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30.終焉(2)

 廊下で待ってくれていた神官が、俺と水那をある部屋に案内してくれた。

 ヤハトラは地下にある。なのに、その部屋は……なぜか、窓があった。

 覗くと、辺り一面の、海。


『……奇麗だな』

『うん……』


 白い昼の光に照らされて……水面がキラキラ輝いている。


 ……シチュエーションはこれだけバッチリなんだ。

 ちゃんと、水那に伝えなければ……。

 恥ずかしくても、適当に誤魔化したりせずに。

 ――頑張れ、俺!


『えっと……』

『……』

『小5のときに、初めて会って……』

『うん』

『あんまり長い間一緒にはいなかったけど……俺は、離れ離れになってからもずっと水那のことが気になっていた』

『……』

『施設ってどんなところかな、とか……苛められたりしてないかな、とか……』

『……』


 水那は窓の外を見ながら何も言わず、黙って聞いていた。


『……で、ここで会って。……嬉しかった。ここにいたのが水那じゃなかったら……俺は旅に連れて行かなかったと、思う。責任取れないし。……水那だから、俺が守ろうって。一緒に旅をしようって思ったんだ』

『……』


 ……結構、ちゃんと言えたよな。

 しかし水那が何も言わないので、俺はちょっと気になって顔を覗きこんだ。

 すると……水那が泣いていた。


『えっ……』

『あ、違う……違うの』


 水那が少し笑って手で涙を拭った。


『私……ずっと、颯太くんは……旅の間、保護者としての責任感から……私を守ってるんだと……思ってたの』

『え……』

『だから……ハールの祠で……気持ちがないのに……って呟いてて……』

『そ、れは……逆!』

『……逆?』

『……そう』


 どう言ったらいいか分からず口ごもっていると、水那が首を傾げた。


『でも……そのあとも……二人きりにならないようにしたり……優しくはなったけど、距離を感じたり……したから……。やっぱり、颯太くんは……私から……離れたかったのかなって……』


 そうか……やっぱり、俺がちゃんと言えなかったのが駄目だったんだな。

 どんなに大事に思っていても……伝えなきゃ、意味がない。


『……それも逆』

『……逆?』


 水那はまだ不思議そうだった。


『でも……十馬がお腹にいることがわかって……すごく謝ってたし、申し訳ない……みたいな……』

『――悪かった。本当に、俺が悪かった』


 俺は水那の言葉を遮った。

 水那は多分、全く悪気なく言ってるのだと思うが……どれをとっても俺の不甲斐なさが浮き彫りになっていて……いたたまれない。

 せめて……今だけは、ちゃんと言わなくては。


『俺は……ずっと、水那が怯えてると思って』

『……私……が?』

『そう。……昔のこともあって……男が怖いのかな、と。だから……あまり近寄らないようにと言うか、何と言うか……』


 俺は頭を掻きむしった。


『……というか! 近寄り過ぎると抱きしめたくなるし、もっと……ってなるから! そしたら……怖がって逃げられるんじゃないかと……』


 水那はかなり驚いたようで、目を見開いて俺を見上げていた。


『……まぁ、つまり……俺にとって……水那は……大事で……何と言うか……』


 俺はそこまで言うと、自分の顔が真っ赤になっている気がして思わず視線を逸らした。

 ……いや、多分、猛烈に赤いに違いない。すげぇ熱いし。

 でも、ちゃんと言うんじゃなかったのかよ。しっかりしろ!


『……私……も……』


 少しパニックになっていたところに……水那の澄んだ声が聞こえてきた。


『施設でも……苛められはしなかったけど、なかなか馴染めなくて……最後には……居場所もなくなって。ここに残っていたのは、いつも……あの、わずかな……颯太くんとの思い出だった』


