13.ハールの祠(2)
林から現れたのは、かなり背の高い男だった。
すごく鍛えられた、がっしりした体型をしている。真っ黒に日焼けしていて、髪の毛は金髪。少し長めの髪を後ろで無造作に縛っている。
そして肩には……サルの顔をした変なでっかい鳥を乗せていた。
「アブルの……うおっ!」
その大男は、俺が弓を構えているのに気づきギョッとしたように立ち止まった。
「何だ? 何だ?」
「通行料なら払わんぞ」
「ちげーって! 俺は……ホムラ! ここでアブルの手下が悪さしてるって言うから来たんだって!」
「……ゼイゼイ……ホムラさん……」
「一人で先に……行っちゃ危ないっす……」
林から手下らしい男たちが三人ほど現れる。
「……どうやら本人みたいだね」
セッカがボソッと呟く。
「噂通り……バカっぽいもん」
「こら、女! 聞こえてるぞ!」
俺は構えていた弓を下ろした。
敵意はないようだし……とにかく左腕が痛い。
「いや、あんた、すごい迫力だな! ちっこいのに!」
「……小さくねぇ」
さっきの手下たちと違い……闇が全く纏わりついていない。
後から来た三人も……ん?
俺は一人の赤毛の男に目を止めた。
こいつだけ……闇が纏わりついている。
俺がその男をじっと見ていると……男は気まずそうにパッと目を逸らした。
「……あたしはデーフィの領主、ダンの娘……セッカだ」
セッカが俺の前に出てホムラに名乗った。
「……ああ! ちっこいころにダンさんと一緒に会ったことがあるな!」
「あたしは覚えてないけど」
「いい女になったな!」
「……!」
セッカが真っ赤になる。
「とにかく! 大事な話があるんだ。実は……」
「待て、セッカ」
俺はセッカを制した。
闇の男がいる以上……迂闊な話はできない。
「俺はソータ。……で、こっちがミズナ」
水那がセッカの陰からぺこっと頭を下げた。
「可愛らしい嬢ちゃんだな! よろしく!」
水那はもう一度ペコリと頭を下げた。……どうやら怯えていない。
やはり、この男には裏表はなさそうだな。
「申し訳ないが……少し休ませてくれないか? 話があるんだ」
「話……?」
ホムラは不思議そうな顔をしていたが
「ま、いいが……。じゃ、こっちだ」
と言いながら歩き始めた。
俺たち三人はホムラの家に案内された。
家と言っても……海沿いに作られた集落の一つの、掘っ立て小屋だったが。
入口から入ると、台所みたいなところと空いたスペースにゴザがちょこっと敷いてあるだけだ。
「……狭い……」
セッカがボソッと呟く。
まぁ、セッカの家はかなり大きかったからな。ここだと、セッカの家の便所ぐらいしかない。
でも、男の長い独り暮らしともなると……そんなもんか。
「今は漁の季節だからな。家まで帰るの面倒くせぇから、ここで寝泊まりしてんだよ。家は、もうちょっとマシだぞ」
俺たち三人とホムラが入ると……続けて手下の三人も入ってきた。
「ホムラ、悪いけど……人払いしてくれ」
「人払い?」
ホムラは意味が分からん、という風に首を捻る。
「まず、ホムラにだけ話したいんだ」
俺はじっとホムラを見つめた。
ホムラは俺の顔を見ると「ま、いいか」と言って、手下の三人に
「お前たちは外に出てろ。俺がいいって言うまでここに近寄るな」
と命令した。
「でも……」
赤毛の男が少し怒ったように食い下がる。
「何かあればオリガを寄越すから……それでいいだろ」
「……わかりました」
もう一人の男が丁寧に返事をすると、俺達にも会釈をして出て行った。
俺は意識を集中して気配を窺った。
……闇の男は、確かに遠ざかったようだ。
「で、何だ」
「海にある祠を知っているか?」
「祠? ……ああ、漁の安全を守ってくれている祠か」
まぁ……間違いではないな。
闇が蔓延すれば、海の生き物も荒れる。漁は大変なものになるだろうし。
「俺は……あの祠にどうしても行かなければならないんだ」
「何でだ? 何もないぞ。まぁ、漁の解禁日にお参りに行くくらいだな。でも、それももう終わってるし……」
やっぱり、事情を知らない人間に説明するのは難しいな。
「……何か気づいたことはないか? 海の獣が荒れてるとか、やけにイライラしてる人間が増えたとか」
「……まぁ、ないことも……ない……」
思い当たる節があるらしく、ホムラが難しい顔をする。
「あの祠は……そういった負の感情――俺たちは闇って言ってるけど、その闇を吸収する役割を持っている。でももう限界が来てて……闇が蔓延してるんだ。その闇が……獣や人を乱暴にする」
「……」
「俺は……その闇を回収する使命があるんだ。そのために……どうしても祠に行きたい」
「……それで?」
「船を出してほしいんだ。……頼む」
俺は頭を下げた。
「……」
ホムラはしばらく考え込んでいた。
顔を上げると、かなり真剣な顔をしている。
俺はホムラが喋り出すのを待った。
お願いしている立場だからな。船がなくては……どうにもならない。
せっかく目的のホムラに会えたんだから……どうにか納得してもらわないと。
「……ソータ……だっけ?」
たっぷり考え込んだあと、ホムラが口を開いた。
「ああ」
「まぁ……嘘を言っているようには見えないけどよ」
「勿論だ」
「船は、俺たちの……命だ。それなりに意気込みを見せてもらわないと……おいそれとは貸せねぇ」
「……まぁ、そうだろうな」
