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28.北へ(5)

 その日から、俺は集落の手伝いをすることになった。

 小さい子供がいる家に行って世話をしたり、力仕事をしたり……。

 父親になったばかりの人やベテランの人と話をして思ったのは、みんな急に父親の自覚が出てくる訳ではなく、子育てをしていく中で身につくものなんだなあ、ということ。

 それに、子供と遊んだり、小さい子が元気に駆け回っている様子を見ているのも面白かった。

 生まれてくる子が男か女か分からないけど、たくさん一緒に遊んでやろうと思った。


 そして……水那がいる部屋にも毎日顔を出した。


『水那……入ってもいいか?』

『うん』


 部屋に入ってベッドの傍の椅子に座る。


『今日はさ、ここんちの双子の面倒を見てたんだけど……とにかく元気でさ』

『……うん』


 話してはいるけど……結局、あの小5の休み時間のときのように、あまり会話にはならなかった。

 俺が集落の手伝いで感じたことや、起こったことを話して、水那がそれを相槌を打ちながら聞いているだけだ。

 ……まぁ、時折ちょっと笑ったりしてるから、気分を害してる訳ではないと思うけど。


 ちなみに、セッカも集落の手伝いをしていた。元気で世話好きなセッカは集落でも重宝されていて、あちらこちらに飛び回っていた。


 そんな日々が2週間ほど過ぎて……水那は、もういつ子供が生まれてきてもおかしくない状態になった。


「俺が行って話をしても、ひょっとして疲れさせるだけじゃないのかな……」


 ある日のこと。

 水那の部屋から居間に戻ってきてふと呟くと、リュウサに

「何でもいいから傍にいてあげて下さい。だいたい、何でそんなに遠慮するんですか」

と叱られた。


 水那の生い立ちや俺達の事情を全部話す訳にもいかないので口ごもっていると

「ちゃんと、伝えてます? ソータ様の気持ち」

と詰め寄られる。


「えーっと……多分……」


 子供のことを楽しみにしている、とか、ちゃんと責任を取る、とかは言ったしな。


「……どうも煮え切らないですねぇ」


 リュウサが溜息をつく。


「ひょっとして……ミズナ様に気を遣わせるから、とか考えていらっしゃいます?」

「えっ……」


 図星を突かれて……まじまじとリュウサの顔を見た。


「ミズナ様は、あまり感情を表に出すのが得意ではない方、とお見受けします。多分これまで……そうでなければ生きてこられなかった、ぐらいの……」

「まあ……そうです」

「……わたくしの口から言うのもなんですが……」


 リュウサは俯いて少し考え込んだが、意を決したようにパッと顔を上げた。


「フェルティガエの女性は、望まない子供は身籠りません」

「……は?」


 意味が分からず、ぽかんとする。


「フェルティガエは身体があまり強くないということはご存知ですか?」

「はい」

「ですから……女性にとって出産は命がけです。心が拒否している相手のために命を削る訳にはいきませんでしょう?」

「……」

「ミズナ様が今こうしておられるということは……ソータ様を必要としているということですから」

「……」


 水那が、俺を……?

