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06 属性判定


 講堂に入ると、たくさんの視線が一斉に私たちに突き刺さった。


「席に着け。授業を始める」


 しかしモノクルの男は、そんな視線など物ともしない。

 私は礼を言って足早に彼から離れた。

 席が決まっている様子はないので、適当に空いている席に座る。

 まだ視線の半分が、私の動向を追っていた。

 向けられている感情が、あまりいい種類のものではないことぐらい私にもわかる。


「今日の魔法学の授業では―――延期していたそれぞれの能力の見極めを行う」


 大きくはないけれど不思議とよく通る声をきっかけに、視線の圧力が消えた。

 生徒たちは興奮したようにざわめきだす。

 モノクルの言葉は彼らを喜ばすものだったらしい。私にはわからないけれど、生徒たちの顔にはみんなほのかな笑みが浮かんでいた。

 やっとか! とか、楽しみ! だとか、そんな言葉がちらほらと耳に入ってくる。


「静まれ!」


 浮ついていた講堂が静まりかえった。


「誰が発言を許可した? 俺の許可なく発言することは許さないと、あらかじめ伝えてあったはずだが?」


 モノクルの男が厳しいのは、どうやら私に対してだけではないようだった。

 生徒たちの動揺が伝わってくる。

 そもそも、この学園の生徒はほとんどが身分の高い者達だ。

 彼はそんな者達相手に、一切妥協する気がないようだった。


 (よかった。私が特別嫌われてたわけじゃないのね……)


 どうしてか、私はそんな見当違いなことでほっとした。


「それでは、今から俺がこの判定球を持ってお前たちに合った属性、素質などを見ていく。監視及び監視除外の魔法具を持っている者はあらかじめ申告するように。ではいくぞ」


 男はそれだけ言うと、透き通ったこぶし大の珠を持って歩き出した。

 彼は最前列の生徒から順番に、珠を覗き込み何事かを生徒たちに宣告していく。

 喜ぶ者、うなだれる者。生徒たちの反応はまちまちだ。

 今までほとんど魔法具に接したことのない私は、彼の言う“監視及び監視除外の魔法具”という言葉についてもちんぷんかんぷんだった。

 でも今から間近で魔法具の奇跡を見ることができるのかと思うと、わくわくして心が浮き足立つ。

 やっぱり勇気を出して、授業に出てきてよかったと思った。

 席順から言うと、私の順番が回ってくるのは生徒の中でも最後の最後だ。

 楽しみに待っていると、窓際の一角から歓声が上がった。


「さすが殿下!」


「王族の方々が属性を複数持たれるというのは本当だったのね!」


 騒ぎの中心には昨日会ったクロード殿下がいる。

 周囲の盛り上がりに対して本人だけが、つまらなそうに頬杖をついているのが見えた。


 (今まで遠目にしかお目にかかったことはないけど、いつもあんな顔をなさっているのね)


 第一王子という地位や、騒がれるような才能を持っていても、彼はちっとも楽しそうではないのはなぜだろう。


 (あんなにお友達に囲まれていたら、私だったらもっと楽しそうにするのに)


 そんなことを考えてしまうのは、生まれつき根暗な性格のせいかもしれない。

 勿論、沢山の友達どころか一人の友達だっていたことはないのだ。

 だから私には、鬱陶しそうにしている王子の気持ちが全く想像できなかった。


「次は、お前だ」


 そうこうしている間に、いつの間にか私の番になっていた。

 生徒たちは熱心に自分の属性について教科書で調べていたり、あるいはどんな結果がでるのかと私の方を注視している。

 どきどきしながら男の持つ珠を見ていると、急に彼の表情が変わった。

 怒ったかのような表情。

 また何かしでかしてしまったのかと、不安になる。

 とにかく何か言われるまでは静かにしておこうと、ひざに手を置いて質問したいのを必死にこらえた。

 許可なく発言した生徒たちが、さきほどひどく叱られているのを目にしたばかりなのだ。

 しかし男の沈黙が延びるほどに、私たちを中心にして少しずつ不穏な空気が広がっていくのが分かった。


「―――アリス・ド・ブロイ」


「はい」


 男がモノクルを直し、私の名前を呼んだ。


「授業のあと、教官室にこい。話がある」


 そう言われたのと同時に、授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響いた。

 どくどくと、心臓からいやな音がする。

 もう我慢の限界だった。


「あの、私の結果になにか問題が……?」


 困惑してたずねたが、彼は答えようとはしなかった。


「その話は後だ。お前たちも授業は終わりだ。さっさと出てけ」


 彼はそう言うと、一人だけさっさと講堂を出て行ってしまった。

 置き去りにされた私には、教室に入ってきたときと同じようにたくさんの視線が突き刺さっている。

 嘲りか、同情か。

 しかしそんな視線よりも今は、男の意味ありげな行動の方が気になっていた。


 (皆の前では言えないような結果なの? まさか、私にはなんの才能もないとか?)


 想像はどんどん悪い方へと転がっていく。

 私は心折られそうになりながら、荷物を持って足早に講堂を出た。

 突き刺さる沢山の視線から、そして襲いかかってくる不安から、今はとにかく逃げ出してしまいたかったのだ。


 (今この瞬間に、この場から消え去ってしまいたい)


 夫や妹から逃げ出し、両親からも逃げ出し、ここにきても私は逃げている。

 逃げずに立ち向かわなければと思うのに、教官室へ向かう足はどうしようもなく重いものになった。



 

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