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43 難しい人間関係


 始まった時は気が重かったおとり生活だが、半月という期限はあっという間で、もう残りわずかというところまで迫っていた。

 結局、クロードと一緒にいた時間はそれほど長くなかったように思う。

 彼は私が思う以上に忙しい身で、公務ということで学校自体を休むことも珍しくなかった。

 考えれば当たり前のことなのだが、そのたびクロードに謝られるのは、なかなかどうして心臓によろしくない。

 マティアスがいるから大丈夫なんて言った日には、とんでもない眼光で睨まれた。

 こっちは心配しなくて気にしないでくださいという意味だったのに、どうしてあんなにも怒らせてしまったのかは謎だ。

 やっぱり、まだまだ人間関係というのは難しい。

 精霊たちとは、なかなかどうしてうまくやっている。

 最近だと、グノーにもついに服を着せてあげた。

 彼はおっとりと、それでも手のひらででんぐり返りして落ちそうになっていたので、一応喜んではくれたらしい。

 切り裂き魔に狙われているかもしれないというのに、その半月はここ数年一度も経験したことがないほど心穏やかだった。

 私を必要としてくれる精霊達がいて、クロードとマティアスは不器用ではあるけれど恐い人たちではないということはもう分かっていた。

 クロードの婚約者と言うことで嫉妬は買っていたかもしれないが、研究生という身分で他の生徒達と接する事はほぼない。

 あるいは遭遇しなくても済むよう、マティアスが気を回してくれていたのかもしれない。

 マリアのもとに通って、料理の腕も少しずつ上達していた。

 といっても、まだまだ包丁の扱いは下手だし、そんなことも知らないのかと呆れられることもある。

 でも、新しく自分でできることが増えるというのは、とても素敵なことに思えた。

 もし将来一人で生きていけるようになったら、この技術や知識がきっと役に立つに違いないのだ。

 不思議と、あれから容疑者としての呼び出しは一度もなかった。

 クロードが恥ずかしげもなく婚約者だと公言しているせいなのかもしれないし、あるいは容疑が晴れたのかもしれないし、理由は分からないが。

 ただ、そんな日々の中にも気になることはあって、どうもマリアに手当をしてもらったあの日以来、ヒースは忽然と姿を消してしまったらしい。

 そんなことをしそうな人だとは思わなかったので勿論驚いたし、彼の身が心配でもあった。

 なにせ今もこの学校の敷地の中には、切り裂き魔が潜んでいるのかもしれないのだから。

 そんなある日のことだ。

 一日が終わって、もう後は寝るだけという時。

 窓の外に人の気配を感じた。女性の声がしたのだ。まるで慟哭のような。

 私は迷った。クロードには陽が沈んだら絶対外には出るなと言われていたし、私自身ナターシャの事件を思い出して恐ろしくもある。

 けれどもし、部屋の外にいるのが切り裂き魔のことなんて何も知らない女生徒だったら。

 殿下の婚約者ばかりが狙われたのはもしかしたらただの偶然で、部屋の外の誰かにもその災禍が降りかかるかもしれないのだ。

 それに、途切れ途切れに聞こえる声はあまりにも悲しげで、そのまま放っておくのはかわいそうな気がした。

 マティアスが追い詰められた私に救いの手を差し伸べてくれたように、困っている人がいたら私も何かすべきなんじゃないかと思ったのだ。


『こんな時間に、なにかしら』


『うるっせぇなあ。俺がちょっと火をでも出して追っ払ってこようか』


『もう、寝よう。ねむい……』


 この精霊達は、うすうす気づいていたが私以外の人間に優しくない。

 私とクロード以外には見えないのだから仕方ないのかもしれないが、だったらクロードにも反抗的な態度を見せるのはなぜなのか。


「でも、なにか困っているのかもしれないし、私にもしてあげられることがあるかも……」


『エリスは外に出るなって言われてるだろ!?』


『外、出るのダメ』


 さっきから、こんな問答を何度も繰り返している。


「でも……」


『分かった』


 呆れたように、ウィンがため息をついた。


『私が見てきて、どうなってるか教えてあげるから、それで我慢しなさい』


「ウィン、でも」


『でもじゃないの。エリスは他人の心配なんかしてる場合じゃないでしょう?』


 切り裂き魔が出没する周期が迫っていて、精霊達は最近ピリピリしているようだ。

 これ以上は譲ってもらえないだろうと思い、仕方なく同意することにした。

 困っている人がいるのかいないのか、それを見てきてもらえるだけでも、今はありがたいと思うべきだろう。

 じゃあ行ってくるわねと軽く宣言して、ウィンは綺麗な羽根をはためかせ窓から出て行った。


「……でっ……しじゃ」


 途切れ途切れに聞こえる声は切々と、何かを訴え続けている。

 声は一つしかしないから、慰める人もなく一人で嘆き続けているのだろうか。

 それが伯爵家にいた頃の自分と重なって、どうしても落ち着かない気持ちにさせられるのだ。


『ただいま~』


 しばらく待っていると、ウィンが窓の隙間からするりと戻ってきた。


『道ばたで、めそめそ泣いてる若い女が一人いたわ。まったく迷惑な話ね』


 そしてフィンは、話はこれで終わりとばかりに寝る準備をし始める。

 それを知って相手を放っておくのは、やっぱりどうなのだろう。

 知ってしまったからには何かしてあげなければいけないのではないかと思い、か細く聞こえるその声がより一層悲しく感じられた。


「待って。少しだけなら、危険はないでしょう。せめて話を聞いてあげるだけでも―――」


 おずおずと提案すれば、何を言っているのだという視線が突き刺さる。


『なんでそんなことしなきゃならないんだよ。エリスが泣かせたわけでもないのに』


『エリス。放っておく方が相手のためって時もあるのよ。大体、誰にも会いたくなくてこんなところにまで来たのかもしれないじゃない。学生寮とここからは大分離れてるんだし』


 確かに、ウィンの言うとおりだった。

 誰にも会いたくなくてきたのなら、私が出て行ったのでは逆に迷惑になるだろうし、思い切り泣くことができなくなるかもしれない。

 それでもと、私はぐずぐず寝るのを先延ばしにしていたのだが、夜半を過ぎた頃にその声も止んだので、これでよかったのだろうかと思いながら眠りについたのだった。



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