第2話 ログアウト不可
翌朝、9時までに朝食など全てを済ませた俺は夏休みでグータラしている他の同年代たちよりここまではかなり規則正しい生活をしていた。
しかし、ここからは、世の中で最もグータラな生活を送る自信がある。この目の前にあるゲームのせいで。
「午前8時57分か、そろそろだな」
俺は昨日と同じようにVRダイバーをセットしてベットに横になる。長時間この体をこのまま放置するのと一緒なのだからなるべく楽な体勢にしておかなければ後が辛い。
俺は横になるとスイッチを押して電源を入れる。
サングラス内部に昨日と同じ表示の後、
ゲームを始めます。
と、表示がされる。
一瞬の浮遊感の後、俺は昨日と違う緑いっぱいの草原と青空が広がる空間にいた。
そして、昨日の案内係の女性もいつの間にか隣にいる。そして、自分の体を見る、そして動かす。明らかにゲームの空間にダイブしているのに自分の体を本当に動かしているかのようなこの感覚に心が踊る。
「これより、最終調整を兼ねたテスト移動とステータスなどの確認を行った後本格的にゲームスタートとなります、ではまず前方へ歩いてみてください。」
そんな俺の心情は御構い無しに案内係が俺にテスト移動を促す。
早くゲームを始めたい一心ではやる気持ちを抑えて指示に従う。
「テスト移動クリア。
では、次にステータスと、頭の中で唱えてみてください。目の前にディスプレイが浮かぶはずです。」
ふむ、ステータスと、頭の中で唱える?
まぁ、物は試しか、…ステータス…
すると俺の目の前に昨日のディスプレイを小さくしたような奴が薄透明なディスプレイが浮き出る。
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カイゲン
称号なし
HP100/100
MP100/100
・【槌マイスター】
・【木工職人】
・【鍛治職人】
・【道具職人】
・【鑑定】
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と言う表示がされる。
「脳波伝道テストクリア。
それでは、待ちに待ったWORLD NEW ORDERの世界です。心ゆくまでご堪能ください。」
俺のディスプレイが正常に起動したことを確認して案内係が、そう言うと俺の目の前に門のようなものが現れる。
その門はただの門ではなく中の空間が歪んで見える。
よく言うゲートや、移転門と言う奴なのだろう。
「じゃぁま、行くとしますか!!」
俺は意気揚々と飛び込んだ。
次の瞬間俺の目に飛び込んできたのはレンガ造りの町並み、舗装されていない土の道、せわしなく動き回る人並み、現実と比べても遜色ない、いやむしろこちらの方が綺麗にものが見える。これが待ちに待ったVRMMOの世界なのだ。
「ひーろーしーーー!!」
いつものあのバカの声が聞こえるとともに俺は後ろからタックルされる。
「ってーな!たく!それになリアルの名前は伏せるのが普通だろ!こう言うの!」
俺はいきなりタックルされたことと感動を邪魔されたことでキレ気味に…いや、キレた。
「やー、すまんすまん、お前がログインしたらすぐに動こうと思って見張ってたのはいいんだけど名前聞いてなくてな、昨日お前の携帯にメールしたの気がつかなかったか?」
剣が頭を掻きながら顔の前で片手でゴメンと、やってみせる。
「そのメールならログインする13分前に返したぞ、俺のゲーム内での名前はカイゲンな、んでお前は?」
言いながら俺は剣の足を踏みつける。
「イテッ!悪い!悪いって、とりあえず許せって!
んで、俺のゲーム内での名前はリュウだ。
お互い自分の名前から持ってきたわけか」
俺が踏みつけていた足を離すと剣、改めてリュウが笑う。
なんだかんだでずっと一緒にいたこともあり考えることも一緒なのだ。
「んま、とりあえずフレンド登録でも済ませるとしますかね」
リュウからフレンド登録が申請されました、と、俺の目の前に透明なディスプレイと文字が浮かびYESかNOが提示されYESを選択する。
これで、俺とリュウはフレンド登録がされたと言うことだろう。
「てか、お前こんなこと誰から教わったんだ?」
何気なくオッケーした俺であったが、後からこんなことができたことを俺は知らないことに気がつく。
俺はあのチュートリアル的なことでステータスの確認しかされていないからフレンド登録なんてことまったく知らなかった。
「なんか、頭ん中でメニューって考えて見るとなメニュー画面がでてくっから」
実際に考えて見るとメニューの画面が表示される。
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09:05 1日目
アイテムポーチ
クエスト
フレンド
ログアウト
Web
掲示板
GMコール
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と、表示される。
こんな大事なことを説明しないあたりどうにかしていると思うが、話を聞く感じではどうやらリュウはしっかりと案内係に説明されたらしい。
おそらく俺だけなのかはわからないが不具合的な何かなのだろう。
しかし、このメニューを見て思ったのだが、フレンドとアイテムポーチの欄ははっきりした黒色のボタンになっている。
だが、クエスト、ログアウト、Web、掲示板の欄は灰色のような文字になっておりディスプレイを押すことができない、そんなことを示すような色をしている。
試しにディスプレイを押そうとして見てもやはり押すことができない。
「なぁ、リュウ、お前ログアウトできるか?」
俺はなんだか嫌な予感がしたが俺だけの不具合なのかと思いできるだけ冷静にリュウに尋ねる。
「ログアウト?なんでまた初めてばっかなのにそんなことしなきゃならんのさ?
