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49 精霊の夜


「あー……、エリス。ほっとしているところ悪いけど、そろそろあの三柱をどうにかした方がいいかも?」


 躊躇いがちにマティアスに指摘され、そういえば精霊達をほったらかしにしてしまったと気づく。

 失礼にならないようそっとクロードの頭を下ろし、いつの間にか出来上がっていた土の壁に手をかけて立ち上がる。

 精霊達がさっきの竜巻によって切り裂かれていたらどうしようと思ったが、実際にはまったくの杞憂だった。

 土の壁はヒースを取り囲むように地上から盛り上がり、近衛兵達を守っている。

またその壁の上からは、絶え間なく炎や水柱が立ち上がっていた。

 これでは精霊達を心配するよりも、ヒースの身柄を心配した方がよさそうだ。


「ああー! 俺様の炎を打ち消すんじゃねーよウィン!」


「うるっさいわねぇ! あんたが遠慮しなさいよ!」


 なんとサラとウィンは、こんな時まで言い争いをしているようだった。


「ふた、ふたりとも、やめて……あついのとつめたいのを繰り返されたら、壁が、保たな……」


 おどおどと、グノーが止めに入ろうとしている。むしろ大きくなった分だけ、精霊達の言い争いに収集がつかなくなっている気がする。


「あ……」


 グノーの言ったとおり、壁にピシリとひびが入った。

 このままでは、この壁の影に隠れている人達も危ない。


「皆さん下がってください。壁が崩れます!」


 彼らが訓練された動きで飛びのいた後、突風が吹いて本当に壁が崩れてしまった。

 ところが、不思議なことに私たちの前にある壁だけ崩れていない。

 そして壁からにゅるりと、人の大きさになったグノーが現れた。


「まったく、あの二人は乱暴なんだ」


 そう言いながら、彼は驚いて尻餅をついていた私を助け起こしてくれる。


「あなた、グノーなの?」


 やっぱり、こうして間近で見ると不思議な気分になる。

 グノーは肌の色に違いはあれど本物の人間のようで、その手からはじんわりとした温もりさえ感じられた。


「おい。いつまで手を握っているつもりだ」


「え、ああ……」


 クロードに指摘されて反射的に離そうとした手を、グノーによってぎゅっと握り締められる。

 そして彼は私をその二本の腕で抱え上げると、まだ土煙が舞う騒動の中心へと飛び込んだ。

 後ろでクロードが何か叫んだような気もしたが、グノーが壁を修復する地響きで何も聞こえなくなってしまった。

 土の精霊が、申し訳なさそうな顔で言う。


「ごめんね。エリスの力を借りるよ」


「私の、力?」


 それは一体、どういう意味なのだろうか。

 こんな場面で、私にできることなんて何もないように思えるのだが。

 それをそのまま伝えると、グノーは困った顔で首を横に振った。


「エリスが俺達に服を作ってくれたから、こうして他の人間の前に姿を表すことができたんだよ? 今の世の中は力を持つ人間がほとんどいないから、この姿になることももうないと思っていたんだけれど」


 そういえば以前、私が作ったクッキーをウィン達に『献上』したことを思い出す。

 どうやら彼らは私の作った物や私自身から、力を吸収してそれを己のものとすることができるらしいのだ。


「あんまり力を使っちゃうとエリスに負担がかかっちゃうと思うんだけど、でもジルを止めるためには今できることをやらないと」


 いつもはのんびり眠っていることの好きなグノーが、必死に協力してほしいと言っている。

 私だって、もちろん人間に利用されたシルヴェストルを助けたい。

 でもそれだけじゃなくて、ヒースにも助かってほしいと言ったら我侭だろうか。私は彼に、せめて生きていてほしかった。


「私にあげられる物なら、何でもあげる。だからお願い、彼らを助けて!」


「ありがとう。じゃあしばらく、僕の体にしがみついていて」


 言われたとおり、私はグノーの体にしがみついた。

 彼の肌は人間と違って、少しざらざらして本当に土の塊が動いているみたいだ。


「グォォォォォ!」


 グノーが雄たけびを上げ、ごごごごと地鳴りがなった。

 すると土がまるで生き物のように変形し、ヒースの体に絡みつく。

 正気を失っているらしい彼は、悲鳴を上げながらもがいていた。かわいそうだが、今下手に動かれると彼自身が危険だ。


「サラ! フィン! 落ち着いて、攻撃をやめて!」


 彼らの起こす温度の変動によって例の恐ろしい竜巻は食い止められていたが、強い炎と水の勢いは強くなる一方で、放っておくことはできなかったのだ。

 彼らはグノーに抱えられた私に気づくと、我先にと競ってこちらに飛んできた。


「ずるいぞグノー。エリスを独り占めして!」


「そうですわ。エリスがいればこの腐れ火妖怪などこてんぱんに伸してしまいますのに」


「二人とも、今はそれどころじゃないでしょう!? 風の精霊はどうしたの? シルヴェストルは?」


 辺りは白い霧に覆われ始めていた。

 おそらくこれも、精霊達の暴走が原因だろう。

 霧の中心では土に拘束されたヒースが、なんとか逃れようともがいている。

 彼自身が例の竜巻で傷つき、体中から血を流しているのが分かった。


「動かないで! 血が流れすぎてしまう」


 私はグノーにもっとヒースに近づくようお願いしたが、彼はいい顔をしなかった。


「エリス、危ない、だめ」


「危険というならどこにいても同じでしょう。グノーお願いだから」


 近づいたところで、何ができるかは分からない。

 でも私に優しくしてくれた彼に、なにかできることがあるはずだと思った。そう思わなければ、どうしてこんなおそろしい場所に留まり続けることができただろう。


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