信したのだろう。一度ダリアを流し見た後、私に視線を移し口を開く。
「聖女様、今タハトに行ったところで崩落事故の復興が終わるまで足止めされるだけですよ。おそらく時間の無駄かと」
「ちなみに復興までの目処は?」
勝ち誇った顔のゼクレスは一旦保留して、私はダリアに声をかけた。
「目処は、まだ。しかしすぐに終わりますわ」
「大規模な崩落です。いくらタハトが金にものを言わせようとそう短時間では終わらないでしょう」
噂だとか言っていたくせに詳しいじゃないかゼクレス。めちゃくちゃ詳しいじゃないかゼクレス。とツッコミを入れてしまいそうになる口をしっかりと噤む。ツッコミなんか入れてしまおうものならそのままの勢いで笑ってしまいそうだから。
「聖女様の力を一番必要としているのは、やはりエストレリアです」
「あぁはいはい暴れ竜。じゃあもう一番は暴れ竜の国でいいです。あなたの国は?」
今まで一言も発していなかった緑色の髪の男の子に声をかける。
「え、あ、はい。あの、うちは……いや、我が国は、二番目とかで大丈夫です」
緑色の髪の男の子は、とてもビクビクしながらではあるものの地味に図太いことを言い出した。
あまりの図太さに、その場にいた全員が絶句していた。それが妙に面白かったので、二番目は彼の国でいいと思う。
「はーいじゃあ君の国が二番目ね。えーっと名前は」
「あ、ベイル・ジェムシリカと申します。えっと、ナジュムの王です」
まさかの王様だった。さっき君とか呼んじゃったけど大丈夫だろうか。
いやでもこんなビクビクした子が王様だとは思わないじゃん。四人の中では一番若く見えるし。おそらく十代半ばってところだろう。
……まぁ私は聖女とやらだし、私の力がないとこの世界は滅ぶらしいし、きっと私の立場は王様よりも上でいいだろう。多分。
そんなわけで、結局暴れ竜の国が一番、ビビり王の国が二番、そして他国のヒミツまで持ち出してきた腹黒の国が三番、崩落事故の国が最後となった。
不服そうな顔してるのが二名ほどいるが、まぁ仕方ないだろう。私は一人しかいないのだ。分裂でもしない限り一度には回れない。
「それでは聖女様、準備が整うまでの間はこの祈りの島クロデナでお過ごしください」
と、美少女セレスティーヌが言う。そして彼女が手を叩くと、小さな妖精が二人……いや人じゃないから二名か? 二匹か? とりあえず二名現れた。
さっき見た小さくて羽の生えたタイプの妖精だ。片方は水色の、もう片方は桃色の髪を頭の両サイドで大きなお団子にしている可愛い女の子だった。
「聖女様のお世話はその二名に任せるつもりです。なにかあれば、なんなりとお申し付けください」
「はい」
二名で良かったようだ、と思いつつ返事をしながら二名を見ると、二名とも可愛らしいお仕着せを着ていた。
私専属の侍女ということで、ずっと私と一緒にいてくれるらしい。
『会議は終わりか?』
「一応。私たちが休む部屋に案内してくれるみたい」
『そうか。じゃあ梗子、その文献や書物を借りてくれ』
「……あぁ」
ロウガはシャルルの手元にある世界地図だの妙な文献だの書物だのを調べたいのだそうだ。
「シャルル、それ借りてもいいですか?」
「これですか? どうぞどうぞ。部屋まで運びましょう」
シャルルは快く貸してくれた上に部屋まで運んできてくれるらしい。ありがたい。
そんなわけで私たちは立ち上がり、セレスティーヌの先導の元、用意された部屋へ向かおうとしていた。
「聖女様」
ふと背後から声が掛かる。声の主はギルバートだった。
呼ばれたので立ち止まり「何か?」と首を傾げたところ、ギルバートは流れるような手つきで私の手を取り、手の甲にそっと口づけを落とした。
「どうぞ、よろしくお願いいたします」
顔を上げたギルバートは微笑みながらそう言っている。
その行為と笑顔を見た私は、単純に嫌な予感しか浮かんでこなかった。
「こちらです」
ギルバートという名の推定チャラ男を華麗にスルーしてセレスティーヌについて行き、辿り着いたのは私たちのためにと用意された部屋。なんとも広々とした豪華な部屋だった。
テーブル、ソファ、ベッド、その辺はヴィクトリアン調だったかロココ調だったか、とにかくアンティークっぽいけどそれほどゴテゴテはしていないおしゃれな物。数を見た明らかに一人と一匹が使う部屋とは思えないけれどのびのび過ごせそうではある。
「これはここに置いておきますね」
シャルルはそう言って運んできてくれた書物などをテーブルの上に置いてくれた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。それでは、何かありましたらいつでも声をかけてください」
「はーい」
私の間延びした返事を聞いて、シャルルとセレスティーヌは部屋を出て行った。
「私たちはお食事の準備をしてまいります」
私専属の侍女たちが言う。ちなみに水色の髪の子の名はレース、桃色の髪の子の名はローズというらしい。可愛い。
二名の小さな背を見送ると、背後でぼふんと音がする。ロウガが人の姿になった音だ。
「さぁ、データを集めるか」
人の姿になったロウガは早速タブレットを操作しながらテーブルの上に資料を広げている。
「さっきの人……いや妖精たちの個人情報も見れたらいいのにね」
「それはもう見られる。さっきこっそり読み取ってた。肉球ではやりにくいんだが、なんか揉めてたし時間はたっぷりあったからなぁ」
肉球でも使えるんだ、タブレット。そういえば猫がスマホゲームやってる動画を見たことがあったようななかったような。
「この世界はクレセイル。俺たちの世界で言うところの地球、だな。ざっくり分けると一つの島と四つの大国があって、四つの大国はどこも微妙に仲が悪い」
「ふーん」
正直あんまり興味はない。出来ることなら今すぐ帰りたいくらいだからな。元の世界への扉が出来るまで一年だなんて言われなければ……。
「エストレリアとアステールはつい最近まで戦争をしていたようだな。ギルバートとゼクレスのステータス画面に軍の参謀って書いてある」
カタカナが多すぎて私の頭が追い付けなくなりそうだ。アステールなんて初耳ですけど、と呟いたらゼクレスの国の名前だと返ってきた。初耳じゃなく聞き流してただけだったようだ。興味がないって恐ろしい。
「つい最近までってことは戦争は終わったの?」
「いや、世界地図もステータス画面が開けたんだが、停戦中になってる。おそらく魔物が湧いたせいで戦争どころじゃなくなったんだろう」
戦争の真っ只中とかに呼ばれなくて良かった。
「……ねえロウガ」
「ん?」
「その辺の話はロウガに丸投げでいい? カタカナばっかりで、覚えるのも難しそうなんだけど」
「……あぁ『マイナスアビリティ:元ヤン』には難しいだろうな」
ロウガはけらけらと笑った。
元ヤンと言われたことも笑われたこともなんとなく気に食わないけれど、丸投げ出来るならロウガの好きにさせてやろう。気に食わないけれども。
「記憶と記録は俺に任せろ。ただ俺が読めないものとタブレットが読み込めないものだけとりあえず読み上げてくれ」
「はぁい」
こんな私とロウガの凸凹コンビの相性が案外しっくりくることになるなんて、この時の二人はまだ知らなかった。