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個人情報を覗かれました

「お前、魔法使えないのか?」


「使えませんけど?」


 魔法ってのは使うもんじゃなく物語の中に出てくるものでしょ? という私と、魔法くらい使えて当たり前だろう? という彼が首を傾げ合う。

 よく考えたら目の前の彼は人間になれる猫であり意思の疎通が出来る猫なのである。

 普通じゃない。

 この現状が普通じゃないせいで違和感を覚える暇もなかったけれど。


「落ち着こう」


「そうだな」


 私たちは一度落ち着いて、一つずつ整理していくことにした。


「とりあえず自己紹介をしようか。私の名前は葉鳥梗子。日本の東京に住んでるごく普通の雑貨屋店員」


「俺の名前はロウガ。猫又だ。俺も東京に住んでいる。お前、東京に住んでて魔法が使えないのか? 肩身が狭いだろう」


 早速一つ目の齟齬が生じる。


「私が知る限り魔法が使える日本人なんていないね」


「なんだって?」


 よくよく聞いてみると、ロウガが住んでいた日本には魔法が溢れていたんだそうだ。

 魔法が使えない日本人のほうが少ないくらいなんだとか。


「パラレルワールド、ってやつか」


「パ?」


「並行世界って言ったほうが分かりやすいか?」


 分かりにくいが?


