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21 遠慮と引け目と焦げたクッキー


 とりあえずそうこうしている間に約束の鐘が鳴ったので、私はグノーも連れて厨房に戻った。

 しかしそこにマリアの姿はない。

 若い料理人さんたちは私を見て一瞬びくっとした。どうやらさっきの変な態度が、まだ少しだけ尾を引いているらしかった。別に仲良くなりたかったというわけではないが、どこへ行っても嫌われる自分の間の悪さが少しだけ残念だ。

 まあそうはいってももう慣れっこなので、これしきのことで落ち込んだりはしないのだが。


 ―――と、そんな風に心の中で強がっていると。


「あの!」


「うぇ!?」


 厨房の入り口で突然後ろから声をかけられたのだ。

 これで驚くなと言う方が無理だった。入り口の壁に手をかけていなければ、私は危うく頭から厨房の地面に突っ込むところだった。


「ああ! すいません。大丈夫ですか……?」


 振り返ると、そこに居たのはさっき野菜を洗おうとしていた若い料理人だった。灰色のくせっ毛で、目尻が下がっているので余計に困ったような顔に見える。

 彼が慌てて差し出した手は借りず、私は自分の力で体勢を立て直した。

 別に意味があったわけじゃないが、ここのところ色々なことがありすぎて少し男性不信気味なのだ。


「こちらこそごめんなさい。ご心配をおかけして」


「いえ……あ、あの!」


 彼はもごもごと、言いたいことが奥歯に引っかかって取れなくなっているみたいだった。


「ええと、なにか?」


 先を促すと、彼は眉間に皺を寄せて更に困った顔になった。一体何をそんなに困っているのだろう。奇妙な女は厨房に来ないでくれとでも言いたいのだろうか。

 いくらなんでもまさかそんな。


「いえそれが、実はマリアさんが用事があるそうで、僕がオーブンの使い方をお教えする役を仰せつかりまして……」


 ようやく彼の困惑の理由が分かり、私はほっとした。

 彼があまりに言いにくそうにするものだから、私の頭の中ではこれからやってくるかもしれないひどい出来事が、既に十や二十は浮かんでいたのだ。

 どうやら生まれつき根暗な私の性格は、ここ最近の様々な出来事によってすっかり悪化してしまっているらしい。


「そうなんですか……。お忙しいのに申し訳ありません。お忙しいのにお邪魔、です、よね。私、また日を改めてマリアさんに……」


 そう言って、私は反射的にその場から逃げ出したくなった。

 だってマティアスから頼まれているマリアだったらともかく、見ず知らずのこの男性に料理を教わるのはなんだか申し訳ないような気がしたのだ。ただでさえさっきは彼が洗おうとした野菜を奪ってしまって、こうして向かい合っているだけでなんだかいたたまれない気持ちになるというのに。


「いやっ、その、大丈夫です! その、他の仕事をしながらになってしまってつきっきりというわけにはいかないのですが、クッキーを焼くお手伝いをするぐらいなら全然、大丈夫ですから!」


 彼の否定の言葉があまりにも大きいので、私はひどく驚いてしまった。

 目の前の男性ははあはあと肩で息をしている。

 そして私の後ろ―――つまり厨房の中から、ハハハハ! と軽快な笑い声がいくつも上がった。


「ヒースよ落ち着けって。お嬢さんがびっくりしてるだろうが!」


「怒らないでやってくださいね~。そいつはひどい人見知りで」


「料理人以外とも喋れるようになれって、マリアさんの命令なんすよ」


「申し訳ないが、付き合ってやっちゃくれませんか?」


 私はまた驚いてしまった。

 なににって、てっきり私を闖入者扱いしていると思っていた料理人たちが、口々に明るく話しかけてくれたことに対してだ。

 こんな笑い声の真ん中にいるだなんて、もしかしたら初めてのことかもしれない。それも、嘲りじゃない、ただただ楽しい親しげな笑い声。

 不意に涙が出そうになって。

 なぜなのかは、自分にも分からないが。


「ええと、すいません。お気を悪くされましたか……?」


 ヒースと呼ばれた青年は、困り顔のままで言った。

 きっと彼は、料理人仲間たちに愛されているのだろう。だから皆が、彼のことをフォローしてそしてこんな楽しそうに笑うのだ。

 いいなあと、私は素直に思った。


「いいえ。それじゃあ、お願いしますね」


 こっそりと涙を拭って、なんとか笑顔を浮かべる。

 ヒースが困り顔のまま小さく笑って頷いたので、私は声をかけられた時に逃げ出さなくてよかったと思った。


  ***


 結果から言うと、クッキーは少しだけ焦げてしまった。

 ヒースの指示通り生地を伸ばし、型抜きまではうまくいったのだ。

 しかし肝心なオーブンの取り扱いで、私は燃えさかる炎が恐くてクッキーをなかなか取り出すことができなかった。

 ヒースはとても親切に教えてくれたのに、残念だ。ごめんなさいと謝ると、彼は必死になって気にしなくてもいいと言ってくれた。

 食べてみたクッキーは少しほろ苦くて、次はもっとちゃんとしたのを作りたいと強く思ったのだった。


『むぐむぐ、普通にうまいけどなー。エリスの作ったこのクッキーってやつ。食べるとスゲー力が湧いてくる! 火を使ってるからかな?』


 厨房からの帰り道。

 サラが食べたい食べたいとせっつくので、私は厨房を出てすぐに失敗したクッキーを精霊たちに分け与えなければいけなかった。

 サラはとてもご機嫌で、自分の顔よりも大きなクッキーを頬張りながらあちこち飛び回っている。

 一方でウィンの方はといえば、少し不機嫌そう。


『水分が全くないお菓子なんて……。エリスの魔力は美味しいですけれど、次はもっと瑞々しいお料理を頂きたいものです』


 どうやら精霊たちにも、その属性に準じて食べ物の好みがあるらしい。

 瑞々しい食べ物とは何だろうかと、私は中庭を歩きながら思った。

 厨房から私室へ戻るには、一回外に出た方が近道なのだ。

 ここはあまり人気がないので、私も回りを気にせずに精霊達と喋ることができた。


『俺これ、好き……』


 空を飛ぶことができないというグノーは、私の肩にちんまりと座ってクッキーを食べている。

 焦げたクッキーはどうやら彼のお気に召したようで、少し申し訳ないと思いつつ嬉しかった。


「今度は、失敗しないでもっと美味しいお菓子を作ってあげるからね」


 なんだか楽しくなって、思わずそう宣言していた。

 自分の作ったものをこんなに喜んでくれる相手がいると思うと、やる気がみなぎってくるのだから不思議なものだ。

 精霊たちに会えて、研究生になってよかったと、私は心の底から思った。

 伯爵家を出た時に夢見た新しい生活が、想像とは少し違う形でようやく始まろうとしていた。




 

一話につき一人新キャラが出ていますね

次こそ……次こそはあの人を……

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