表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

奇妙な電車

作者: 白石美里

 ガタン、ゴトン

 ガタン、ゴトン


 気づいたら奇妙な電車の中にいた。車内は椅子などなく、毛足の長い絨毯が敷き詰められている。乗客は、思い思いの格好でくつろいでいる。座っているものや寝そべっているもの。


「私はいつの間に電車に乗ったのだろう」


 周りを見渡して、もう一つおかしなことに気づく。乗客は子供しかいない。窓から外を見れば真っ暗だ。家の明かりが見えるが、どんどん小さくなっていく。すると、窓の外を見ていた子供たちから歓声が上がった。


「出発進行!」「見て、もう雲がこんなに近くなったよ」


 子供たちに抵抗はないようだが、やはりこの電車は空を飛んでいる。隣の小さな男の子を見れば、興奮で顔を真っ赤にして、何度もジャンプしている。

 私は意を決して聞いてみた。


「ねぇ、どうしてこの電車は空を飛んでいるのかな?」


 小さい子供と話すのは久しぶりで少々緊張する。まるまるとした輪郭に小さな鼻や口。成人した息子には感じられない柔らかさだ。

「しゅっぽ、しゅっぽ」と舌足らずに言うと、子供たちが集まっているところへ走って行ってしまった。そこにいる年長の少女がこちらを怪訝そうに見ている。別に悪いことを言ったつもりはないけど。困ったな。やることが沢山あるから、帰らなくてはならないのに。しかし、そんな私の気持ちとは裏腹に電車は走り続けいている。空の上を。


「みんな、窓を開けよう」


 先ほどの少女が言うと、みんな一斉に窓を開ける。固くて開けられなくて悪戦苦闘している少女に手を貸して開けてあげる。少女は驚いたような顔をしたが、頭だけ下げた。お礼のつもりみたいだ。どうやら、怪しい人に思われているらしい。

 窓を開けると冷たい空気が入り込んできた。そして、ぴかぴかと光る小さな粒が入ってくる。子供たちは、我先にと手を伸ばしている。私も手を伸ばせば、小指の先ほどもない小さなものだ。


「これは何?」


「お月さま」


 少女はそう言うと、口の中に光の粒を放り込んだ。


「甘くて美味しいの」


 私も口の中に入れてみる。たしかに甘く、金平糖のようだった。しばらく車内は、光に包まれて、子供たちは口に含んだり、遊んだりしていた。やがて外はまた暗くなった。奇妙な電車のことを少女に聞いてみたいが、また怪しまれるかもしれない。


「お嬢ちゃんは、かわいいね。いくつ?」


 少女の目が冷たく光った。会話のつかみのつもりだったが、ちょっと媚を売りすぎたか。


「リナちゃん……」


 と、後ろの方で心配そうに子供たちがこちらを見ている。まったくたまったものじゃない。こっちは変態でもなんでもないというのに、と怒りが湧いてくる。


「リナちゃんって言うのかな? おじさんは怪しいものじゃないよ。ただ、この電車のことを教えてもらえたらなって思ってね」


 意に反して自然と笑顔を作っていた。しかし、リナは伝わらなかったようだ。

 アナウンスが鳴った。


「この度はご乗車ありがとうございます。この列車は、いろいろなところへ参ります。まず、いつもの公園に行って遊んだら、ゾウさんを見にアフリカへ行きます。アフリカは暑いので、次は北海道に行って涼みましょう。そして、うさぎを見に月へ行きます」


 めちゃくちゃだ。女性の声のアナウンスはまだ続いているが、聞く気にはならない。


「いつもの公園、いつもの公園に到着しました」


 子供たちが楽しそうに降りていく。私は窓から眺めていることにした。小さな公園だ。滑り台とブランコぐらいしかない。リナが仕切って喧嘩しないように順番を決めているようだ。よく見れば見慣れた風景だと気づく。公園のペンキは塗り替えられていてキレイだが、自分が子供の頃に通った公園ではないか。昔はところどころペンキも剥げていたが、修繕されていた。実家近くにあるところだが、訪れるのはいつ以来だろうか。

