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14 かみ合わない話


 全身ずぶ濡れになった私は、とりあえずマティアスに連れられ彼の教官室に向かった。

 正直教官室にいい思い出はなかったが、この姿のまま戻るのに寮は遠すぎる。

 それに私が大人しく彼に従ったのには、事情を聞かせろというマティアスからの無言の圧力も関係していた。

 といっても彼はいつもの恐ろしい顔じゃなくて、まるで少年のように目をきらきらとさせているのだが。


「それで、中庭に迷い込んで、そこを抜け出すために服を作る約束をしたと……」


 マティアスの服を借りて、それに着替える。

 裾から指先も出せないような大きなシャツだ。

 ズボンもゆるゆるぶかぶかで、まるで大人の服を着た幼子のような気持ちになる。


『別に、俺が迷わせようとしたわけじゃないぞ? アリスが勝手に迷い込んできたんだ。だからからかってやろうと思って……』


 できあがったばかりの服の裾を、気まずげにサラマンデルが引っ張る。

 そういえば彼には、本名ではなく妹の名前を教えていたのだった。

 けれどもうアリスではないことは、マティアスにだってバレているのだ。

 私は膝を折ってサラマンデルに視線を合わせると、できるだけ優しい声で言った。


「私もマティアス先生も大きな怪我はなかったし、気にしなくて大丈夫だよ。あと、私の本当の名前はエリスって言うの。嘘をついてごめんね」


『エリ、ス……?』


 首を傾げるサラマンデルに、こくりと頷く。

 すると彼が何か言おうとして、しかしその声は興奮した大声によってかき消されてしまった。


「お前は精霊の言葉が分かるのか!?」


 生乾きのくるくるの髪を振り乱して、マティアスが身を乗り出してきた。

 これには私の方が驚いて、少し後ずさりしてしまったくらいだ。


「え……言葉って、え?」


 頭に疑問符が浮かぶ。


「先生には、聞こえないんですか?」


 尋ねると、マティアスはわずかに悔しそうな顔をした。


「聞こえないもなにも、普通は精霊を目にすることすらできないんだぞ? お前のように精霊を見て、その声を聞ける人間の方が特殊なんだ。ああだから判定球で視た時―――」


 そのままブツブツと、彼はなにやら考え事を始めてしまった。

 話の途中で放り出される形となった私は、目の前のサラマンデルと顔を見合わせる。

 マティアスの大声に驚いたようで、彼もぽかんとした顔で首を傾げていた。


 ―――人の形をした、けれど決して人ではないもの。


 あんな爆発を引き起こすような恐ろしい相手のはずなのに、そうしている姿はどこか可愛らしくて顔が緩む。


『それで、私の服はいつ作ってもらえるの?』


 その声に、私ははっとした。

 そういえばサラマンデルだけではなかったのだ。

 後から現れたウィンと呼ばれた精霊。水のように透き通った体と、魚のヒレのような形をした下半身を持つ。


『改めて、私の名前はウィンディーネ。ウィンと呼んでちょうだい』


 そう言うと、彼女は艶然と笑った。

 小さくそして透き通っていても、表情が分かるのが不思議だ。人間と違って白目のないその目は、紫水晶のような小さいがとても神秘的な色をしていた。


『ウィン! 先にエリスを見つけたのは俺だぞ!』


『あら? 真名すら教えてもらえなかったくせに、何言ってるのかしら?』


 ウィンにあしらわれ、サラマンデルが悔しそうにしている。

 私は慌てて、二人の間に割って入った。


「本当の名前を言わなかったのは、サラマンデルを信用してないとかじゃなくてちょっと事情があって……。ごめんなさい」


 私が謝ると、サラマンデルの引きつった顔がそっと緩む。


『じゃあ、俺のことはサラって呼んでくれよ。エリス』


「うん。サラ、よろしくね。私の作った服、気に入ってくれたみたいでよかった。大きさきつくない? 苦しかったりしない?」


 尋ねると、サラはまた不思議そうな顔をした。


『大きさなんて、体を合わせればいいだけだろう? 俺たちは形を変えられるから』


 そういったかと思うと、彼の体は瞬く間に燃えさかる炎になった。

 私は驚いて後退る。

 炎はそれから空中でわっかの形になったり、かとおもうとマティアスと同じぐらい大きい人間の形になったりもした。

 彼の服は空中に浮かんだままで、しかし不思議なことにちっとも焦げたりしないのだ。

 唖然としたままその炎を眺めていると、しばらくしてサラは元の人形のような大きさに戻った。

 彼は私の服の中に潜り込むと、再び手で叩いたりして服の感触を確かめている。


『やっぱり、エリスの服は凄い! 俺の炎でも焦げ一つないぞ!』


 サラの言葉に、私はもっと驚いてしまった。


「え? この服が焦げなかったのは、サラが手加減してくれたからじゃないの?」


 しかし彼は、大きく首を横に振る。


『そりゃあ熱の加減ならできるけど、こんな風に焦げを一つもつけないなんて無理だよ。エリスの着てた服だって、すぐ近くで爆発したのになんともなかっただろ?』


 そう言われてみれば、マティアスの顔はすすだらけだったのに私の服は水にぬれこそすれ焦げたりはしていなかった。

 はっとしてマティアスの着ていた白衣を見ると、焦げたり汚れたりでひどい有様になっている。


「どういうこと……?」


『つまり貴女は、太古の人間の性質を受け継いだ希有な人間と言うこと』


 腕組みをしたウィンの言葉の意味も、私にはよく分からない。


「太古の、人間……?」


 どういうことだろうと不安に思っていると、それまで自分の世界に入り込んでいたはずのマティアスが突然大声で叫びだした。


「一人で話をするな! 俺も仲間に入れろ!」


 その態度はまるで、仲間はずれにされた子供の癇癪のようで、私は思わず肩から力が抜けてしまったのだった。


 

 


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