毎日命を懸けて漁をしている人間なら……当然か。
「――という訳で、三番勝負だ!」
「はっ?」
ホムラはすっくと立ち上がると、外に出て行った。
「おーい! 手の空いてるやつ、集まれー!」
「何だ?」
何が起こっているのか分からず呆然と呟くと、セッカも
「三番勝負って……何?」
とポカンとしていた。
「セッカも知らないのか?」
「うん」
とにかく人を集めているようなので、俺たちも続けて外に出た。
集落にいた人たちが集まっている。老若男女……顔ぶれは様々だ。
一応見回したが……海辺全体にうっすら闇が漂っているだけで、闇にとり憑かれている人間はいないようだ。
「ホムラさん、どうしたんすか?」
「話は終わりました?」
さっきの手下三人衆も現れる。
やっぱり赤毛の男……こいつにだけ、闇が纏わりついているな。
「俺はこいつ……ソータと三番勝負をするぞ。お前ら、見届けろ」
「えーっ!」
「ホムラさん、遊んでる場合じゃないですよ!」
「そうですよ! アブルのところと揉めてて、明日にでも攻められるかもってところなのに……」
「――ちょっと待て」
俺は慌てて割って入った。
「三番勝負って何だ。内容は?」
「それは今から決める」
「ちょっと! ソータは左腕を怪我してて……」
セッカがさらに割って入ってきた。
「別に勝てとは言わん。意気込みを見せてくれりゃあ、いい」
「でも……」
「いいよ、セッカ」
俺はセッカを制した。
「ちょっと手当てする時間さえくれれば……何でもやる」
こういうタイプは真っ向からぶつかった方がよさそうだしな。
ホムラはニヤッと笑うと
「じゃあ、やるか! 見に来たい奴は見に来いよー!」
と上機嫌に言ってその場を去って行った。
集められた人は「ホムラさんらしいよな~」とか「大丈夫かな……」とか「この忙しいときに……」とか様々な感想を言いながら散らばっていった。
ホムラの三番勝負とやらは、どうやらホムラお気に入りの……遊びの延長みたいなもののようだ。
「……んとに! 男ってバカなんだから!」
セッカがぷんすか怒りながら荷物を持ってくる。
そして「早く左腕を見せて」と不機嫌そうに言った。
文句を言いながらもちゃんと心配して手当てしてくれるところが、何だかセッカらしくて嬉しい。
「仕方ないだろ。こっちの都合のいいことだけ通そうとしても駄目だ」
「そうだけど……」
左腕を見ると、青い痣になっていた。でも、動かすことはできるから……問題ないだろう。
水那を見ると……胸を押さえて溜息をついている。
『……水那も馬鹿だなって思うか?』
俺が聞くと、水那は少し考えてから首を横に振った。
『ただ……怪我が……心配』
『単なる打ち身だから、大丈夫だよ』
そう言って笑ったが……水那は胸を押さえたまま、俯くだけだった。
しばらくすると、ホムラが例の手下三人衆を従えて戻ってきた。
「さて、いいか?」
「ああ」
見物に来た人々はというと、子供が殆どだった。
大人はやはり、みんな仕事があるのだろう。
「一番目は……これだ」
ホムラが俺に木刀を投げた。
「俺の戦い方は身体一つだ。だが……ソータにはハンデをやる」
すると、手下の一人が砂時計みたいなものを俺に見せた。
「この砂が落ちるまでに、俺に攻撃を決めたらソータの勝ち。俺が防ぎ切ったら俺の勝ちだ」
「木刀で殴って大丈夫なのか」
「鍛え方が違う。心配するな。……というか、決める気なんだな」
ホムラがニヤッと笑った。
「そうでなくちゃな」
俺は木刀を握ってみた。
中学に上がるまでは剣道をしていたが……それきりだしな。
こんなことなら忘れない程度に親父にしごいてもらっときゃよかったな……。
「じゃあ……始め!」
手下の一人が声を上げた。
俺は真っ直ぐにホムラを見た。
ホムラは空手のような、少林寺拳法のような、不思議な型をしている。
……確かに隙はない。相当強いんだろうな、と思った。
「はぁー!」
思いきり踏み込む。
面、面、胴、逆胴……すべて腕一本で防がれる。
引き籠手を狙ったが……激しく振り払われて、俺の身体が飛ばされた。
後ろに転がされて……慌てて受け身を取り、素早く立ち上がる。
攻撃されないとは分かっているが、時間がないしな。
やっぱり腕が届く範囲はほぼ無敵だな。
……となると、足か。剣道にはないけど。
俺は思いきり突進すると素早くしゃがんでホムラの膝辺りを狙いに行った。
「うおっ……」
少し予想外だったのか、ホムラが声を上げる。
ジャンプして避けられ、木刀が空を切る。
「はぁ!」
そのまま返す刀で空中のホムラの胴を狙った。
「おっと!」
ホムラの左腕が俺の木刀を遮った。その瞬間、木刀が砕け散り、破片が辺りに散った。
「くそ……」
武器がなくなったら負けも同然だ。
「続行不能……だな」
ホムラが荒い息を突きながらニヤリと笑った。
「そうだな。……くそ……」
かなりのハンデをもらったというのに……一本も決められないとは情けない。
親父にバレたら、かなり説教されるな……これは。
「一番目はホムラさんの勝ちー」
「ま、そうだが……」
ホムラは砕けた木刀を見て悔しそうにしている俺を見て
「お前……何か剣術でもやってたのか?」
と聞いてきた。
「親父にしごかれて……七年前ぐらいまでは。俺の国では剣道というんだ」
「へぇ……ケンドーね。……その親父さんとやらと、闘ってみたいな」
ホムラはどこか楽しげに呟いた。