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15 暫定、味方?


「つまり、お前はこそ精霊どもが人間の姿に見えていて、言葉も聞くこともできると?」


 頭が痛いとでも言いたげに、マティアスが眉間をも揉みがら言う。

 私はこくこくと頷いて、左右に浮かぶサラとウィンに目をやった。


「ウィンが言うには、太古の人間の性質を受け継いでいる……と。あの、どういうことなのでしょうか?」


 サラマンデルに続いてウィンディーネという精霊まで現れたのは全くの予想外だったが、その場にマティアスが居合わせたのは私にとって幸運だったのかもしれなかった。

 この国で魔法のことを尋ねるのに、おそらく彼以上の適任者はいない。

 マティアスは腕組みをしながら、目を閉じ苦悶といってもいいような表情で黙り込んだ。

 苛立たしげに人差し指をとんとんとさせているところを見ると、怒られているようで思わず首を竦めてしまう。


「あのー……」


 どれくらいそうしていたのか。

 とりあえず寮に着替えを取りに行きたいと申し出ようとしたら、マティアスがいきなり両目を開いたので驚いた。

 彼はぎょろりと私を睨みつけると、決心したように言い放った。


「お前。明日から俺付きのの研究生になれ」


「は?」


 彼が何を言っているのか、私は意味が分からなかった。


「研究生、ですか?」


「そうだ。お前、あの王子様のせいでクラスに居づらくなってるんだろう?」


「それは……」


 私は思わず、言葉に詰まってしまった。

 確かにその通りなのだが、はっきり“クロードのせい”と言われて肯定していいものかどうか悩んだのだ。


「俺も、お前達に判定球の結果を告げるのに、もっとさりげなくするべきだったと反省している。まあお前の場合は、アリスの時から素行が悪くクラスメイトの心証がよくなかったというのもあるがな」


 そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。

 アリスの横暴の一番の被害者は、おそらく私本人であるからだ。


「お前の素性は調べさせて貰った。エリス・ド・ハーフィス……ハーフィス伯爵夫人で間違いないな」


 突然正式な名称で呼ばれたため、驚きで心臓が飛び出るかと思った。

 しかし考えてみれば、エリスという本名がバレた時点で、遅かれ早かれこうなることは分かっていたのだ。

 私はマティアスの言葉を一言も聞き逃さないよう、慎重に頷いた。

 研究生になれと提案してくれているからには、今すぐこの学園を追い出す気はないのだろう。

 私の肯定を見て取ったマティアスは、思った通り大きなため息をつきこそすれ前言を撤回したりはしなかった。


「お前がどうして伯爵家に戻りたくないか、それは聞かん。結婚にあれだけ拒否反応を示すくらいだ。おおよその事情は予想できるからな。だが、このまま寮の地下でクラスにも馴染めないまま暮らし続けろというのも随分と酷だ。そこで―――」


 一応私の部屋は地下ではなく半地下なのだが、同情してくれているようなので話の腰を折るのはやめておいた。

 最初に出会った時から手厳しかった彼が、私の境遇に同情してくれているというのは、かなり意外ではあったけれど。


「特別に魔法学の―――俺付きの研究生という扱いにしてやる。研究生というのはある分野で著しい才能が認められた生徒ににみ認められた身分で、他の授業には参加せず特定の科目にだけ集中して学習することをができる。本来は厳しい試験をくぐり抜けて貰わねばならないんだが、お前に関して言えば精霊が見えるという特殊能力を勘案して、特別に俺が推薦しておいてやろう」


「それは……」


 ありがたい申し出だ。

 私は魔法学が特に学びたくて学園に来たのだし、昨夜の食堂での騒ぎを考えると、今後まともに授業を受けることができるかどうかも怪しい。

 けれどなぜか、すぐに頷くことができなかった。

 どうも、話がうますぎるような気がしたのだ。

 このまま頷いてしまうのは、あまりににもマティアスの好意に甘えすぎなのではないか。

 そしてよく知っているわけでもない彼が、ここまでよくしてくれるからには何か思惑があるのではないか。

 度重なる困難で、私はすっかり疑心暗鬼になっていた。

 本当に信じていいのか。心の中でそんな疑念と戦っていると。


「あ―――、お前が俺を信用できないのも分かるが」


 濡れたくせ毛をガシガシと掻いて、マティアスは言った。


「正直に言うと、お前のその精霊と言葉を交わせるという資質が、俺の研究にどうしても必要なんだ。そんなことができるという人間に、俺は出会ったことがない。どころかこのモノクルなしで精霊が見えるというような人間にすら、な。つまり俺にとっては、お前は喉から手が出るほど欲しい人材というわけだ」


 突然内情を明かし始めたマティアスに、私は驚いて何も言い返せなかった。


「怒鳴りつけたりまあ色々あったが、アンタはアリスと違って学習意欲もありそうだ。なあ、俺の研究に手を貸すと思って、とりあえず研究生になってみたらどうだ。俺はお前の協力と引き換えに、最低限の衣食住は用意してやれる。まあ、伯爵家ほど贅沢な部屋を用意できるわけじゃないが―――」


「分かりました」


 膝に置いた手をぎゅっとにぎって、私は彼の言葉を遮った。

 マティアスがここまで言ってくれるのだ。恐いけれど、今は彼の言葉を信じてみようと思った。


『大丈夫だエリス。この男が何かしようとしたら、俺がすぐさま消し炭にしてやるからよ!』


『あら。私の服ができる前になにかしようとしたら、私だって溺死させてやります』


 左右から、サラとウィンがやけに物騒なことを囁きかけてくる。

 私は苦笑しながら、マティアスに手を伸ばし彼と握手を交わした。



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