03 いい加減ごはんを食べさせてください!
「最近顔を見なくなってせいせいしていたのに、また戻っていらっしゃるなんてずいぶんと分厚い面の皮だこと!」
彼女があまりにものけぞって高笑いをするので、私は絵本に出てきた悪い魔女を思い出してしまった。
巻いた髪には所狭しとリボンが巻かれ、目がちかちかとする華やかさだ。
美人なのは確かだが、リボンは少し減らせばいいのにと私は頭の片隅で考えた。
「ナターシャ様のおっしゃるとおりよ! なんて厚い面の皮!」
私の人生で、まさかここまで顔の皮膚の厚さをあげつらわれる日が来るとは思っていなかった。
いつも陰鬱な顔をしていると、だんな様にも眉を顰められることが多かったから。
「気分を害したようで、申し訳ございません。私は食事をしにきただけですので、どうか捨て置いてはいただけませんでしょうか?」
王太子の婚約者筆頭ということは、相当高い身分のお嬢様だということだ。それにナターシャというのは外国風の名前である。
ここは逆らわずへりくだっておいたほうがいいと、私は体を低くしたままで言った。
しかしそうすると、彼女たちは今度は化け物でも見るような顔をする。
「どういう風の吹きまわし? いまいましい勘違い女が」
「そうよそうよ! 下流貴族の分際でいつもクロード様になれなれしくして!」
どうやら妹は、クロード殿下にかなり失礼な態度をとっていたようだ。
これで先ほどの、眼鏡の生徒の態度もうなずける。
(でも殿下自身は、ご不快とは思っていなかったのかもしれない。だってお一人だけ、私と妹を区別することができたのだから……)
とにかく、私は妹がどうしてうちに入り浸りになったのか、その理由がわかったような気がした。
いつもの調子で王子になれなれしくして、その周囲の人々の反感を買ったのだろう。
そしてその結果が、あのほこりっぽい部屋や破かれたドレス、それにこの制服というわけだ。
「それにその制服は一体何なの? はしたない」
女生徒のうちの一人が言う。
「勝手に制服に手を入れるのは、校則で禁止されているのよ!」
「ずいぶん苦労して直されたみたいね。男爵家には新しい制服を買う余裕すらないのかしら?」
そのあざけりの言葉で、私は制服を切り裂いたのが彼女たちであることを知った。
そうでなければ、制服の元の惨状を知っているはずはないからだ。
私の中にふつふつと、怒りのようなものが沸いてきた。
確かに夫を寝取った妹のことは大嫌いだが、それでも血縁者が誰かに嫌がらせをされたのだと思えば、いい気持ちはしない。
お腹ももう限界というぐらいまで空いていたし、さすがに礼を失したことにはならないだろうと私はまっすぐに立った。
そうすると、目線が彼女たちを見下ろす位置に来る。
私は妹よりも背が高いのだ。
びくりと、彼女たちが身構えたのがわかった。
「お嬢様方におかれましては、私のような田舎者などのお相手はもったいない。どうかほかの事にお心を傾けてくださいませ。あなた方の視線を望む男子生徒が、こちらを見ていますよ?」
自信を持って言い切ると、彼女たちは改めて周囲から注がれる視線を意識したようだった。
食堂の前という場所で夕食の時間にこんな騒ぎを起こしていれば、観客が増えてしまうのは自然の流れだ。
その中には男子生徒も多く混ざっており、彼女たちは更に意地悪を言う気が削がれたようだった。
「それでは失礼致します」
そう宣言すると、くるりと背を向けて食堂に歩き出した。
背中に視線を感じたが、振り向くことはしない。
まだ心臓がばくばくと早鐘のように鳴り響いていたが、それと同時に生まれて始めて感じる爽快さがあった。
様子を見守っていた生徒たちの人垣が、私にかかわるまいと左右に割れる。
(これは……女友達ができるかもと思っていたけれど、どうにも無理みたいね)
奇妙な爽快感と諦観を抱きつつ、私はようやく夕食にありつくことができた。