 満足した子供たちがぼちぼちと帰ってくる。


「次は、本当にアフリカに行くの?」


 懲りずにリナに聞いてみた。頷くのを見ると行くらしい。どれだけ時間がかかるのやら。私は本当に忙しいのだ。しなければなかないことがある。しかし、おかしなことに先ほどから思い出せないのだ。


「みなさーん、乗りましたか? 次は、ゾウさんを見に行きますよ」


 上機嫌のアナウンスが鳴った。

 その時、赤ん坊の泣き声が聞こえた。まさか赤ん坊まで乗っていたとは。リナが抱っこしてあやしている。

 すると、すぐにアナウンスが言う。


「あらあら、大変。たっくんお腹すいちゃったのね。ミルクの時間に間に合うように急いでたっくんのおうちへ向かいまーす」


 あっと言う間に急浮上したが、ちっとも電車が揺れることはなかった。このふかふかの絨毯のおかげで揺れも吸収されているのだろうか。私も子供たちのように寝そべりたくなってきた。絨毯に体を預ければ、包み込まれるようでとても心地が良い。子供たちも気持ちよさそうにくつろいでいる。子供たちは、なんとパジャマを着ているではないか。それに対し、自分はスーツにネクタイまで締めている。ネクタイを緩め、黒いスーツを脱いだ。くつ下だって脱いでやった。すると地肌に当たる絨毯がとても暖かい。


 ガタン、ゴトン

 ガタン、ゴトン


「おじさん、なんで寝ているの?」


 リナに体を揺すられて起こされた。知らぬ内に眠っていたらしい。


「あれ? たっくんは? 」


「ママのところ」


「ママはどこにいるの? 」


「おうち」


 子供だけで乗せているのか。赤ん坊を一人で電車に乗せるなんて、すごい親だな。まあ、リナに言ってもしょうがない。


「おじさんは、なんで乗っているの? みんな怖がっているの」


「そう言われてもなあ。おじさんは気づいたらここにいたから、降りたいんだけど…」


 頭を掻く。


「降りたかったら、起きたらいいのよ。だってこの電車は、おやすみ電車だもの。でも、子供しか乗れないのに変なの」



 ガタン、ゴトン

 ガタン、ゴトン

 おやすみ電車が出発しまーす。早くねんねするよいこが乗車しますよ。星たちの優しい光を浴びて、まずはお月さまにうさぎがいるか見に行きましょう。

 僕、本物のゾウも見たい。

 そうね、じゃあゾウさんも見に行きましょう。



 幼い頃、そんな話を聞いた気がする。

 にこにこ言っていたのは、母だ。幼い私は布団の中で何度もその話を繰り返し聞いて眠りについた。たしかにこの奇妙な電車は母の話していた通りのおやすみ電車だ。

 おやすみ電車は本当にあったのか、と思うと不思議な気持ちだ。もしや、さっきからの上機嫌なアナウンスは…

 運転席を開けると、そこには母がいた。運転士の帽子をかぶり、悪戯が見つかった様子で恥ずかしそうに笑っていた。


「母さん」


「あら、見つかっちゃったわね」


 ふふふ、と笑う姿はいつもの母だ。


「リナちゃん、私の息子なの。怪しい人じゃないのよ」


 私の後ろにいるリナを見れば、信じられないような驚いたような顔をしている。


「子供の頃、いつも話していたところに連れて行ってあげたくなったの。だけど、バレちゃったし、時間もなくなっちゃったわ」


「母さん、時間がないって? 」


「最後だから、特別にわがまま言っちゃったわ」


 ふふふ、と笑った。

 あっと言う間に電車が光に包まれた。眩しい光の中で目が開けられない。体に当たるのは、さっきの金平糖のような光の粒だろうか。あまりの激しさに顔を覆った。



 気づいたら、暗がりの中椅子に座って顔を覆っていた。廊下を明るい方へ歩いて行くと、家族がいた。


「親父、どこ行ってたんだよ」


 息子が私に気づいて言った。


「おばあちゃん寂しがるから、ちゃんといてくださいよ」


 そう言う妻の前には、母の棺がある。今日は通夜だった。参列者が帰り、ひと段落したところだったはずだ。飾られている遺影より、先ほどの母の方が数段若かった。私は夢を見ていたのだろうか。

 すると、妻だ驚いたように声を上げた。


「いやだ、お父さん。裸足じゃない。上着もどこに置いてきたの!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