「えーっと」


「世界ってのは自分が生きているところのほかにも存在してるって話だ。異世界ってやつだな」


「へー」


 異世界、かぁ。どこかで聞きかじったことがあるようなないような。


「……とにかく、俺がいた日本とお前がいた日本は別物だな」


「みたいだね」


 ほぼ理解出来なかったけれどここで躓いていたら話が一生進まない気がするので納得したことにしておこう。


「で、その水晶に触ることが出来なかったのは」


 ロウガはそう呟いて、どこからともなく何かを取り出した。

 見た感じタブレット端末のようなものなのだが、今までそんな物持ってなかったはずだし彼はバッグも持っていない。ポケットに入るサイズでもない。


「ほら、やっぱり魔法だ。水晶の周りに薄い結界が張ってある」


 ロウガはタブレット端末的なものを見せてくれるのだが、なんか小難しいことが書いてあるな、程度にしか分からない。


「じゃあ、この水晶にはもう触れないの?」


「多分な」


「さっきは普通に触れたけどなぁ?」


 私は恐る恐る水晶に手を伸ばす。

 すると、私が触れる直前に水晶が光を放った。


「なんだ?」


「分からな、あ、台座が」


 怪しげな露店の店主にサービスだと言われて渡された水晶と、その台座が光を放ちながら形を変えていく。


「おぉ」


「なになになになに」


 感嘆するロウガに混乱する私。そんな二人をよそに、台座は水晶に巻き付くように形を変えていった。


「杖みたいになったな」


「どういうこと」


「見ろ、ステータス画面だ」


 ロウガがまたタブレット端末的なものを見せてくれる。


「どういうこと?」


「この杖の名称は『精霊のロッド』だそうだ。所有者はお前になってる」


 タブレット端末的なものからロウガの顔に視線を移しもう一度「どういうこと?」と呟けば、彼はほんの少し面倒臭そうな顔をして読み上げてくれる。


「この杖は『精霊のロッド』所有者は『葉鳥梗子』要するにこれはお前のもの。魔力を帯びているからお前も魔法が使えるようになるはずだ」


「……魔法使い」


「まぁ、うん」


 ロウガはやっぱり面倒臭そうに頷いた。

 そしてしばしタブレット端末を弄っていたと思えば、ゆっくりと首を傾げる。


「梗子、お前の世界に魔法はなかったのか? 本当に?」


「え? ないよ。魔法なんて非現実的なものなんかないない」


「じゃあそのピアスとブレスレットと……リップ? それはどこで手に入れた?」


 ロウガが私の顔をじっと見ながら言う。


「ん? あぁこれ、その水晶と一緒に買わされた。押し売りにあったのよ」


「押し売り」


「なんで?」


 私が首を傾げると、ロウガはうーんと呻りながらタブレット端末的なものに視線を落とす。


「その石は魔法石。補助魔法用の魔道具だぞ、それ」


「……私でも分かるように言ってくれない?」


「端的に言うと目と耳と腕と口が強化されてる」


「目と耳と腕と口が強化されるってどういうことよ。視力と聴力と腕力と……口ってなんだ、声がデカくなるとかか」


「全部違うと思う。効果は『翻訳』だ。片方のピアス、リップを同時に装備すると言葉の通じない他種族との会話が可能になる……要するに猫の状態の俺と会話が出来たのはそのピアスとリップのおかげってことだ」


「……ということは? 私は猫語を聞いて猫語を話してたってこと?」


「まぁ、簡単に言えばな」


 試しにちょっと他の猫のところにも行ってくる! と駆け出そうとしたけれど、そう言えば私たちはまだ謎の球体と思われる物の中にいたんだった。

 このピアスとリップさえあれば世界中の猫ちゃんとお話が出来るってことみたいだし早いとここの球体から出たい。


「ちなみにもう片方のピアスを装備すれば他種族が書いた文字が読めるようになる。そしてブレスレットは文字が書けるようになる」


「便利ー。じゃあ猫が書いた文字も読めるし書けるしってこと?」


「まぁ理屈だけで言えばそういうことだが、猫は文字を書かない」


「……そっか」


 冷静なツッコミが私の心に刺さった。


「で、その杖の効果は『呪文補助』だそうだ」


「呪文」


「梗子が唱えた呪文を実現させる、ってことらしいが」


 呪文なんか知らないんだけど?


「え」


「呪文なんか知らないって顔してるな」


「バレた」


「少し調べる」


「よろしくお願いします」


 なんだか申し訳ない、なんて思いながら頭を下げる。

 ロウガはそんな私を尻目にタブレット端末的なものを操作し始めた。


「っていうかそれ何?」


「タブレット」


 タブレットだったんだ。こっちの日本にあるタブレットとはずいぶん違うんだなぁ。

 薄いガラスの板みたいに見えるし、たまに裏側が透けて見えてる気がするけど裏から覗き込んでも何も見えない。

 ロウガが住んでいた東京では魔法が使えて当たり前だったみたいだし、このタブレットにも魔法が使われているんだろうか。


「んー、なるほど。どう言ったらわかりやすいか……」


 専門用語みたいなのを使わないでもらえればありがたい。


「簡単に言えば、命令形の言葉でいいみたいだな。空を飛びたければしっかり頭の中でイメージして『飛べ』って唱える感じだ。イメージがしっかりしていれば何か音を立てるだけでも発動は可能らしい。ただし威力は落ちる、と。とにかく重要なのはイメージ」


「へぇ、空とか飛べちゃうんだ。っていうかそんなことまで調べられちゃうんだ、そのタブレット」


 私がそう言うと、ロウガは自慢げに鼻を鳴らす。


「調べられるぞ。お前は葉鳥梗子、24歳、人間。得意技は右ストレート、ローキック、ハイキック。弱点は虫」


「おいちょっと待て」


「ん? アビリティは料理、歌、ピアノ。マイナスアビリティは元ヤン」


「ちょーーっと待て! なに!?」


「お前のステータス画面」


「個人情報じゃん」


「あー、マイナスアビリティ元ヤンの注釈に書いてあった。ファンタジー用語に疎いって」


「個人情報のうえに悪口まで書いてあるの?」


「悪口じゃなくて事実」


「どちらにせよ失礼だな。っていうかそんなにほいほい他人の個人情報が見られるって大丈夫なの? それ合法?」


 私がそう問いかけると、ロウガは私からそっと目を逸らした。……さては非合法だな?


