31 疲労困憊
「よくもまあ、こう次から次へと騒ぎを起こせるものだな」
なんとか教官室まで戻ると、マティアスは呆れたように言った。
「心外です。私だって、好きで巻き込まれてるわけじゃありません」
混乱でつい言い返してしまったが、まず先にお礼を言うべきだったと気づきはっとする。
「気づいてくださって、ありがとうございます」
手のひらの上に着地したサラは、遠慮なく褒めろとばかりに胸を張っている。彼がマティアスを連れてきてくれなかったら、私はどうなっていたことか。きっと拘束はまだ続いていただろうし、学園の嫌われ者として罪を押しつけられて、幽閉か断頭台送りになっていたかもしれない。
「呼んでいた書類が突然燃えたのには驚かされたけどな。見ろ、これを」
そう言ってマティアスが手に取った紙は、『エリス、ピンチ』という文字の形で焼け焦げていた。
書類を台無しにされて怒っているのかと思いきや、マティアスの口元はしかめ面を裏切って緩んでいる。
どうやら目に見える形で精霊の奇跡を体験できたことが、彼は嬉しくてたまらないらしい。
「とにかく、助けて頂き、ありがとうございました。あのままでは私は……」
「間違いなく全ての罪を背負わされて、ナターシャの母国の機嫌取りに使われただろうな。お前というやつは本当に不幸の星の下に生まれたらしい。あるいはそれが精霊を見ることのできる条件なのか―――?」
なんでも精霊に結びつけようとするマティアスが、ぶつぶつと考え事にのめり込みかけていた。
いつもなら放っておくが、今はそういうわけにもいかない。
「先生。私はこれからどうなりますか? 再び学校側に拘束されることはあるのでしょうか?」
「それは十分にあり得る。本当の犯人が見つからない限りは、一番怪しいのはお前で間違いないからな」
やっぱりなと、無感動に思った。
助けを呼ぶために走りながら、私は自分の立場がものすごく分が悪いことに気づいていたのだ。だから最低限の安全策としてマティアスを呼ぶように頼んだわけだが。
なんたって、執拗にいじめを受けていたから動機はバッチリだし、しかもそのことを大勢の生徒に知られていた。その私が第一発見者で、肝心のナターシャはとてもじゃないが証言できそうにない。
これでは疑われない方が不思議というものだ。
「随分落ち着いてるんだな。冤罪で拘束されたって言うのに」
マティアスが、感心しているのと呆れているのの、ちょうど中間ぐらいの口調で言う。私は大きなため息をついた。
「もういい加減、慣れましたから。理不尽な不幸には」
「はは、頼もしいな。お前の境遇では、それも仕方ないか」
研究生になる前は、この学園は敵ばかりだと思っていた。
けれどマティアスにそう言われると、随分気持ちが楽だった。
彼は研究にしか興味のない男なので、どうして私の味方をしてくれるのかと、変に疑わなくて済むからだ。
「とにかく、今日はもう休め。疲れただろう」
「でも、ゆっくりと休んでいるわけには……真犯人を見つけて、疑いを晴らさないと……」
指摘されると、途端に体が重くなったように感じた。緊張していて麻痺していた疲れが、ようやく安心できると分かって一気にやってきたらしい。
まぶたがどうしようもなく重くなる。
でも、今やっておかないといけないことが沢山あるはずだった。
「休めるときに休んでおけ。明日から頑張ればいいさ」
マティアスに気楽な口調で言われると、そうかもしれないと思えてくるから不思議だ。
結局私は睡魔の誘惑に勝ちを譲り、私は教官室のソファに倒れ込んだ。精霊達がいるとは言え、ナターシャが襲われた今、一人になるのは恐ろしい。
そこに寝るなと言われた気もしたが、もう立ち上がることはできそうになかった。
そういえば、ポケットにグノーを入れっぱなしだったのを思い出した。明日になったら、彼をポケットから出してあげなければ。




