37 マティアスとクロード
「どういうつもりだ!」
まだ物が散乱している部屋に、クロードの怒号が響き渡った。
向かい合うマティアスはそれを、まるで他人事のように見ていた。庶子とは言え、王族。この青年のことは小さな頃から知っている。
まだ泣き虫で、お人形のようだった子供の頃から、ずっと。
「どう、とは?」
腰に手を当て、マティアスは楽しそうに問い返す。
不器用なこの従兄弟のことが、マティアスは嫌いではなかった。彼は他の従兄弟達が庶子だと眉を顰める中、唯一なんのわだかまりもなく接してくれた相手だ。
幼少期の彼は、マティアスの研究する魔法具に目を輝かせる、ただの子供だった。
魔法学の研究生になりたいという無理な願いを聞いたのも、そんな過去があったからだ。
しかし、そこは男同士。ただ優しくするだけでは面白くない。それにあの小さかった少年が柄にもなく恋をしていると思うと、悪い大人としてはついちょっかいを出したくなってしまうのだ。
「エリスを抱き寄せていただろう! お前とエリスでは、十以上も年が違うんだぞ。その……破廉恥だとは思わないのか!」
一瞬、マティアスの目が点になった。
まさかこの男の口から、『破廉恥』などという言葉を聞く日が来るとは思っていなかったのだ。
「はは、学校に入って俗に揉まれたな。王妃は眉を顰めるだろうが、今のお前の方が人間らしくて俺は好きだぞ」
朗らかに笑うマティアスを見て、からかわれていると気づいたのだろう。クロードは不服そうに口を噤んだ。
ようやく笑い終えたマティアスは、窓に近寄って自前のパイプに火をつけた。薬草から彼が独自に調合した煙草は、すっとする独特の匂いがする。
「それにしてもまさか、お前がずっと結婚したいといっていた姫さんが、あのアリスの姉だったなんてな」
子供だったクロードは、ある時を境に変わってしまった。
母と一緒にその実家である公爵家の領地を訪ねた帰り、彼は帰路の天候悪化で、途中にある男爵家の居城に滞在することになったという。
街道がようやく通れるようになって城に戻ってきた時、クロードは既に泣き虫のお人形ではなくなっていた。
勉学にも真面目に励むようになり、教師達からマティアスの元に逃れてくることもなくなった。
その理由を尋ねてみたところ、他言無用だと耳打ちされたのは、驚くべき内容だった。なんと立派な王子になって、愛する少女を迎えに行くと言い出したではないか。
その話を聞いた時、マティアスはひどく驚いたものだ。
そして恋をするのに、年齢など関係ないのだと知った。
「皮肉か」
「皮肉なんてとんでもない。顔こそ似ているが、控えめすぎるほど控えめで、性格は正反対だな」
「昔は、あそこまでではなかったのだが―――……」
クロードが、遠くを見るように目を細めた。彼の色の薄い瞳には一体何が映っているのか。
尋ねるのは流石に無神経かと重い、何も言わずパイプの煙を吐き出した。まるでクロードが抱えるわだかまりのように、白い煙がくゆる。
「いい加減優しくしてやらないと、本当に嫌われるぞ」
「お前が余計なことをするからだろう」
「はは、嫉妬深いと嫌われるぞ」
「もう嫌われてる」
不器用に育ったなと思う。宮廷ではそつなくやる割に、素の彼は口下手で不器用だ。
「そんな顔するぐらいなら、怒ったりするなよ」
まるで、迷子になって途方に暮れた子供のような顔だ。
マティアスの前でだけ、クロードはこんな風にあの頃のままのような表情を垣間見せる。
なんとかしてやりたいと思いつつ、このまま別れ別れになった方が、二人のためかもしれないというような気もしている。
クロードがどんなに不屈の意志で望もうと、この国の身分差というのは致命的だ。
たとえば奇跡でも起こらなければ、男爵の娘が王妃になるようなこと絶対にない。
(どうしたものか)
パイプの煙を胸いっぱいに吸い込みながら、ぼんやりと空をみあげた。
やがて吐き出した白い煙は、マティアスの視界を曇らせてそのまま消えていった。