って、あれ?おい?これって?」
リュウもログアウトが押せないようで焦り始める。
周りにもこのメニュー画面の異常に気がついたプレイヤーがチラホラと現れ始めそれは少しずつ焦りという感情を伴って周りに広がる。
「おい!どうなってんだよ!これ!」
「ログアウトもできないし、GMコールもできないぞ!!」
周りで叫ぶ奴らも出てくる。
ここまでくるとおそらくこれはすべてのプレイヤーが共通してこの事態に陥っていると考えられる。
「なぁ?これってやばくない?カイゲン?なぁ!おい?ひーろーしーーーー?」
横でリュウも騒ぎ始める。
つまり、これは非常にまずいことだけどアニメや小説でありがちなアレなんじゃないか?
と、考えているところだった。
「このゲームをプレイしているおよそ3万人のみなさーーーん!
はーじめまーしてーーーー!」
突然大きな声とも言えないが頭に響いてくる女性の声が、聞こえてくる。いや、これは頭に直接送り込まれている声とと言った方が正解かもしれない。
今まで騒いでいた連中も次第にその声に気がつき静かになる。
「私はジャハエルっていうものなんだけど、知ってる人もいるよねー?あれ?みんな知らない?あれれーー?
まぁ、そこはさておきね君らのゲームに使われてるサーバーなんだけどねちょっと手を加えて私が乗っ取っちゃいましたー!テヘペロ!」
ジャハエル?俺はその名前に聞き覚えがある。
世界的な大企業や大国の裏事情や闇金などを暴きそれを元に貧しい国々に寄付を行なっている世界を股にかける義賊ハッカー、のようなものであったと記憶していた。
「ちょっとねー!今回君たちにはこのゲームをどーーしてもクリアして欲しくてね!それでログアウト機能を使用不可能にしちゃいましたー!エヘ!」
そんなハイテンションでそんなこと言われても困る!なんて、内心でそんなツッコミを入れていれる状況じゃないが、彼女がそんなことをする利点が全く俺には考えられず、現状がうまく理解できなかった。
「な!?おい!おまえ!ふざけるな!」
「そーだー!今すぐ俺たちを出せ!」
「早く私を解放してー!」
なんて声がそこらから聞こえてくる。
彼ら彼女らが怒るのももっともだがこー言った場合だいたいこんなことをしても無駄であるなんてことは俺も理解できるし、周りの落ち着いてる人はみんな何も言わずに考え込んでいた。
「はやくだしてくれよーー!」
なんて、俺の横で騒いでるバカもいるが、そいつはまぁ、知らん。
「まぁまぁ、落ち着いてー!
みんなが脱出する方法はこのゲームをクリアすることしかないからねー、そこで騒いでる人たちちょっと静かにしてもらえるー?」
先ほどまでよりどすの利いた声が頭に響き当たりが静かになる。
「まぁ、まずはこの始まりの町シフリートからまっすぐ北に向かってアークンゼル王国の王都アークンゼルに行くのが私からのオススメかなぁ~、後はなんかあったかなーー?
あ!今後GMコールは使えないけどみんなの進捗に合わせてWebと掲示板は解放するからねー!安心してね!じゃ!みんな頑張ってねー!ばーーい!」
こうして、このWORLD NEW ORDERに参加した3万人のプレイヤーはログアウト不可という前代未聞事件に巻き込まれることになった。
これからも引き続きよろしくお願いします。
王国アークンゼルを王国アークンゼルの王都アークンゼルに変更しました。(8/23)