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23 警戒する相手


 結局沈黙したまま、クロードは私を部屋まで送ってくれた。


「伏せられてはいるが、学園の敷地内で何者かに女生徒が切りつけられるという事件が起きている。一人でうろつくのはやめるんだ。いいな?」


 彼はそう言って、とても恐い顔で私を睨みつけ、そして去って行った。

 そんな事件が起きていただなんて全く知らなかった私は、驚いて送って貰った礼を言うことすらできなかった。


「この学校は出入りが厳しく制限されているのに、女生徒が切りつけられるだなんて……」


 狭い部屋の中、ベットに腰掛けながら呟く。


「あなたたち、何か知ってる?」


 クッキーにすっかり夢中の三人に尋ねると、彼らは自分たちの顔より大きなクッキーを抱えて不思議そうに首を傾げた。

 よく見れば、袋に詰めたクッキーはすっかり空っぽになっている。

 焦げたクッキーを全部食べてくれたのかと思うと、呆れていいのか喜んでいいのか、私は複雑な気持ちになった。


『ああー切りつけるだ? 随分と軟弱な方法だな』


『攻撃に刃物を使うだなんて、美しくないわ』


 サラとウィンの返答は、私の意図するものとは全く異なるものだった。


『あ、あの……』


 その時だった。

 ずっとクッキーに夢中だったグノーが、おずおずと口を開く。


『その、切り裂くってやつ、まさかジルなんじゃ……』


 知らない名前だ。

 どういうことなのかと尋ねる前に、何事にも素早いサラが、グノーの前に飛び出した。


『はあ? あのお人好しのジルが、そんなことするわけないだろ!』


『でも、ジルがつむじ風を起こした時、そこにいた動物が切りつけられたみたいになるの、俺、見た……』


 ただでさえ控えめなグノーの声音が、自信なさげにどんどん小さくなっていく。

 一人話においていかれた私は、とりあえずグノーを肩から手のひらに落とし、もっと詳しい話を聞くことにした。


「グノー、ええとその、ジルっていうのは……」


『シルヴェストル。私達の仲間で、風を司る精霊ですわ』


 質問に答えたのはウィンだった。

 彼女は空中を泳ぐように尾びれを揺らめかせると、手のひらに置いたグノーの近くをゆったりと漂う。


『確かに、ジルの起こす風は見えない刃となって、ありとあらゆるものを切り裂くことができます。でも、ジルは人間に優しいから、とてもそんなことするとは思えないわ。どうせ人間同士の諍いごとよ』


 まだ見ぬ風の精霊は、どうやら人間に好意的らしい。

 ならばとりあえず、クロードが言っていた事件は精霊とは無関係なのだろう。

 でもそれは同時に、学園内に刃物を使って相手を傷つけるような、恐ろしい人間が野放しになっていることを意味していた。


「とにかく、暗くなったら外を出歩くのはやめにしましょう。学園の敷地内だからと言って、危険がないというわけではないみたいだし」


 はあとため息をついて、ぱたりとベットに倒れ込む。

 手の中に居たグノーをベットの上にそっと置いてやると、彼はふかふかした地面を確かめるように何度も足踏みをして、そして私の真似なのかごろりと横になった。

 一見、土をこねた人形のようにも見える彼だが、その動きはおっとりしていて慣れてくるとだんだん可愛くなってくるから不思議だ。

 今日は一日慣れないことをしたからか、まぶたがどうしようもなく重かった。


『寝ないでエリス! 私のドレスがまだ途中だわ!』


 耳元で、ウィンが叫んでいる。

 彼女のドレスを早く完成させなくてはいけないと思うのに、疲労を自覚した途端指を動かすことすら億劫になった。


『寝かせてやれって。俺たちに魔力を分け与えたから、疲れてるんだよ』


『あんたは自分の服が既にあるからそんなことが言えるのよ!』


 近くでサラとウィンが言い争っているが、もうまぶたをあげることはできそうにない。

 そうして私は、着替えすらせずに眠気の波に呑まれてしまった。



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