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20 新しい精霊


 マリアの指導の下に生地を混ぜ合わせると、今度はできあがったタネを温度の一定した地下の貯蔵庫でしばらく寝かせることになった。

 こうすると、生地が馴染んで焼いたときに美味しくできるらしい。


「料理で大事なのはタイミングだよ。それを逃しちまうと、最悪作り直しになっちまう」


 初めよりも大分砕けた調子で、マリアはそう言った。

 ふむふむと頷きながら、手を洗ってメモを取る。

 計量からしっかりやり直させて貰ったので、これならば次はマリアがいなくても、生地を寝かせるところまでは一人でできそうだ。

 こうして少しずつ、一人でできることが増えていくというのはなんとも心躍る作業なのだった。


「じゃあ、アタシはちょっくら夕食の下ごしらえをしてくるから、アンタもどっかで休憩してくるといいよ。昼の鐘二つがなった頃に、またクッキー作り再開だ」


 そういうと、マリアはテキパキと野菜を切ったり、数人の若い料理人たちに指示を出したりし始めた。

 生徒用の食堂より規模は小さいとは言え、講師用のこちらの食堂もなかなかのものだ。

 私は作業の邪魔にならないよう、そっと厨房から出ようとした。

 そしてふと気づく。

 一緒に居たはずの、サラとウィンがいない。

 どうやら、二人の不在に気づかないほど作業に夢中になっていたらしい。

 私は慌てて、厨房の中を見回した。


(確か、最後に見た時には野菜のかごをいじっていたと思うのだけれど……)


 そうして積み上がった野菜に注目してみると、今まさに水で洗われんとする野菜の山の中に、私はサラとウィンが混ざっていることに気がついた。


「ああ!」


 突然叫んだ私の言葉に、厨房中の視線が集まる。

 恥ずかしくて顔が熱くなったが、このチャンスを逃すわけにはいかない。


「ご、ごめんなさい。あまりにもその、お野菜が美味しそうで」


 そう言いながら私は呆然とする料理人に近づくと、彼の持っていたかごからサラとウィンがくっついている丸い葉野菜を引っ張り出した。


「これ、いただいてはだめかしら? あとできちんとお金をお支払いしますから」


「いや、それは別に構わないが……」


 呆気にとられながら答えるマリアの目を見ないようにしながら、私はそそくさと厨房から出て行く。


「ありがとうございます! じゃ、じゃあ、私はこれで!」


 こうして私は、厨房の皆さんに変な娘だと思われつつも、なんとかサラとウィンの救出に成功したのだった。



  ***



「二人とも、どうしてあそこであんなことしてたの! もう少しでドロと一緒に洗われて流されちゃうところだったのよ!?」


 もう十分厨房から離れたと思える場所まで来ると、私は思わず二人を叱りつけてしまった。

 それは恥ずかしさの反動でもあったし、そして二人がいなくなってしまうかもしれないという恐怖からでもあった。

 しかし、二人は何が悪かったのかいまいち理解できないらしい。

 きょとんと顔を見合わせると、そろって見当違いの謝罪をし始めた。


『ごめんなエリス。お前に作って貰った服、濡らしたらまずいよな』


『私は水の一部だもの。流されたって全然平気よ!』


「そういうことじゃなくて……」


 私がどう説明すべきかと悩んでいると、二人ははっと気づいたように私の持つ葉野菜の隙間に顔を突っ込みはじめた。

 そういえば、さっきもかごの中でそうしていたことを思い出す。

 丸まった葉っぱから二本の足と一本の尾びれが飛び出していたから、私は驚いて思わず叫んでしまったのだから。


『グノー、ちょっとあんた無事!?』


『出てこいよ。恐がらなくてもエリスはお前のこと取って食ったりしないさ』


「二人とも、どういうことなの?」


 私はちょうど近くにあった大きな切り株に腰を下ろすと、二人が顔を突っ込んでいる大きな外葉をぺりぺりと剥がしてみた。

 するとその奥側、芯に近い方になんと、茶色い人型の何かが挟まっていたのだ。

 私がぺりりと葉っぱを剥がし終えると、そこに挟まっていたそれ(・・)がこわごわと立ち上がった。


『おお、よかったなグノー!』


『ったく。植物に挟まって抜けなくなるなんて、全くあんたらしいわね!』


 どうやら、その茶色い何かはグノーという二人の知り合いらしい。

 人型の見た目からして、おそらく二人と同じ精霊なのだろう。

 私がさっきまでの怒りを忘れてじっと観察していると、グノーはもじもじと足をくねらせ後ろで手を組んだ。


『た、助かった……ありがとう』


 そういうと、今度は顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。

 どうやらかなり恥ずかしがり屋の精霊らしい。


「は、初めまして精霊さん。ええと、グノーとお呼びしても……?」


 野菜を抱えたままどうするべきか戸惑っていると、グノーは顔を隠していた手を少しだけずらした。

 全身が茶色くてわかりにくいが、確かに茶色い目がくりくりと興味深げにこちらを見上げている。


『そ、それでいい。俺の名前グノーム。みんなグノーって呼ぶ』


「それで……グノーはどうして、野菜の中にいたの?」


 私が首を傾げると、グノーは黙り込んでしまった。

 どうやら聞いてはいけないことを聞いてしまったらしい。


『ちょっと、エリスが聞いてるでしょ。さっさと答えなさいよ!』


 ウィンが強い口調で言ったので、グノーは更に縮こまってしまった。

 なんだか申し訳なくなって、私は小さく首を横に振る。


「言いたくなければ、言わなくていいのよ。気にしないで」


 優しい口調で語りかけると、グノーはゆっくりと顔を上げ、そして小さな口をもごもごと動かした。


「え?」


 聞き取れなくて耳を寄せると、彼はもう一度私に野菜に挟まった理由を説明してくれた。


『……この野菜の芽に寄りかかって昼寝をしてたら、いつの間にくるまれて抜けなくなっていた』


 どうやらグノーは、恥ずかしがり屋であると同時にかなりののんびり屋であるらしかった。



 

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