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01 お父様へ



 拝啓、お父様へ。


 こんなこととてもお手紙にはかけないので、脳内で語りかけるに留めたいと思います。

 うん。言えるはずないですわ。


 ---夫を妹に寝取られただなんて。


 あなた方両親が蝶よ花よと甘やかして育てた妹は、十六歳にして姉の恋人を寝取るような娘に育ちましたよ。

 つきましては私の心の痛みの代償として、あなた方にも慰謝料を請求したい。

 私ばかり長女だからって厳しく育てて、どうして妹はわがままで無邪気、天然っぷりが愛らしいとかいって常識もない娘に育てられたのですか?

 姉の夫を寝取ってはいけないなんて、教える必要もないほど当然してはいけないことのはず。どころか未婚の娘が姉の夫とはいえ男性と二人で会ってはいけないようなご時世に、どうして最低限の倫理観も植えつけてくださらなかったのですか?

 これが妹のことじゃなかったら私は正々堂々と裁判所に訴えでて、ちんけな男爵家なんて妹もろとも没落させたところです。

 いいや、本当は実家だからって構いはしない。あなた方もろとも妹を没落させたい。断頭台へ送りたい。


 けれどそれは許されないのです。

 世間的に許されることではないのです。

 私は家の恥を外へ知らせぬために、妹と夫の密会を守るただの使用人に成り下がるほかないのです。

 夫に買い与えられた装飾品を、うれしげに私に見せびらかす妹。

 夜会にだって、妹が私の名前を偽って出席している始末。

 馬鹿馬鹿しいですわよね。

 結婚することが貴族の娘の務めだからと、私は学校へ通うことも許されなかったのに。

 王都の学校へ入学した妹は、勉学などそっちのけで朝夕夫の寝室から出てこない日もあります。

 夫も妹も、そして父も母も夫の両親も、みんな馬鹿です。

 ということで私はその馬鹿どもに飽き飽きしておりまして、つきましては家を出ようと思います。

 お前に行き先なんてあるのかって?

 大丈夫。

 しばらくは、妹がほったらかしにしている彼女の学校の寮に転がり込むつもりです。

 彼女と私は年が一つしか違いませんし、顔もそこそこ似ているのでどうにかなるでしょう。

 それを利用して彼女は夜会に出席しているわけですし。

 そして学校を卒業したら、私は正式に離婚して、自分のお給金で生きていける女性になりますわ。

 そのときにはもれなくあなた方両親とも縁を切るつもりでおりますので、働く女がはしたないといわれても何も気にならないのですわよ。

 厳しくしつけたはずの長女が、婚家から家出するような薄情者でざまーみろです。



  ***



 朝が来た。

 夜中に転がり込んだ寮の部屋は、ほこりっぽくて私を驚かせた。これは妹が逃げ出すはずだ。うまく言って案内を頼んだ管理人の態度も悪かった。それは真夜中に案内を頼んだ私が悪いのだけれど。

 窓は東側についているので、朝日がとてもまぶしい。

 そしてその光によってつまびらかにされた部屋の様子によって、私は更に驚いてしまった。

 昨日まで暮らしていた伯爵家の、使用人部屋よりも狭い部屋。

 ほこりっぽいのもさもありなん。部屋の中には意味不明なものが多数おかれていて更に部屋を狭くしていた。使っていない絨毯。描き損じらしい壊れたキャンパス数枚。切り裂かれたドレスの残骸、エトセトラエトセトラ。

 本当にこの部屋があの妹の部屋なのでしょうか?

 彼女の無邪気に見えて意外に高いプライドが、この部屋の有様を許せるとはとても思わないのだけれど。

 そう思いつつ、私は授業に出るため身支度を整えた。

 いや、整えようとした。

 収納されず山積みになった衣服の中から、制服を探す。

 王立学校の制服は、町場では憧れの的だ。

 私もその例に漏れず、華美ではないが直線を多く用いた先鋭的なデザインに、胸をときめかせていた。

 ところが。


「なに、これ……?」


 妹の私服と思しき衣類の山から発掘されたのは、元があのお洒落な制服とは思えないような切り裂かれた布片だった。

 かろうじて特殊な染色技術が使われている臙脂色から、そうかもしれないと判定できた程度である。


「これって、どうしたらいいのかしら?」


 入れ替わり初日から困難にぶち当たり、私は頭を抱えたくなった。

 お父様。どうやら妹は私が思っていた以上に、トラブルメーカーだったようですわ。敬具。



 

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