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24 新しいドレス


 結局、変な時間に寝てしまった私は、真夜中に目を覚ました。

 精霊たちは、ベットの上に並んで眠っている。不思議なことに、ウィンの体でベットが濡れたり、サラの炎でシーツが燃えたりすることはない。

 以前そのことをマティアスに話したら、理由を調べなければいけないと目をギラギラさせていた。

 彼は本当に精霊のこととなると、目の色が変わってしまうのだ。

 その時のことを思い出して静かに笑っていると、ふと寝入りしなのウィンの言葉を思い出した。

 私はばたばたしてドレスを作る約束が後回しになっていることに気づき、申し訳なくなって彼女の髪をこっそり撫でた。

 そして小さな燭台に火をともし、これなら使えそうだと寮の部屋から持ってきた使用不能のドレスたちを手に取る。

 布地には適当な大きさにするため鋏を入れ、ウィンが気に入りそうなレースを傷つけないように丁寧に剥がしてく。

 寝起きだというのに目はすっかり冴えていて、追い詰められてサラの服を作った時よりも心は羽のように軽かった。

 これを目にしたウィンがどんな風に喜ぶかと思うと、鼻歌さえ歌ってしまいそうな勢いだ。

 けれど三人が目を覚ましたらいけないので、私は努めて静かに手を動かし続ける。

 夢中になって続けると、時間の流れはあっという間だ。

 気づけばいつの間にか空が白み始め、一番鶏が高らかに鳴く時間になっていた。

 ウィンたちの体は小さいから、手順は人と同じでも縫う量は人間と比べて圧倒的に少ない。

 鋏でパチンと糸を切った時、タイミングよくサラが起き出してきた。


『おはようエリス……今日は早いなー』


 彼は目をこすりながら、ふらふらとこちらに飛んでくる。

 しかし私の手元を見ると、眠気が完全に醒めたようだ。一瞬驚いたのかぼっと燃え上がり、そしてさっきとは比べものにならない早さで私の肩に着地した。


『おいこれっ、いつの間に作ったんだ!? エリスは凄いな!』


 サラは感心しきりの様子で、ドレスの回りを飛び回ったりものすごい勢いで狭い部屋の中を言ったり来たりする。


「サラ、二人が起きちゃうから静かに……」


 慌てて制止したが、手遅れだったみたいだ。


『全くなんなの? 騒々しい……』


『もう、朝?』


 ウィンは目をこすりながらゆらゆらと、グノーは上半身を起こしたままでぼんやりしている。


『ウィンしゃっきりしろ! お前の服ができたんだ!』


 もう遠慮はいらないとばかりに、サラはウィンにつきまとった。

 しばらくぼんやりとしていたウィンだったが、やがて意識がはっきりしたらしく私の手元に急行する。


『エリス! も、もしかしてこれが……っ』


 期待でキラキラと輝く目に、私は思わず笑みがこぼれた。

 普段は更に対してお姉さんぶった態度を取る彼女だが、その目の輝きはまるで子供のように無邪気だ。


 (そうだ。私の刺繍を見て、あの子もこんな顔をしていたっけ)


 精霊たちの喜びように、私の脳裏には懐かしい面影が過ぎった。

 もう会うことはないだろう、お人形みたいな男の子。彼は今頃、どこでどうしているのだろう。


『もう! もったいぶらないでっ』


 つい懐かしい記憶に浸っていたら、ウィンに怒られてしまった。

 彼女の目は、きらきらとしたそれから待てを命じられた子犬のように悲哀とわずかな怒りを称えている。

 

「ごめんね。つい、ぼんやりしちゃって。そう、これが約束していたウィンの服だよ」


 そういって両肩の部分をつまみ、彼女の前にその小さなドレスを広げて見せた。

 スカートの丈は彼女の美しい尾びれを隠さないように短めで、レースを何重にも重ねてふんわりとした作りにした。開いた襟ぐりには布で作った小さな花を沢山あしらい、人間の定型とは違うけれど、それでも華やかなドレスになったと思う。


 スカートの裾を開いて頭からすっぽりかぶせてあげると、目算で作ったドレスはサラの時と同じように彼女の体にぴったりとはまった。

 彼女が己の形をドレスの方に合わせてくれたのだろうが、とにかく私はそのできあがりに大満足だった。


『綺麗……』


 鏡の前を陣取り、ウィンはうっとりと己の姿に見入っている。


「喜んでくれてよかった」


 どうやらウィンもサラのように、私の作った服を気に入ってくれたようだ。

 自分が作ったもので誰かが喜んでくれるというのは、とても充足感のある出来事だった。

 私はウィンを前よりもより身近に感じることができたし、それは彼女も同じようだった。


『大好きよエリス。お礼にずっとずーっと、私があなたを守ってあげる!』


「そんな、ずっとだなんて大げさだよ。ウィンが喜んでくれただけで私は……」


 照れながらも辞退しようとしたら、そこにサラが割って入ってきた。


『何言ってんだよ! エリスを先に見つけたのは俺だぞ? 俺がエリスをずっとずっとずーっと守るんだ!』


『なんですってこのくされ火トカゲ。力の加減もできなくてエリスを困らせてるくせに、よく言うわよ。アンタなんかお呼びじゃないのよ真っ赤っかの浮かれ王子』


『なんだとぉぉ!』


 ウィンの口から溢れ出た悪口に、私は頭を抱えたくなった。

 自分で言うのも何だが小花をあしらった愛らしい服を着ているだけに、彼女の悪態が寄りとげとげしいものとして寝不足の頭に突き刺さる。


『落ち着いて二人とも。サラもウィンも、折角綺麗な格好をしているのに喧嘩なんかしたら台無しよ』


 呆れながら仲裁に入ると、二人は悔しそうにしながらも喧嘩をやめてくれた。

 私はほっと安堵のため息を漏らし、今度は自分の身支度を調えることにする。

 まずはマティアスのところへ行って、クッキーを精霊たちが食べてくれたことを報告しなくては。

 睡眠不足でちょっぴり眠たいが、部屋に差し込む眩しい光に、なんだか今日はいい日になる予感がした。

 

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