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27 王子の質問


「え、ええと……」


 グノーを肩に戻し、クロードと一対一で向き合う。

 昨日の夜に遭遇したばかりだというのに、まさか今日も対面することになるなんて。

 この王子様は、どうして私のことを捨て置いてはくれないのだろう。

 流石にもう、私のことが嫌いで追い回しているんじゃないかなんておこがましいことは思わないが、それでもやっぱり、この高すぎる遭遇率には、クロードの意思を感じずにはいられないのだ。

 どうしてなのかと問うべきなのか、それとも当たり障りない言葉をかけるべきかのか。

 どうしようかと悩んでいると、沈黙に焦れたのか先に口を開いたのはクロードの方だった。


「少し、いいか?」


 どうやら彼は、私になにか話すべきことがあるようだった。

 先ほどまでマティアスが座っていた椅子に、座るようにとクロードが目配せしてくる。

 そんな王太子である彼を差し置いて、私が座れるはずなんてない。

 ぶるぶると首を横に振ると、いいからと言わんばかりに鋭く睨まれ、私はおずおずと椅子に座る羽目になった。

 しかし椅子に座ったはいいが、彼は立ち尽くして口を閉ざしたままである。

 一体何を言われるのだろうかと、ちっとも心は休まらないまま悪戯に時間だけが過ぎていった。


『おい、お前どうして何にも言わないんだ?』


 緊張して、目を離したのがいけなかった。

 いつの間にかサラが、クロードの目の前で彼の顔をのぞき込んでいるではないか。


「ちょ、サラ!」


 私が慌てて立ち上がるのと、クロードが己の手でサラを押しのけたのは同時だった。

 とは言っても、その手つきはサラを刺激しないよう柔らかいものではあったが。


「精霊、少し黙ってくれ。彼女と話がしたい」


『話ってどんな話? 事と次第によっては看過できないわ。エリスにはドレスの借りがあるもの』


 ずいと私の前に出たのは、ウィンだ。

 私を守ってくれようとする彼女の行動が嬉しくもあり、そしてクロードの反応が恐ろしくもある。

 しかし彼は意外なことに、困ったように眉を下げただけだった。

 今までだったら、すぐに怒って怒鳴りつけるか、その秀麗な顔を歪めて地獄の門番のような顔になっていたのに、だ。

 不思議そうにしている私に気がついたのか、クロードは小さくため息をついて言った。


「……俺たち王族は、遙かな昔に精霊達と契約を交わしたのだ。王家が続く限り、全ての精霊に敬意を払いその意思を遵守すると。それと引き換えに、王家は国を平らかにする特殊な魔法具を使うことができる」


 そんな話は、全くの初耳だ。

 多分、マティアスも知らないと思う。知っていたら、研究生としてやってきたクロードをとっくに質問攻めにしているに違いないからだ。


「それは……私がお聞きしてもよろしかったのですか?」


 こわごわと尋ねると、彼は何でもないことのように首を振った。


「本来なら、王族以外には言ってはいけないことになっている。しかしお前は―――未来の俺の妻だからな」


「それは、私をからかうための冗談……でしょう? たやすくそんな大事なことを……」


 以前、クロードと結婚するという預言を告げられた時、私は伯爵家から逃げ出したばかりと言うこともあり、冷静に対処することができなかった。

 今だって気分がいいというわけではないが、それでも精霊達が側に居ると思えば、下手に取り乱さないよう自制心が働く。


「―――冗談ではない。俺は本気だ」


 クロードの声音は、静かでそして重かった。

 彼の薄藍の目が、朝陽を反射して不思議な色を宿している。

 どうしても冗談とは思えなようなその宣言に、私は何も言えなくなってしまった。まるで冷たい湖にでも落ちた気分だ。確かに息をしているはずなのに、ひどく息苦しくて胸が苦しい。

 そんな時、頬に小さな手のひらの感触がした。

 まるで落ち着けと言わんばかりに、肩に乗っていたグノーが背伸びして私の頬に手を当てている。


「俺は……お前に聞きたい。もしかしてお前は、何も知らないのか?」


 グノーのいたわりにほっとしたのもつかの間、クロードが放った問いは全く意味不明なものだった。


「何も、知らない……?」


 彼の言葉を、ただそのままに繰り返す。

 そんな私を見つめるクロードの顔は苦しげで、初めて彼に罪悪感を覚えた。

 そのまままた、停滞した時が私達の間をすり抜けていく。

 彼はふと、胸ポケットから白い絹の手巾を取り出した。

 その繊細な手つきに、その手巾が彼にとって大事な物だということは一目で分かった。


「これに、見覚えは?」


 先ほどまでとは違い、その声はひどく心細げだった。

 私はおずおずとその手巾を受け取り、手の中でそっと広げる。

 なんてことはない、絹の手巾だ。

 古いものなのか、何度も洗われて草臥れている。王子の持ち物としては、相応しくないような気がした。

 そしてそこに刺繍された、クロードのイニシャル。

 少し歪んでいて、あまりうまくはない。

 けれど私は、その手巾を知っていた。

 忘れるはずがない。ただ、それはクロードが持っているはずのない物だった。


「どうしてこれを、殿下が?」


 それは私が、婚約者だった夫に向けて初めて刺した刺繍入りの手巾だった。


 

お気に入り&評価ありがとうございました

休止休止できたこのシリーズが、15000ptを越えるなんてびっくりです

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