04 実は臆病者
食堂での食事は、さすがに貴族子息が集う王立学園だけあって素晴らしいものだった。
伯爵家の料理がまずかったわけではないが、ここしばらく食欲のない日々が続いていたのでおいしく感じられることが嬉しい。
(でも……)
料理はおいしくても、一つ残念なこと。
それは私の周りの席に、生徒がちっとも近寄ってこないことだ。
食堂には沢山の生徒が行きかっているというのに、誰もかれもがまるで私に関わりたくないとでもいうように遠巻きにしている。
妹がなにか余程まずいことをしたのか、はたまたさっきのやり取りがまずかったのか、或いはその両方か。
(多分、両方でしょうけれど)
小さく溜息を漏らしながら、私はシチューを匙ですくう。
ここにくれば友達だってきっと作れると思っていただけに、がっかりの度合いも大きい。
(でも、まだ一日目ですもの。これからよね!)
無理矢理自分を元気づけると、私は食事を終えて席を立った。
給仕されることには慣れ切っているが、周囲を見るとどうも食器の類は自分で片付けなくてはならないらしい。
自分で片づけをするなど初めてのことなので(実家で片づけなどしようものならはしたないと打たれたことだろう)、私は他の生徒を見習おうと周囲を見回した。
彼等は食べ終わった者から、使った食器を大きな棚に置いて食堂を出ていく。
おそるおそる棚に近づいてみる。
しかしやり方が分からずまごついていると、邪魔だと言って後ろからきた生徒に突き飛ばされてしまった。
「きゃっ」
咄嗟に悲鳴が漏れる。
手に食器を持っていたので手をつくこともできない。
せめてお皿を割らないように、私は汚れた食器をぎゅっと抱きしめた。
貴族が使う食器というのは、時にとんでもない価値の場合があるからだ。
ディナーに招かれた際、食器やカトラリーは慎重に扱うようにと、マナーの教師も言っていた。
「馬鹿か!」
誰かに罵倒され、そしていつまでも痛みがやってこない。私は驚いて目を開いた。
すると倒れる前に、私の背中に手を差し入れてくれた人物がいたらしい。
見ると、深紫のクセっ毛に、モノクルをかけた男性だった。
生徒というには年がいきすぎている。
「あ、ありがとうございます……」
どうにかこうにかお礼を言うが、足は未だにがくがくと震えていた。
誰だろうかと不思議に思っていると、彼の目が鋭く吊り上がった。
「皿を守って怪我でもする気か!」
物凄い剣幕で怒られ、反射的に体が縮こまる。
男性に、こんなに本気で怒られたことはない。
父は注意することはあったけれど、声をあげて怒るということはなかったからだ。
夫は怒る怒らない以前に、私のすることには何も興味がなかった。
「も、申し訳ございません……」
ぎゅっとお皿を抱きしめ、必死に謝る。
私は誰かと話すということがとことん苦手で、こういう時どうしていいのか本当に分からない。
「―――もういい。皿を棚に置け。制服が汚れてしまっただろう」
言いながら、彼は私の手からお皿を抜き取り、無造作に棚の上に置いた。
どうやら必死に守らなければいけないほど、高価な食器ではなかったらしい。
「制服はクリーンサービスに出しておけ。替えの制服はあるか? よく見れば規定の制服と違っているな。制服の改造は校則に違反しているはずだが」
「あ……」
情けない。
返事をしようと思うのに、体の震えが止まらないのだ。
今になって、色々無理をした反動がきているらしい。
男性が大声をあげたので、沢山の生徒がこちらを見ているのを感じる。
怖くて怖くて、仕方なかった。
何がそんなにこわいのかすら分からない。
ただただ初めて接する世界に、私は怯えていた。
「申し訳ございませんでした!」
そう叫んで、私はその場を逃げ出した。
背中で男性が何か言っているような気もしたが、混乱した頭ではその意味を理解することもできなかった。