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押し売りに遭いました

「う、ぐあぁー!」


「こうして救世主の力により諸悪の根源は退治されたのだった」


「いやナレーションベースで終わらそうとしてんじゃねえぞ」


 私は手に持っていた物を思いっ切りぶん投げた。



 〇●〇●〇●〇



 ふざけた奴らを呆れた瞳で眺めながら、私は物思いに耽る。

 事の発端は、かれこれ一年ほど前におこったある出来事だった。


 あの日、私は仕事を終えた後、少しだけ寄り道をした。

 なんとなく、本当にただなんとなく普段は通らない道を通って、ふと足を止めた。

 そこには露店が出ていて、天然石なんかを使ったアクセサリーを売っているらしい。

 昔からキラキラしたものに目がなかった私は一目で虜になった。

 それだけなら特に問題はなかったのだが、店主に声をかけられてしまったのだ。運悪く。


「これなんていかがですか?」


「え、それはちょっと」


 店主にすすめられたのはテニスボールサイズの水晶玉だった。

 いやそんなもん何に使うんだよ。

 他に可愛いアクセサリーをたくさん並べといてよりによってそれかよ。

 そんなことを思いながら帰ろうかと考えていたのだが、店主のセールストークは終わらない。


「これはおすすめですよ」


 使い道のない物であれば遠慮なくお断りしようと思った。

 しかし、今回すすめてきたのは思いのほか可愛くて。


「これは?」


「中はリップバームになっております」


 コロンとしたデザインのキラキラケースが猛烈に可愛いリップバームだった。これは買ってもいい。


「え、欲しい」


「それならこちらもおすすめです。リップバームの蓋にあしらわれた石と同じものを使ったピアスとブレスレットなのですが」


 そう言って店主が出してきたのは一粒石のピアスと、細いチェーンに同じ小さな一粒石が付いたブレスレットだった。

 どちらもシンプルなデザインで普段使いにぴったりだ。これも買ってもいい。


「じゃあ買います、リップバームとピアスとブレスレット」


「お買い上げありがとうございます」


 その時、ふとおかしいなとは思ったのだ。

 その店主の声色は男とも女とも言えないもので、顔も手も布で隠れている。いかにも怪しげな風貌だった。

 普段ならこんな人がやってる店になんて近付こうとも思わないのに、その時はなぜだか引っ張られるように近付いてしまった。

 そして、結局キラキラにつられて買ってしまった。

 思えばあの時の選択が、全ての発端であり、全ての間違いだったのだ。


「こちらはサービスです」


 そう言って店主が取り出したのは濃い紫色の斜め掛けバッグだった。素材は革、のように見える。明らかにサービスで付けるものではない。


「いや」


「こちらもサービスで入れておきますね」


 今度はさっきすすめられたテニスボールサイズの水晶玉だった。


「それは別に」


「水晶用の銀の台座も」


「いやいやいや」


 明らかにサービスの域を超えたものが革のバッグに入れられる。おかしい。明らかにおかしい。これはぼったくられる流れだ。


「それでは、リップとピアスとブレスレットの三点で、五百円ですね」


「いや待っ……え、逆に待って安すぎない?」


 安すぎて逆に怖いんだが?


