51 再会
あのあと、シルヴェリウスを吐き出したヒースは、どうにか正気を取り戻した。
霧が晴れて近衛兵達がやってくると、私はクロードからいっぱいのお小言をもらい、マティアスはせっかく自分にも見えるようになった精霊が元に戻ってがっかりしていた。
それでも新しい精霊であるシルヴェリウスが仲間に加わったことを知ると、更に研究が進むぞと喜んでいたけれど。結局彼は、研究のことが一番で他のことはどうでもいいらしい。
落ち着いたエルザの助けを借りて、意識不明だった三人の令嬢達も無事意識を取り戻した。
最初の二人の被害者は事件のことを覚えておらず、目覚めたらひと月以上の時間が経っていたとひどく驚いていたらしい。
彼女たちの治療を担当したマティアスは、恐い思いをするよりはその方がいいだろうと言っていた。確かにそれはその通りで、令嬢達が一刻も早くもとの生活に戻れればいいと思う。
事件の主犯格であるナターシャは、傷が癒え次第母国へと送り返されることになった。
ひどく取り乱していて、風の精霊をどうやって利用したのかなど詳しいことはまだ聞けないでいるのだそうだ。
彼女には、いつか自分がしたことがどれほど大変なことだったのか、気づいてほしいと願っている。
エルザと私は、あれからお友達になった。
私の人生ではじめての女友達だ。
でも彼女はナターシャに付き添ってラッセルブルクに戻る予定なので、すぐに遠くに行ってしまうのだと思うと寂しくなる。
手紙を交換する約束をしているので、今からでも刺繍の大作を指し始めようかと企んでいる。彼女が無事ラッセルブルクについたら、すぐに私の刺繍が届いて驚くはずだ。
更になんと驚くことに、私の夫であるハーフィス伯爵は、ナターシャの事件での全権大使として彼女たちと一緒にラッセルブルクに同行することになった。
私はとにかく一度は帰らなければならないだろうと、精霊達も置いて一人伯爵家へと戻った。
***
「随分と急な訪問ね? お姉様。左遷された夫を笑いに来たの?」
出迎えたアリスはまるで女主人然としていて、私を萎縮させた。
けれど私だって、この家から逃げ出した頃の私のままじゃない。もう誰かが手を差し伸べてくれるのを待つ日々はやめにしたのだ。
「左遷なんてとんでもない。全権大使だもの。陛下の深いご信頼があってのことだと思うわ」
「よく言うわ。社交界にも出たことのない人が」
アリスはどこか、以前とは違っていた。
少しふっくらとして、娘らしい華やぎが鳴りを潜めていた。その代わり成熟した色気というか、僅かにさす影が彼女を別人のように見せたのだ。
もう彼女は、私と似てはいなかった。
顔の作りはそのままかもしれないけれど、もう誰も私とアリスを間違えたりはしないだろう。
「私はね、アリス。あなたに聞きに来たの。旦那様はラッセルブルクに行かれて、きっとしばらくはお戻りになられない。あなた、どうするつもり……」
「なに? 今更夫人面して私を追い出すつもりなの? 戦いもせずこの家から逃げ出したくせに!」
「そんなつもりはないわ。でも、旦那様がここにいなくなったら今までのように甘えたりすることはできなくなるのよ? 私は、違えてしまった道を正すべき時がきたんだと思う。あなただって、アリス・ド・ブロイとして相応の人と結婚すべきではないの?」
今日私は、妹にこれを言うためにここにきた。
精霊達は反対するだろう。だから連れて来なかったのだ。
私は伯爵家の妻として、その留守中家を守る義務がある。
たとえ夫に愛されていなくとも、その義務から逃げることはできないのだ。
しかし、私の決死の覚悟をアリスは鼻で笑った。
「もうここにあなたの居場所なんてないわ。今更だって何回言わせたら―――」
「今更だって分かってるわ! 旦那様に愛されていないことだって分かってる。でも、家を守ることが貴族としての妻の義務でしょう? それから逃げるような人間にはなりたくない」
つい大声をあげると、アリスが驚いたように目を丸くした。
今まで彼女に向かって、こんな風に想いををぶちまけたことがあっただろうか。
いつも硬く自分の殻に閉じこもっていた。何かをされても、それをされて仕方のない自分なのだと諦めていた。
はっきり嫌とも言わないで、自分の思い通りにならない人々を憎んでばかりいたのだ。
―――それを分かってもらう努力もしないで。
「エリス、あなた変わったわね」
遠い目をして、アリスが言った。




