11 追い込まれました
大変お待たせしてしまい申し訳ありません
寮に戻ると、先ほど一緒だった生徒たちからの詮索の視線が再び突き刺さった。
ついこの間まで伯爵家で誰にも相手にされない生活を送っていたので、こうして注目を集めてしまうことにどうしても慣れない。
「ようやく戻ってきたのね。アリス・ド・ブロイ」
代表のように声をかけてきたのは、昨日と同じゴージャスな美少女だった。
長い髪に沢山のリボンを巻いた彼女だ。名前は確か、ナターシャと言ったか。
勿論彼女の周りには、昨日と同じように取り巻きの女生徒達が立っている。
「それで、呼び出しの内容はなんだったのですか? どうしてあなたと殿下が、一緒に呼ばれたりするのです」
不快感を隠そうともせず、彼女は言った。
そのせいで教官室でのやりとりを思いだしてしまい、どうしようもない倦怠感が襲いかかってくる。
「それは……」
「それは」
クロードとの結婚が予言されたなどと、クロードの婚約者候補を公言してはばからない彼女に言えるはずがない。
私は言葉が出なかった。
何を言っても相手を怒らせてしまう気がして。
「早く答えなさいよ!」
「ナターシャ様がお聞きになっているのよ!?」
「生意気な目つき! ナターシャ様にご不快な思いをさせた非礼を詫びなさい」
彼女たちが子犬のようにキャンキャンと騒ぐごとに、ざわざわと食堂にも不穏な空気が満ちていく気がする。
どう答えれば彼女たちと事を荒立てずにすむのだろうか。
私は別に、彼女たちと仲違いしたいわけじゃないのに。
「―――そのくらいにしておけ」
その時だった。
さほど大きな声ではないのに、よく通る声が食堂に響いた。
生徒達が道を空ける。
そこに立っていたのは、さっき別れたばかりのクロードだ。
しかし彼の後ろには、先ほどはいなかった例の眼鏡の男子生徒が立っていた。
なぜか彼は、青ざめた顔で私のことを睨みつけている。
時が止まったように硬直した生徒達の間をするりと抜け、クロードは私の手を取った。
それはまるでダンスを踊るような軽やかさで、抵抗する暇もないほどあっという間の出来事だった。
「非礼を改めるのはお前の方だ。ナターシャ・ヴァルギス。我が婚約者殿への態度を改めて貰おうか」
あろうことか、クロードはにっこりと笑みを浮かべてそう言い放ったのだ。
一瞬、息ができなくなるような衝撃を感じた。
それは女生徒達も同じだったようで、全員が目を大きく見開き、唖然とした様子でこちらを凝視している。
「殿下、今……なんと……?」
「アリス・ド・ブロイと、婚約したと言ったのだ。皆もそのつもりで彼女と接するように」
「殿下! やっぱりわたくしは―――」
眼鏡の生徒が、口を挟もうとする。
しかしそれよりも先に、私の精神が限界を迎えた。
私は強引にクロードの手を振り払った。
体が震え、鳥肌が立っている。私の男性不信はここにきて決定的になったようだ。
「結婚なんかっ、しません!」
そのまま、私は食堂を走り去った。
お腹はとても空いていたが、それ以上あの場に居るのが耐えられなかったのだ。
そのまま走って寮の部屋に戻ると、ガチャガチャと乱暴に鍵を閉めた。
自分がどれほどの非礼をしたか、今はそんなこと考えられなかった。
ただ鼓動が子ウサギのように飛び跳ねて、頭の中はサラダボウルをひっくり返したようにぐちゃぐちゃだ。
ただうっすらと分かるのは、これで二度と憧れていた学生生活は送れなくなるだろうなということだった。
入れ替わりがバレなくとも、公の場でクロードに恥をかかせたのだ。
退学だけですめばいいが、最悪実家のお取り潰しさえあり得た。
ぞぞぞぞと、悪寒が背筋を駆け上がっていく。
(どうして、何もかもうまくいかないんだろう。私はただ、一人で静かに暮らしていきたいだけなのに……)
もう悩むのにも疲れてしまって、私は大きなため息をついた。
今日は涙を流しすぎたので、悲しいような気もするがぼんやりとして涙も出てこない。
そして現実逃避をしようとしてふと、森の中で出会ったサラマンデルのことを思い出した。
洋服をほしがっていた彼。
学校を追い出される前に、彼との約束は果たしておきたい。
私は考えることを放棄して、余っていたボロボロのドレス達をあさり始めた。
ドレスがボロボロなのは経年のせいではなく、おそらくはナターシャ達によって使い物にできないようにされたものたちだ。
プライドの高いアリスに、学園はさぞ耐えがたい環境だったに違いない。
―――姉の夫を寝取って、その寝室に入り浸るほどには。
妹のことを考えても、もうあまり腹が立たない自分を不思議に思いながら、エリスはサラマンデルの服作りに熱中していった。