「この店は今日でたたむのです。だから重いものはなるべく手放しておきたくて」


「なるほど。……なるほど?」


「この怪しげな見た目ゆえ、なかなか見ていってくれる人もいらっしゃいません」


「はぁ」


「ですので足を止めてくれたあなたに、プレゼントをしようかと」


「……なるほど?」


「そんなわけで、こちらは遠慮なくお持ち帰りください」


「え、あ、あぁ」


 結局押し付けられるように渡されてしまい、全てを受け取ってしまった。

 そして帰宅してすぐに受け取った物を眺め始めた。

 サービスと言われて持たされたものはともかく買ったものはどれも可愛かった。

 リップバームはのびが良く塗りやすいし少し塗っただけでうるうるのつるつる唇になる。しかもほんのり花の香りがしてとても癒される。

 これは大当たりだったのかもしれない。怪しげなデカい水晶を押し付けられたことを差し引いても大当たりだ。きっと大当たりに違いない。

 デカい水晶から意識を逸らすように、必死で自分に当たりだと言い聞かせながら、ピアスとブレスレットを手に取る。

 紫色の石だったからアメジストだろうと思っていたのだが、どうもそれより色が淡い。

 真ん丸に加工された小さな石が付いたシンプルなピアスと、細いシルバーのチェーンに同じ石が付いたこれまたシンプルなブレスレット。

 知らない石だし、安価だったし人工的なものかもしれないが、まぁ普段使い出来そうなアクセサリーだし当たりといえば当たりだろう。

 そう思いながらピアスもブレスレットも装着してみたが、目立ち過ぎず、かといって存在感がないわけではない、丁度いいし悪くない。


 問題はデカい水晶だけだ。あんなサイズの水晶どうしろっていうんだ。そう思いながらバッグに手を突っ込み、水晶を掴んだその時だった。

 突然何かに引っ張られたような感覚に襲われた。驚いた私は手を引いたのだが、引っ張られたような感覚は変わらない。それどころかその感覚が全身に広がって、どうしようもなくなった私は怖くなってぎゅっと強く目を閉じてしまっていた。


「痛っ!」


 目を閉じてしまってからしばらくすると、背中に衝撃がきた。

 驚いて「痛い」と口走ったが、ぼすん、と、何かクッションのようなものに突っ込んだような柔らかなものだった。冷静に考えたら痛くなかったかもしれない。痛い気がしただけで。

 恐る恐る目を開けると、そこには何もない。

 ついさっきまで自分の部屋に居たはずなのに、本当に何もない。真っ白だ。

 どこかに出口があるかもしれないと立ち上がってみると、どうにもバランスが取りにくい。ふわふわの綿の上に立っているようだった。さらに床が平らではないらしく足を動かせば動かすほどずるずると滑っている。

