13 ずぶ濡れの夜
『やっときたかー!!!』
サラマンデルは強い光を発しながら、くるくると踊るように下りてきた。
その顔は喜色満面。
どれだけ心待ちにされていたのかが分かって、私は状況も忘れて嬉しくなってしまった。
「な、なんだ!?」
呆然と立ち尽くすマティアスの手から、サラマンデルが服を奪い取る。
赤いサテンの服を振り回し、彼はとても楽しそうだ。
しかしいざ服を身につけようとすると、勝手が分からないのかあっちを引っ張ったり体を無理矢理ねじ込もうとしたり四苦八苦している。
「サラマンデル。そうじゃなくて、ここをこうして……」
私は立ち上がると、彼の着替えを手伝ってあげた。
流石に前開きのシャツなどは細かすぎて無理だったので、人形用の服のように背中で留めるようになっているのだ。
彼が服の中にするりと滑り込むと、私は最後の仕上げとばかりに背中のボタンを留めてやった。
赤い光沢のある上下に、ボタンを隠すためにつけた黒のマントがよく似合う。
目算で作ったがサイズにも大きな違いはなかったようで、その服は彼によく似合っていた。
『すごいな! ぴったりだ!!』
どうやら満足してもらえたようで、サラマンデルは火の粉をほとばしらせながらくるくると踊る。
陽はすっかりおちて夜の闇が下りた中庭に、彼が踊る姿はとても美しかった。
そうして、私がすっかりそれに見入っていると。
「エリス!」
そう言いながら、マティアスが私の両肩を逃がさないとでも言うようにがっしりと掴んだ。
「お前はアレが見えているのか!?」
「あ、アレですか……?」
驚いて、そう返事をするだけで精一杯だ。
人間達の様子に構わず、サラマンデルは喜びの舞を続けている。
「あの火花を散らしている、精霊だ! 妖精か? いやしかし……とにかく、お前はアレが見えているんだな!?」
すぐ近くで怒鳴られたので、耳が痛いくらいだった。
今までマティアスに嫌みを言われてことはあっても、こんな風に大声を出されたことはないので驚いてしまう。
けれど私より、彼の驚きの方が何倍も大きいようだった。
「見えているもなにも……マティアス先生もご覧になっているんですよね?」
「俺に見えているのは、あちこち飛び回る服を着た火の玉だけだ! それも、この魔法具のモノクルで視野を強化して、ようやく見ているに過ぎない……けれどお前は、あの火の玉をサラマンデルと呼びあまつさえ服を着せた。ということは、お前はあの火の玉が人型に見えているというのか?」
矢継ぎ早にまくし立てられ、私はその情報を整理するだけで精一杯だった。
(マティアス先生には、見えていないの? サラマンデルの姿が……)
改めて踊る光の中心に目をやれば、そこには確かにエリスの作った服を着たサラマンデルがいる。
小さいが、初めて見たときと同じように人間と同じような姿形なのは間違いない。
『お前! アリスをいじめるな!』
こちらに気づいたサラマンデルが、猛然とこちらに向かってくる。
そして彼は二人の顔の間に割り込むと、爆発した。
加減はしてくれたらしいが、驚いてお互いに尻餅をつく。
熱くはなかったが、それはサラマンデルが力を加減したかららしい。サラマンデルの向こう側で呆けた顔をしているマティアスは、顔が汚れ髪が少し焦げていた。
「サ、サラマンデルやめて!」
私はマティアスに駆け寄り、ハンカチを出して彼の顔を拭った。
「せ、先生! ひりひりしますか? 急いで冷やさなくちゃ!」
怒られるかもしれないという危惧は、すっかり頭から消え失せていた。
それよりも今は、急いでマティアスの顔を冷やさなくてはいけない。
水場はどこだろうと辺りを見回すと、青い小さな光が近づいてくるのに気がついた。
『はあい。冷たい水がご入り用?』
それはサラマンデルとよく似た、しかし水のように透き通った体をした何かだった。そしてサラマンデルと決定的に違っているのは、その下半身に魚のようなヒレがあることだ。
しかし、今は驚いている場合じゃない。
こくこくと頷くと、彼女はうっとりするような美しい微笑みを浮かべて言った。
『私にもサラみたいな服を作ってくれるなら、今すぐお水を出してあげる。いくらでもね』
「作るわ! だからお願い!」
私がそう言うと、まもなくぽつぽつと雨が降ってきた。
それはやがて大雨になり、息もできないほど強く私達に降り注ぐ。
『やめろウィン!』
少し光が弱くなったサラマンデルが叫ぶ。
『あらサラったら、いたの?』
小降りになった雨の中で、答える声音はとても楽しそうだ。一方でサラマンデルはといえば、顔を歪めて雨を吹き飛ばすような熱風を発生させる。
どうやら同じような姿をしているからといって、仲がいいというわけではないらしい。
二人のやりとりにすっかり気を取られていたが、今はそれどころではなかったのだとはっとする。
慌ててマティアスが座り込んでいた場所に目を落とせば、彼は唖然としながらサラマンデルと雨を降らせた精霊を見上げていた。そのクセのある髪は雨でぐっしょりと濡れ、すす汚れが落ちた代わりに今度は冷えて真っ青になっている。
「先生! 大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄るが、彼は私の相手をするどころではないらしい。
「すごい……精霊が二柱も! 魔法具も使わずこんなに凄いことができるなんて……俺は夢でも見ているのか……」
その声には隠しきれない喜色があり、よく見れば見開いた目には子供のような輝きが宿っていた。
とりあえず、痛がっている様子はないから大丈夫なのだろう。
そう思ったら、どっと疲れが襲ってきた。
私はどうしたものかと思いながら、ずぶ濡れの自分の体を抱きしめてため息をついたのだった。
久しぶりの更新で評価してくださった方々ありがとうございます
完結できるよう頑張ります!




