35 皆で食べるシチュー
泣き疲れて落ち着くと、今度は恥ずかしくてたまらなくなった。
こんなに大勢の前で、泣いてしまったのは初めてかもしれない。今まではずっと、一人で部屋に閉じこもって泣いていた。
「お腹が空くと、よくないことばかり考えるもんさ。ほらあんたも一緒に食べな」
そう言って、マリアは私にも賄いの料理を振る舞ってくれた。
ちなみに、クロードはここでも私の婚約者だと宣言して回っていた。
マリア達は彼が王太子だと気づかなかったようだが、それでも突然現れた婚約者に、戸惑いが隠せない様子だった。
「また随分と綺麗な生徒さんだね。まあ、こんなに頼りになる婚約者がいるなら安心だ。しっかり守ってもらいな」
マリアの懐の深さに、私はまた泣きそうになってしまった。
本当の婚約者ではないし、本当の名前を名乗ることもできない。そんな私に、マリアはこんなにも優しいのだ。
私は賄いのシチューを食べながら、心の中で何度もごめんなさいと謝っていた。
(切り裂き魔を捕まえたら、ちゃんと嘘でしたって告白しに来よう。本当の名前も名乗って、エリスって呼んで貰おう)
甘いはずのシチューは、少ししょっぱくてほろ苦い味がした。
けれど大人数で食べる食事は、今まで食べてきた食事の中できっと一番美味しかった。
***
「随分親しくしてるいんだな」
帰り道、それまで無口だったクロードが呟いた。
マリア達が気づかないのをいいことに、結局彼は最後まで自らの身分を明かさず、あろうことか一緒にシチューまで食べていたのだ。
毒味が必要なんじゃないかと密かにドキドキしていたのだが、考えてみたら全員同じ鍋のシチューを食べていたのだがら、多分心配はないのだろう。
「男爵家とは言えお前も一応貴族だというのに、あの者達は何も気にしてないように見えた」
それが心底不思議だというのような様子だったので、私は思わず笑ってしまった。
「この学校には私より高位の方々が大勢いらっしゃいますから、慣れているのでしょう。マリアを紹介してくれたのはマティアスですし」
マティアスの名前を出すと、クロードは分かりやすく不機嫌になった。眉間に深い皺が刻まれている。魔法学の研究生になった割に、どうやら彼とはそりが合わないようだ。
そういえばマティアスはクロードのことを呼び捨てにしていた。マリアと同じで、彼もまた身分を意に介さない性格らしい。
「……だが、シチューはうまかった」
クロードは眉間の皺をほどいて、口元だけでひっそり笑った。
彼もまた、普段あんな風に食事をすることなどないのだろう。
『いいなー。俺たちも食べたかった』
話に入ってきたのはサラだ。
精霊達もシチューには興味津々だったのだが、マリア達の手前食べさせてあげることができなかった。
『でも、作り手に魔力がなきゃ意味がないわ。やっぱりエリスが作らなきゃ』
何かを期待する目で、ウィンがパチパチと目配せをくれる。
「うう……善処します」
いきなりシチューとはハードルが高いが、精霊達のためにももっと努力しようと思う。だって唯一食べた人間の食べ物が、焦げたクッキーだけなんてあんまりだもの。
「作ったら、俺にも寄越せ。味を見てやる」
ところがクロードまで食べると言い出して、力が入るどころかすぐさま投げ出したくなってしまった。
こんなことではいけないと思いつつ、やっぱりどう考えたって無理だ。
「いきなり、殿下にお出しできるようなもの作れません!」
思わず大きな声が出た。
慌てて周りを見回す。しかし周囲に人の姿はなかった。私はほっと胸をなで下ろす。
「……いつだっていい。いつか絶対、食べさせてくれ」
そう言うと、クロードはまた黙り込んでしまった。
最初は話すことなんてないと思っていたのに、賑やかな食卓を体験した後では、沈黙がひどく気詰まりに思える。
(『いつか絶対』だなんて。この生活は半月もすれば終わりなのに)
次の犯行は、今までの犯行周期から考えておそらく半月後。
その時、私は一体どうなっているだろう。
伯爵家を出てからまだひと月も経っていないというのに、あそこにいたのはもうずっと前のことのような気がする。
半月もすればなにもかもが変わってしまいそうな気がして、犯人に狙われていることよりもむしろ、自分の変化の方が恐ろしく思えた。