 もしかしたらふわふわした球体の中に居るのでは? と首を捻っていると、視界の隅で何かが動いたような気がした。

 ついさっき周囲を見渡した時は何もない空間だったはずだが、と何かの気配がした方向へと目をやると、猫が居た。

 どうやらこの空間は猫にとってもバランスが取りづらく、ずるずると滑る空間らしい。めちゃくちゃ滑ってる、あの猫も。

 猫の動きを見たところ、やはりこの空間は球体になっているようだった。滑り続けているので、転がってはいないらしい。

 どうしたもんかと考え込んでいると、猫が私の存在に気付いたようで、耳をぺたりと後ろに向けてしまった。見事なイカ耳だ。これは完全に警戒されている。


「……迷子ですか?」


 そう猫に問いかけると、猫は毛を逆立てて姿勢を低くした。すげぇ警戒されている。

 そこまで警戒されるなら関わらないほうがいいのかも、と思って視線を逸らそうとしたが、それは見事に失敗した。


『……お前もか?』


 と、猫に声を掛けられたから。


「……あ、意思疎通出来る感じの猫さんでしたか」


 いやぁ、まさか喋るとは。


『どこなんだ、ここは』


 目の前に居る意思疎通可能な猫は苛立った様子で私に声を掛けてきた。


「さあ」


 私はそう答えることしかできない。なぜなら私だってここがどこなのかなんて分からないのだから。

 しかしこの猫、可愛い顔をしているものの声は完全に男の声なので可愛げが足りない。いらいらとしっぽをぱたぱたぺしぺしさせている様は可愛いのになんか可愛げが足りない。


『あんたの仕業か?』


「いや、私も被害者」


『そうか』


「ついさっきまで自分の部屋に居たんだけどな。仕事の帰りにパワーストーンの露店に寄って色々買わされて……」


『は? 死んだんじゃないのか?』


「え、なんで? 勝手に殺さないでくれる? 普通に生活してたわ」


 私も猫もお互い黙って目を見合わせる。

 一体何を言っているのだという顔で。


『俺は死んでないのか?』


「パッと見た感じ生きてるね」


『俺……確か死ぬつもりで……、ここが死後の世界なら俺は死ねたはずなんだが』


「死後の世界はこんなに狭い球体じゃなくない? 渡るでしょ、三途の川とか。知らないけど」


『俺は虹の橋だって聞いたぞ』


「猫ちゃぁん」


 まぁどちらにせよ死んだことないしわかんないんだけど。

 それにしてもこの猫、死のうとしてたのか。なんだか面倒なものを拾ってしまった気がしないでもない。でも猫だから放っておくのも可哀想だ。猫だもの。


「死んだか死んでないかはともかくとして、どうしようかね」


 生きていようと死んでいようとこの球体の中にずっと居るわけにはいかない気がする。

 っていうかこの猫はどうだか知らないけれど、私は死んだ覚えなどない。死んでなどいないのだ。ここから出なくては。


「とりあえず周囲は見回したし足元も見た。残りは上……よし、猫さん私の肩とかに登って真上確認してよ」


『おう』


 猫は私の肩に飛び乗ってきた。かわいい。


「意思の疎通が出来る猫っていいね。初めての感覚だわ」


『そうか? あぁ、まぁ俺もこの姿のまま意思の疎通が出来る人間は初めてだな』


 この姿、ってのはどういう意味だろうか、私がふと疑問に思っていると、猫は私の肩から飛び降りる。


『よく考えたらお前、チビだから俺が肩に乗ったところで大差ないだろ』


「誰がチビだ誰が」


 私は日本人女性の平均よりほんの少し背が低いだけでチビではない。チビではない! と、反論しようとしたのも束の間、ぼふんという音と煙を立てた猫は人の姿になっていた。

 銀色の毛並みをそのまま銀髪にした、高身長のイケメンだった。

 いやぁ、可愛げがないはずだわ。全然可愛くないもの。


「えぇ……さっきの猫ちゃんはぁ?」


「俺だ俺」


 イケメンは仏頂面を貫きながら返事をする。顔はいい。ちょっとツリ目がちな目とすっと通った鼻筋としゅっとした顎のラインで、綺麗に綺麗に整っている。しかし顔はいいんだけど、可愛くない。可愛げがない。猫がいい。


「乗れよ」


「えぇ……」


 ついさっきまで猫だったものはそう言って私の目の前にしゃがみこむ。肩車をしてくれるらしい。

 若干の抵抗はあったものの、背に腹は変えられないので渋々肩車をしてもらった。


「なにか見えるか?」


「うーん、なにもないね。届かないけど天井がある気はする。穴もないみたいだなぁ」


 上からの脱出も不可能のようだ。


「お、なんか落ちてる」


 猫だったはずのイケメンはそう言って突然しゃがんだ。


「ひぇっ」


 あまりにも唐突にしゃがまれたものだから、絶叫マシンに乗ったときのような、あの胃が浮いたような感覚に襲われた。猫じゃなくなったと思ったけれど、根は猫らしく気まぐれだった。怖い。

 猫に振り回されるのなら結構だが、見た目は人間だもの。


「ちょっと、突然しゃがまないでよ」


 ばくばくと音を立てている心臓のあたりを抑えながらそう言うも、彼は足元を見たまま一切動じていない。腹立たしい。


「なんだこれ」


「あ、それ、私がさっき押し付けられたデカい水晶」


 いつの間にかバッグから飛び出していたらしい。

 私が彼に合わせてしゃがみ込んだところで、彼が水晶に手を伸ばす。


「いてっ」


 バチン、と痛々しい音がした。とてつもなく大きな静電気のような音だった。


「大丈夫?」


「いてぇ。魔法か?」


「……まほう?」


 私たちは顔を見合わせて、しばらくゆっくりと首を傾げ合っていた。





 

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