44 森の捜し物
翌朝。
なんとなく熟睡できなくて、目覚めはすっきりとしないものだった。
朝早くに部屋の外にでて様子を見てみたけれど、そこに誰かがいた形跡はない。やっぱり声が止んだのと同時に気が済んで帰ったのだろうと、その時はそう判断した。
ところがその夜もまた、泣き声が聞こえてきたのだ。
「どこ……に……」
注意深く耳を傾けていると、どうやら声の主は何かを探しているようだった。
『まったく迷惑な話ね!』
ウィンは憤慨しているし、サラもご機嫌斜めだ。
『やっぱり、俺がちょっと驚かしてくる!』
「ちょ、やめてあげて。かわいそうだわ」
『かわいそうも何も、安眠を妨げられてる私たちだってかわいそうよ!』
足があったら地団駄を踏んでいただろう。ウィンはばちばちと空中で尾びれを振り回すと、拗ねたように布団の中に逃げ込んでしまった。
「捜し物なら、手伝ってあげた方が……」
おそるおそる言うと、サラがぼわっと燃え上がり顔の目前まで飛んでくる。手加減してくれているのか熱くはないが、すぐ側で見るサラの顔は目をつり上げた憤怒のそれだった。
『だめに決まってるだろ! エリスのお人好し!』
「お人好しも何も、だって―――」
外から聞こえる泣き声が気になって、よく眠れないのは私も一緒なのだ。
捜し物を手伝って見つけることができれば、昨日よりも早く眠ることだってできるかもしれないのに。
ただ、夜に捜し物をするならサラの協力は不可欠で、その彼がこうも怒っているのだから、捜し物の手伝いとはいかないようだ。
その日もなんとなく落ち着かない気分で、眠りについた。
朝。私はウィンが初日に泣いている女を見たという辺りを、探してみることにした。
勿論当の落とし主の姿はないが、見つけておいて夜に来たら渡してあげればいいと思ったのだ。
もう相手がかわいそうだと言うより、すっきり眠りたいという気持ちになりつつあった。
それは精霊達(グノーは熟睡しているらしいのでそうでもないが)同じなようで、外に出るのは止められなかった。
草木が朝露に濡れる頃、外の空気はすっとしてすがすがしい。
『早く見つけちまおーぜ』
ふわわと大きな欠伸をしつつ、サラが手近な草の下に潜り込んだ。
『どっちが先に見つけるか競争よ!』
ウィンも草木の間を泳ぐように、地面を見て回っている。
早速私も探そうとしゃがみ込むと、胸元の布がくいくいと引っ張られた。
何事かと思ったら、胸ポケットに入れたグノーが、何か言いたげに顔を出している。
「どうしたの、グノー」
私は彼の顔がよく見えるようにと、手のひらの上にのせた。
彼は親指と人差し指の間にに四つん這いになると、なにやら下の方向を指さしている。
「下りたいの?」
ポケットの中がお気に入りのグノーが、自分から下に下りたがるなんて滅多にないことだ。
不思議に思いながら彼を地面に下ろしてやると、果たしてグノーは両手を広げ、むむむむと何やら念じ始めた。
何をしているんだろうかと見守っていると、しばらくして大地が唸るような地響きが聞こえてくる。一体何が起こったというのか。
そして、大地がぐらぐらと揺れたかと思うと、草陰から細い土の柱が突き出してきた。
『うぉお!』
ちょうど近くを探していたらしいサラが、驚いたように飛び出してくる。
『おいこらグノー! 力を使うんだったら先言っとけっての。お前の力が一番大味で手に負えねーんだから!』
驚いたことが悔しかったのか、彼は空中をジタバタと暴れ回っている。
『ねえ。あの人間が探してたのってこれかしら?』
ふと見ると、ウィンができたばかりの柱の頂上で不思議そうに首を傾げていた。
「え、何かあったの?」
どこかやりきった感のあるグノーを再び胸ポケットに納めると、急いでその柱へと近づく。
柱は私の腕くらいの太さで、高さは私の胸辺りまである。
近づくと、ウィンの言うとおりその上に何かが乗っているのが分かった。
「これは……ブローチ?」
エナメル細工なのか、金の枠組みの中には色鮮やかな絵が描かれている。双頭の鷲の紋章。きっと高価な品に違いない。
「きっとあの声は、このブローチを探していたんだわ」
紋章というのは、国や家を象徴するとても大切な物だ。これの持ち主は、今頃とても困っているに違いない。
―――例えば、夜な夜な泣きながら探すくらいに。
「ありがとうグノー! お手柄よ」
私は胸ポケットに向けてお礼を言うと、まずはマティアスに会うため教官室に向かった。