 驚いて振り返る。

 ……水那が、自分の胸に手を当てながら呟くように言った。


『ヤハトラに着いたとき……どうしようって思ったの。でも……ネイア様が、颯太くんが来るって言ったから……待ってようと思って』

『……』

『……颯太くんに……会いたかったから』


 水那は俺の方を見ると、にっこりと微笑んだ。

 俺が一番見たかった――幸せそうな笑顔だった。


『水那……!』


 俺は思わず水那を抱きしめた。


 遠い……近づきすぎたら、壊れてしまう。

 そう思っていた水那が――今、こんなに近くにいる。

 前よりずっと……強く、綺麗になって。

 俺は水那の顎に手をかけると……そのままキスをした。


『無理だ……止められない』


 唇が離れてから……俺は思わず呟いた。


『十年分の想いがあるから……無理』


 水那は少し微笑むと……黙ったまま、ぎゅっと俺に抱きついてきた。




 ――どれぐらい時間が経ったのか……俺には分からなかった。

 目を覚ますと……窓からは白い昼の光が降り注いでいた。

 多分……丸1日が経って、次の日の昼なんだと思う。浄維矢を使ったときって、かなり長い間寝てしまうから。

 隣を見ると……水那はすでにいなくなっていた。……そりゃ、そうか。

 少し淋しく感じたが、俺はベッドから出ると服を着て部屋の外に出た。

 前は神官に案内してもらったから、どうやってあの部屋に辿りついたか分からない。

 完全に迷子だった。


「……あ、ソータ」


 適当に歩いていると、セッカにバッタリ会った。


「よかった! もう、どっちに行けばいいのかわからなくて……」

「昨日よっぽど慌ててたんだね。……迷子?」

「うるさいな」


 確かに、水那に何て言おうか必死で考えてたから……周りの状況なんて何も目に入ってなかったからな。


「トーマはどうした?」

「ソータのお父さんが見てるよ。結構、慣れてて……あたしの手伝いなんかいらないくらいだった」

「そっか」


 仕事柄、子育てなんて不得手だと思ってたけど……。結構、母さんを手伝ってたのかな。


「それで……ミズナは?」

「かなり前だけど……ミズナの部屋に戻ろうとしてるとこに会った。部屋に用事があるからって……。ここから真っ直ぐ行って、突き当たりを左ね」

「わかった。ありがと」


 俺はセッカにお礼を言うと、走って水那の部屋に向かった。

 セッカに教えてもらった通りに行くと……茶色の少し小さめの扉が現れた。

 そうだ……。この部屋だ。……水那に再会した部屋。


『……水那?』


 ノックをする。……何も反応がない。


『どうした?』


 親父が通りかかった。十馬を片手で抱えている。十馬の方も、すっかり親父に慣れたようだ。


『いや、水那……どこに行ったかな、と思って』

『ついさっき会った』

『えっ!?』


 親父の言葉にびっくりする。

 そして親父は……何だか眉間に皺を寄せて、困った顔をしていた。


『何だよ。……何か言ってたか?』

『十馬を抱っこして……歌を歌っていた』


 歌……あの、思い出の子守唄か。


『そしてぎゅっと抱きしめたあと……わたしに十馬を抱いててくれと言ってな。それから「十馬をよろしくお願いします」と言ってそのまま去って行ったから……何だか、気になって……。それでわたしも来てみたんだが……』

『……』


 何だか嫌な予感がした。


『水那、入るからな!』


 俺はとりあえず大声でそう言うと、水那の部屋の扉を開けた。

 案の定……そこには誰もいなかった。

 あったのは……簡素な作りの机の上の、1枚の紙切れだけ。日本語の文面だった。



颯太くんへ

 私はずっと……自分は要らない存在だと思っていました。

 でも、颯太くんと旅に行きたくて……そして旅では足手まといになりたくなくて……それで、ちょっと無茶をしたり、返って足手まといになってしまったところもあったかもしれないです。

 でも……旅の中で、闇やジャスラの涙に触れて……私にしかできないことを、見つけました。

 颯太くんとずっと一緒に居たかった。でも、それじゃ……ジャスラは救われないから。

 颯太くんが颯太くんにしかできない力でジャスラを救ったように、私は……私にしかできないことで、ジャスラを救います。

 それが、私の……恩返しです。

 十馬を……よろしくお願いします。駄目な母親で……ごめんなさい。

 最後に……颯太くんの気持ちがわかって、よかった。

 颯太くんに会えて……本当によかった。

 ……さようなら。

           水那より



『……ちょっと待て。どういう……』


 横から手紙を覗き込んでいた親父が呟く。


『……水那!』


 俺は手紙を握りしめ、部屋を飛び出した。


 水那にしか……できないこと。何だ? 何をしようとしている?

 ジャスラを救う……闇の浄化か!?


 俺は一年前にこの部屋に来たときの道順を思い出しながら……とにかく神殿を目指して走った。


「ソータ!?」


 通りがかったセッカが驚いたように俺を見る。


「おい、神殿はどっちだ?」

「こっちだけど……」


 俺につられて走り出す。


「ねぇ、何かあったの?」

「ミズナが独りで何かをしようとしている。さよならって……手紙に……」

「えーっ!」


 セッカは大きな声を上げると、スピードを上げて俺の前を走った。「こっち!」「ここを右!」とか指示しながら駆けてゆく。

 俺はセッカの後について必死に走った。少し後ろから……親父も走ってきているのがわかった。

 やがて……見覚えのある大きな扉が見えてくる。


『――水那!』


 俺は大声で叫ぶと、扉を開けた。

 ネイアと水那が、ハッとしたように俺の方を振り返る。


「ソータ! お前も止めるのだ!」


 ネイアが叫んだ。ひどく狼狽えている。

 神殿の前で、ネイアが水那の両腕を必死に掴んでいた。


「どうして、ソータと共にミュービュリに戻らぬのだ。以前とは……違う。ミュービュリに帰る場所が……お前の居場所が、あるのだぞ!」

「私にしか、できない……ジャスラを救う道が、ある、んです。もう二度と……闇が、蔓延(はびこ)ることの、ないように……できるん、です」

「それって……」

「……浄化です」


 水那は少し微笑むと、ネイアの手をそっと離し……神殿の方に向き直った。頭を垂れて、祈りを捧げる。

 ネイアは身じろぎもせず……突っ立っているだけだ。


『待て! 十馬の母親だって……お前にしかできないんだぞ!』

『……』


 水那は振り返らない。長くなった茶色い髪が背中を流れているのだけが……見える。


「【――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()!】」


 まさか……強制執行(カンイグジェ)? 自分に!?


『待てって! 俺の女だって……お前しかいないんだぞ!』


 俺の叫びは……水那には届かなかった。

 水那の体がふわりと浮かびあがる。神殿から闇の触手が現れ……水那を攫った。

 神殿の中に……あっという間に吸い込まれる。


『水那――――!』

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