29 突然の被害者
結局その日は、与えられた自室にこもって過ごすことにした。
本当は今日もマリアに料理を教わりに行きたかったのだけれど、クロードにああ言われてしまってはそれもできない。
なにより、朝のやりとりだけで私はかなり消耗していた。
一応寝たとはいえ寝不足なのもあり、うとうとしたり服作りで散らかった部屋を掃除したりして過ごした。
そうすると一日はあっという間で、すぐさま小さな窓から西日が差し込む時刻となった。
リンゴンと鳴るのは授業の終わりを告げる鐘だ。
ほんの数日前までは生徒だったのに、今は研究生という立場で鐘の関係ない生活をしていると思うと、なんだか不思議な気持ちになる。
ふと、部屋の外が賑やかになった。
どうやら講堂で授業を終えた生徒たちが、寮へと戻るところらしい。
講堂と寮をつなぐ道がこんなに部屋に近かったなんて、部屋を開けることの多かったここ数日はちっとも気づいていなかった。
『なんだか騒がしいな』
私と一緒になって昼寝していたサラが、不機嫌そうに呻いた。
『珍しく気が合うわね』
そう言って、ウィンも体を起こした。
目覚めがあまりよろしくないらしい二人とは対照的に、グノーはすやすやとちっとも起きる気配がない。
(だから野菜の成長に巻き込まれちゃったのね。放っておいたら次の春まで眠り続けるのかも……)
その寝顔があまりにも気持ちよさそうで、どうしようか迷ったが私は結局彼を起こすことにした。
寝起きのお腹はひどく空腹を訴えていて、そういえば朝も昼も食べていないことに気がついたからだ。
食堂に行くのにグノーを残していってもいいが、もし私たちがいない間にグノーが起きたら、淋しい思いをするだろうと思った。
目が覚めて、両親が妹だけを連れてピクニックに出かけたと聞いた時、幼い私の胸には音を立ててヒビが入った。
グノーはそんなこと気にしないかもしれないけれど、しんとした部屋で一人目覚める彼を想像するだけで、私の胸がどくどくと嫌な音を立てるのだ。
「グノー、起きて」
人差し指でそのお腹をつつき、ゆらゆらと揺らす。
彼を起こすのには忍耐が必要だった。
土の精霊というのは、どうやら眠るのが大好きな種族らしい。同じ精霊とはいっても、それぞれに個体差があって面白い。
彼が眠い目をこすりながらようやく起きようかという頃には、部屋の外はすっかり静まり返っていた。
どうやら生徒たちは全員寮へと戻ったようだ。
私は手早く例の改造制服に着替えると、落っことしてしまわないようグノーを内ポケットに入れた。
そして、食堂へ向かうべく部屋を出ようとしたその時だ。
「キャーーーー!」
静まり返ったはずの部屋の外から、絹を裂くような悲鳴が響き渡る。
一瞬何が起きたかわからず、体の動きが止まる。
急に風が出てきたのか、窓枠がガタガタと不穏な音をたてた。
『なんだ!? 一体何が起きたんだ!」
そういうが早いか、サラが窓を開けて外に飛び出してしまった。危ないからやめるように言う暇もない。
「助けて、誰か来て!」
その悲鳴に、どこかで聞き覚えがあると気づく。
そして気づいた時には、私は外に飛び出していた。
非力な私にも、何かできることがあるかもしれないと思ったからだ。
礼儀作法をかなぐり捨てて窓から飛び出ると、寮へと続く小道に血だらけの人が倒れてていた。
その傍では先ほどの声の主が、ガタガタと震えながらうずくまっている。
制服から見てどちらも女生徒だ。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄ると、二人の周りにはいくつものリボンが千切れて散らばっていた。
彼女たちの制服は無残に切り裂かれ、どちらもひどい怪我を負っている。
そして彼女たちの顔に、私は見覚えがあった。
傷だらけでその場に倒れ込んでいたのは、王子の婚約者だと宣言していたあの、ナターシャだったのだ。