 そんなこと、考えたこともなかった。あの一件で、確実に遠ざかったと思っていた。

 なのに……。


「……俺、ミズナのところに行ってくる」

「……はい」


 リュウサがにっこり微笑んだ。

 奥の水那の部屋に向かいながら……何を言えばいいのか考える。

 俺が水那のことをどういう風に思っているか、だろうか。小5のときから……今に至るまで。

 いや、そんなこと、ちゃんと……言葉にできるだろうか。

 ミュービュリにいたときは……いつも適当に会話をしていたから、逆にその場しのぎでどんなことでも言えてた気がする。

 だけど、ちゃんと真剣に伝えるとなると……難しい。


 ――不器用なんだよね、ソータは。


 セッカが呟いていた台詞が蘇る。

 そうか……こういうところか……。自分自身では全く気付いていなかった。


『……水那』


 部屋の扉をノックする。返事は……ない。


『水那?』

『……っ……』


 部屋の奥から呻き声が聞こえたような気がして、俺は慌てて扉を開けた。

 水那が苦しそうに顔を歪めている。


『水那!』

『颯……お腹……』

『ちょっと待て! 今、リュウサさんを呼んでくるから!』


 俺は弾かれたように部屋を飛び出した。



 水那はそれから丸2日、ずっと苦しんでいた。

 ミュービュリなら注射とか薬とか、スムーズに出産できるような何らかの方法があるのだろうけど、ここにはそれはない。

 数人のフェルティガエが傍について、痛みを緩和したり体力を回復させたりしていたみたいだけど……。

 俺はずっと……扉の外にいた。セッカが水那の傍について、励ましている声がずっと聞こえていた。

 だけど水那の声は全く聞こえないから……本当に大丈夫なのか、かなり心配だった。


 そして……白い昼が藍色の夜に変わる頃……水那は、男の子を生んだ。



「ソータ」


 セッカが扉の外に顔を出した。少し泣いていた。


「ミズナ、頑張ったよ。男の子。……見てあげて」

「お……おう」


 俺はセッカの後に付いて部屋に入った。

 水那はぐったりとしていたが……目は辛うじて開いていた。

 大量の汗をかいていて……髪が額や頬に張り付いていた。

 だけど、その表情は幸せそうで、とても穏やかだった。


『……颯太……くん』

『大丈夫か? 長い時間……よく頑張ったな』

『……うん……』


 俺はベッドのすぐそばの椅子に座った。水那のすぐ隣には生まれたばかりの……俺の息子がいた。


『ちっちぇー……』


 率直な感想を漏らすと、水那が少し微笑んだ。


『ふふっ……』

『すげぇ……。水那、すごいな。……ありがとう。何だか……すごく嬉しい』


 俺が少し興奮気味に言うと、水那は

『よかった。……これで……私……』

と何か言いかけたが……そのまま眠ってしまった。


「……大丈夫なのか?」


 不安になってセッカに聞くと

「大丈夫。ソータの顔を見て、安心したんだと思う」

と言ってニコッと笑った。




 そして……1週間が過ぎた。

 外は……雪がしんしんと降り続けている。

 部屋をそっと覗くと……水那が暖炉の前に座り、十馬(とおま)を抱きかかえて歌を歌っていた。

 十馬という名前は、水那がつけた。パラリュス語で生命のことを「トオ」というのだが、そこから、俺の名前と響きが似た「トーマ」にしたらしい。


『……颯太くん』


 俺に気づいた水那が歌を止めて微笑んだ。


『今の……パラリュス語の歌……?』

『……そう』


 水那は十馬を抱きしめると目を閉じた。


『私のお母さんが……よく歌ってたの』

『……』

『お母さんの故郷の……子守唄なんだって』


 俺は水那の隣に座った。暖炉の薪がパチパチと燃えている。

 十馬の顔を見ると、すやすやと眠っていた。


『あのね……』

『うん?』

『十馬が生まれたときね……よかった。ちゃんと私の役目が果たせた。生まれてきてくれてありがとう。……そう思ったの』

『……うん』

『でもね……』


 水那は十馬をぎゅっと抱きしめた。


『この歌を思い出してね……。そうじゃなくて、この子は今からなんだなって。……終わりじゃなくて、始まりだったんだなって……思ったの』

『……どんな歌なんだ? 歌ってくれよ』


 俺はごろりと横になった。


『えっ……少し……恥ずかしいかも』

『大丈夫、大丈夫。目をつぶって聞いてるから』


 俺は暖炉の暖かさと隣の水那と十馬の温かさを感じながら、目を閉じた。

 少し困ったような気配が伝わってきたが……水那は息をつくと、静かに歌い始めた。



  藍色の 空に抱かれて 眠る 

  女神 テスラの 吐息を

  樹も 花も 静かに 

  この子の 光を 見守る

 

