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50 シルヴェリウス


「グノー、お願い……っ」


 必死に頼み込むと、グノーは仕方ないとばかりに私を下ろした。

 足はまだがくがくしているが、動かないということはない。


「グノー!」


「エリス、そいつに近づいてだめよ」


 サラとウィンが口々に、私を止めようとする。

 こういう時ばかりは、結託してしかも息がぴったりなのだ。この二人はただ仲が悪いだけではないのかもしれない。

 けれど彼らの言葉に逆らって、恐る恐るヒースに近づく。獣のように暴れる彼には、人見知りだと言われ困ったように笑った時の面影はなかった。

 私を守るように、三人の精霊達が取り囲む。

 恐ろしい竜巻の子供達は、コマのように回りながらヒースの指示を待っていた。

 触れたものは全て切り裂く風の刃だ。


「ヒース、正気に戻って。あなたはこんなことをするような人じゃないはずよ」


 無駄と分かっていて、気づけば話しかけていた。

 正気を失っている彼に、私の言葉が届くはずもないのに。


「エリス、こいつに言葉は通じない。もうジルに食われてる」


「そんな……シルヴェストルは人間を食べるような精霊なの?」


「ジルはそんなやつじゃない! でも無理矢理同化させられて、苦しんでるんだ! こんなの俺は許せないっ。思い上がった人間のエゴだ」


 サラの叫びが胸に痛かった。


「サラ。それをエリスに言うのは筋違いよ。彼女が優しい人間だってことは、私たちが誰より知ってるはずよ」


 ウィンに指摘され、サラは不本意そうに口を閉じた。

 けれど私は、そんなふうに言って貰っていい人間じゃない。

 人間は間違いを犯す。それは私も例外じゃないからだ。

 ナターシャは他の婚約者に嫉妬して、追い落とそうとした。私だって、妹に旦那様を奪われたとき、方法があれば同じ事をしたかもしれない。それほどに嫉妬というのは恐ろしいのだ。まともな思考能力を失わせ、人を破滅の道へと追いやる。


 でも―――。


「ヒースに罪はないわ。私は彼を助けたい」


 マリアが言っていた、ヒースの紹介状に書かれていた貴族の家。

 それはおそらく、ヴァルギスと書かれていたに違いない。ラッセルブルク風の綴りだから、おそらくマリアには読むことができなかったのだろう。

 どういう事情で彼がラッセルブルクから連れてこられたのかは分からないが、料理人としての彼の腕は確かだった。

 クッキーは確かに焦げてしまったけれど、逆に言えば、焦げるだけで済んだのはヒースのおかげとも言える。私が一人でオーブンなんて使ったら、クッキーは消し炭になっていたに違いないのだから。


「ヒースを助けて、またクッキーを焼く手伝いをして貰いましょう」

 というわけで、私はヒースの目の前まで近づいた。

 精霊たちは止めたけれど、臆していては何も始まらない。

 そりゃあもちろん竜巻は恐い。けれど精霊達が、私を守ってくれると知っている。

 サラとウィンは、今度こそ力を合わせて私に竜巻がぶつからないよう力を制御し始めた。

 風は彼らの放つ炎や水に弾き返され、悔しそうにぐるぐる渦巻いていた。


「ヒース、戻ってきて。また一緒にお料理をしましょう」


 ささやいても、彼は何も反応を示さなかった。

 ただ歯を剥き出しにし、涎をたらして今にも噛み付かんばかりだ。そのさまはまるで獣のよう。精霊の力で人はこんなにも変わってしまうのかと、ぞっとした。

 非力な自分に、何もできそうなことなんてない。

 ―――と、思えるが。


 バチン!


 右手を振り上げて、勢いよく彼の頬を叩いた。

 獣のヒースは驚いて、きょとんした顔をする。


 ―――バチン。バチン。


 往復で二回。

 ヒースの頬をぶつ。

 誰かに手を上げるのなんて初めてだ。

 私はずっと、人が傷つくぐらいなら自分が傷ついたほうがいいと思って生きてきた。その方が気が楽だった。私は傷つけられたと泣いているだけでよかったから。

 でもそれじゃあ、ヒースは助けられない。

 いつか誰かが何とかしているのを待っていたら、いつまでたっても幸せになんてなれないのだ。

 そして、無我夢中でヒースの頬に、四発目をお見舞いした時だった。

 うめきながら、彼が口から何かを吐き出したのだ。

 いや、口から何かが飛び出してきたの間違いか。

 それは白くて、林檎ぐらいのなにかだった。


『うえ! うぉえっ!!』 


 地面に落ちた林檎は、土の上にうずくまってあえいだ。


「ジル!」


「シルヴェリウス!」


 精霊達が、見る間に縮んで林檎に駆け寄る。

 それにしても風の精霊がまさか、白い林檎に手足の生えたみたいなそれだなんて、私呆然としたは、ちょっと信じることができなかった。


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