「ねぇ」


「非合法寄りの改造ではあるが……まぁ便利だから」


 便利かどうかはともかくとして私の個人情報丸裸にされたんだが?


「便利だとしても勝手に個人情報見られるって」


「悪かったよ……お詫びにほら、猫の状態の時はいつでもなでさせてやるから」


「……う、うん」


 猫はなでたいけれども。

 ……でもなぜそれが詫びになると思った?


「好きだろ、可愛いものとかふわふわもふもふしたものとか」


「……見ただろ」


「悪かったってば」


「最低」


 元々やんちゃだったことよりも知られたくなかったわ、可愛いもの好きなこと。


「悪かったって。でもほら、これ便利なんだって。目の前に敵か味方かも分からない見知らぬ奴がいたとするだろ? そいつをこれで見ればすぐに敵か味方か判明する」


「まぁ、そうなんでしょうね」


 そう言いながらロウガのほうをチラっと見ると、ちょっとしゅんとしていた。完全に叱られた猫だ。


「どちらにせよこの空間から出られなければ目の前に見知らぬ奴が現れることもないけどね」


「……確かにそうだな」


 しゅんとしたままのロウガは、ぽちぽちとタブレットをいじっている。

 私の個人情報なんかよりこの空間から出る方法を調べてくれたほうが有意義だと思うのだが。


「はぁ……」


 自然と大き目のため息が零れ落ちる。


「怒ったのか」


「別に」


「ちょっと自慢したかっただけなんだよ。俺の改造タブレット。ずっと一人で使ってたし」


 いや非合法タブレットを自慢されましても。


「それを使うって、誰かを敵か味方か判断してたの?」


「うん。猫又の魔力を悪用しようとする人間は多かったからな」


「へぇ」


 他人の個人情報を勝手に見られるように改造を施すほど敵が多かったってことなのかな。

 魔法とやらがある東京ってのは結構大変そうだな。よく分かんないけど。想像力が追い付かなくて。


「だからこのタブレットを見ても悪用しようと思わないどころかちょっと怒る梗子は信用できる」


 なんか信用された。

 しかし言われてみれば悪用しようと思えばいくらでも出来るもんな。

 ……ちょっと思いつかないけど。やっぱり想像力が追い付かなくて。


「まだ怒ってるのか?」


「いや別に」


「なでさせてやるし、抱っこもさせてやる」


「許そう」


 許すからずっと猫のままでいて。

 さくっと猫の姿に戻ったロウガをそっとなでながら心の中で切に願っていたところで、さっきの精霊のロッドとやらが視界に入る。

 綺麗な水晶玉が付いた杖で、魔法に馴染みのない私にとっては魔法を使うよりも鈍器にしたほうが使い勝手がいいような、そんな重さと長さだ。


「これ、イメージと命令形の言葉で魔法? が使えるんだよね」


『うん』


「……ってことはさ、この空間から外に出るイメージで何か命令すれば外に出られるんじゃない?」


 私とロウガは目を合わせる。


『それだ!』


「え、え、でもどうやってイメージしたらいい?」


『そうだな、この空間には扉がないからな……外とここを隔てる壁をイメージして』


「壁……壁……」


『呪文は、そうだな……開け、あたりか』


「開け!」


 気合いを入れて、少し大きな声でそう言った瞬間、どこからともなくぴしぴしと何かに亀裂が入るような音がする。


『眩しっ』


 人間よりも光に敏感であろうロウガがうずくまる。


「え、ごめん、大丈夫?」


 ロウガの小さな体を守るように抱きしめたところで、私も光を感じた。

 隙間から漏れ出すような微かな、それでいて強い光だ。

 ぴしぴしという音が大きくなる。漏れ出すような光も強くなる。


「なにかが、割れる……?」


 私のその言葉の直後、パリンという大きな音が響き渡った。





 

以前公開していたものとごっそり変わっております。

あれは一旦忘れてください。

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