  白色の 空に包まれて 笑う

  女神 テスラの 祝福を

  水も 海も 穏やかに

  この子の 光を 見守る



「……で、ソータが寝てしまった……と」


 セッカが呆れたような顔をして俺の顔を覗きこんでいた。


「……うおっ!」


 慌てて起きる。隣を見ると、水那が可笑しそうにしていた。

 水那の腕の中の十馬も楽しそうに笑っている。


「トーマにまで笑われてるじゃん、ソータ」

「意味が違うだろ、意味が!」


 俺は水那から十馬を受け取ると、抱き上げて窓の方に行った。

 水那の声が奇麗だったから……うっかり寝入ってしまった。ちょっと恥ずかしい。


「雪だぞ、トーマ」

「あー……」


 空からひらひら落ちてくる雪を、十馬が不思議そうに見上げている。


「雪と言えば……やっぱ雪だるまだよな!」


 照れ隠しもあって、大きい声で言った。セッカが

「何それ?」

と不思議そうな顔をしている。


「そうか……。セッカは雪自体、初めてだもんな。ミズナは知ってるよな?」

「……うん」


 水那も立ち上がって俺の隣に来た。俺は水那に十馬を渡すと

「じゃあ、双子と一緒に作るか。ココに作るから、楽しみにしてろよ」

と言って俺は窓のすぐ外を指差した。

 十馬の頬をぷにぷにすると、十馬が機嫌よさそうに笑った。


 ……それから双子に声をかけて、俺とセッカと双子で外に出た。

 驚いたことに、双子も雪だるまを知らなかった。ベレッドって……雪遊びしないのかな。


「どうやって作るのー?」

「こうやって丸いのを二つ作って……重ねる」


 俺は握りこぶし大ぐらいの雪玉二つで小さい雪だるまを作ってみせた。


「……ただ、どうせなら、でかいのを作ろう」

「どうやんの?」


 セッカも興味深そうにしている。俺はセッカに雪玉を一つ渡すと

「それを雪の上で転がしていくとどんどんでかくなるぞー」

と言ってもう一つの雪玉でやってみせた。

 降り積もっている雪がどんどんくっついて、バレーボールぐらいの大きさになる。


「わー、面白そー!」

「やるやるー」


 双子が目をキラキラさせている。

 二人に作りかけの雪玉を渡すと、双子が力を合わせて雪の上を転がし始めた。


「わー、すげー!」

「どんどん大きくなるー!」


 双子が庭を駆け回っている。

 何だか楽しそうなので俺は満足して、しばらくの間、はしゃぐ双子を眺めていた。


 ……そういやセッカはどうしたっけな、と思って振り返ると

「ソータ! これどこまでやるのー!」

と叫びながら、鬼のような形相で雪玉を転がしていた。

 その大きさは、すでにセッカの身長を越えている。


「でけぇ! セッカ、やりすぎ!」

「えーっ!」

「雪玉の上にもう一個雪玉を乗っけんだよ! その上にどうやって乗せるんだ!」

「せっかく大きくしたのに……」


 セッカが残念そうに巨大な雪玉を崩した。


「ったく……巨人の雪だるまかっつーの」


 独り言を言って窓の方を見ると、水那がセッカの方を指差して十馬に何か話しかけていた。

 俺が見ていることに気づくと、ちょっと笑って手を振った。


 何だろう……ずっと、水那の怯えたような表情しか見ていなかった気がする。

 ありきたりだけど、急に「幸せ」が実感できたような気がして……ちょっと恥ずかしかったけど嬉しくて、俺は手を上げて水那の笑顔に応えた。



 そして1か月が経ち……俺と水那とセッカ、そして……十馬の四人が、いよいよ集落を旅立つことになった。

 出産までにはかなり時間がかかったけど、幸い水那も十馬も健康そのものだった。


「本当に……お世話になりました」


 俺は十馬を右腕に抱えたまま、頭を下げた。


「いいえ。……ソータ様もかなり父親らしくなられたようで……何よりです」


 リュウサさんがにっこりと微笑んだ。


「いや、それはリュウサさんの指導のおかげです。……それに、想像していたよりずっと嬉しくて、楽しかったから」

「ソータってば、すっかり夢中だもんね」


 セッカが隣で溜息をつく。


「女の子じゃなくてよかったよ。相手の男に、奪うなら俺を倒してから行け! ……とか、素で言いそうだもの」

「それは言うだろうな。でも男の子だから……それこそ俺を倒せるくらいビシバシ鍛えようかと……」

「早い、気が早すぎる」


 セッカが呆れたように首を横に振った。

 リュウサさんはクスリと笑うと、水那の方に向き直った。


「……ミズナ様も、お元気になられてよかった。心なしか……表情が明るくなられたように思います」

「……はい」


 水那は顔を上げると真っ直ぐリュウサさんを見た。


「自信が……ついて。何だか……覚悟が、できました」

「……そうですか」


 リュウサさんが遠くに見える塔を指差した。


「ネーヴェ様はあの塔の……一番上でお待ちです。ソータ様。……最後のお役目……お願い致します」

「……はい」


 俺たちは再び頭を下げると、ウパに乗り込んだ。今日はめずらしく晴れていて……雪原からの照り返しがかなり眩しい。


「本当にありがとうございました!」


 俺は大きな声でお礼を言うと、手綱を引いた。


 辺り一面が真っ白な……そんな中、俺たちはゆっくりと進みはじめる。

 ――長い旅路の終わりへ。

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