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死んだ後

 本当に呆気無く死んでしまったなと、一二三ひふみ 零央奈れおなは自分の人生を振り返っていた。

 地上に注ぐ月明かりはなく、代わりに降り続けているのは大降りの雨粒。くすんだ光を放つ電信柱の街灯が、際限なくアスファルトに叩きつけられ、白く散っていくそれを映し出す。明かりに照らされた空間の周りは何も見えない。水が飛び散る音が空間に延々と弾け続けている。雨の匂いすら、自ら洗い流していく。

 ――まさかこんな場所で、こんな理由で殺されるなんて、人生ってそんなに脆いものだったのか。

 レオナは先刻から降り出した雨に体温を奪われていく感覚を覚える。うつ伏せの顔が、流れ行く先のない水溜まりに段々と浸り始めていた。

 ――特に何の気なしに、クラスでイジられてた奴を庇ったらイジってた奴に変に目、付けられて。帰り道でストーカーみたいに後を付けてきたかと思うと何でかバットは持ってたし。身の危険感じて叫んだら、動転した相手に、本気で頭を殴られて……撲殺だ。頭蓋骨が割れて、へこんで、激痛と吐き気と共に平衡感覚が狂って。受け身も取れるわけなくアスファルトに顔から倒れこんで。

 ――薄っぺらいもんだ。


「……おい」

 レオナの耳に誰かが呼びかけてくる声が届いた。死んだ後の世界があるってのは本当だったのか、とレオナはぼんやり思う。

「おい、目を開けろ」

 目を開ける? もう死んでいるのに? レオナは半信半疑で、目を開けた。

 土砂降りの雨で濡れ、街灯に照らされる黒い道路が視界を埋め尽くしている。紛れも無く、バットで殴られ倒れたその場所だ。

 生きている……?

 レオナは恐る恐る、冷えきった手を後頭部にやる。しかし陥没した様子も、痛みもない。殴られたのは夢だったのか、どういう事なのか良く分からないまま、上体を起こす。水を吸って吸って飽和して、水気をたっぷり含んだ制服が重い。

 良く考えたら、死んだにも関わらず体温を奪われる感覚なんて味わうわけもないよな、とレオナは芯まで冷えた身体を震わせた。

「おい、いつまでそうぼんやり座ってるんだ。お前の身体は完全に治っているぞ」

 最初に呼びかけてきた声、それはレオナの背後から飛んでいた。鼓膜を震わせ続ける豪雨の中でもはっきり聞こえたその声の主を追って、レオナは座り込んだまま振り返る。

「なにきょとんとした顔をしている。感謝の言葉でも言ったらどうだ。私がお前を生き返らせたんだぞ?」

 その真白な身体はほとんどが露わとなっていた。包帯のような細い1本の布で胸や最低限の部分を巻き隠し、腕や腿に粗く巻き付かせている――大雨の中、屋外で、少女の顔付きをしたそれは。

「これからお前は、自分自身の為に……そして私の為に、存分に"踊って"もらうぞ」

 背後で眩い稲光が落ちる中、それは雨露を滴らせる銀色をしたショートヘアの下で、吸い込まれそうなほどに真っ黒な瞳を光らせながら、レオナを見下ろしていた。

 レオナは少女のようなそれに対して、どう声をかけていいか分からずに何度か口だけ動かした後、

「あ、あの、どちら様でしょうか」

 とぎこちなく問いかけた。見た目は少女だったが、敬語を使わないといけないような、そんな雰囲気を感じていた。それに。

 ――普通の少女がこんなおかしな格好を堂々と、雨の中仁王立ちで出来るわけがないし。

 レオナは状況が掴めなさすぎるせいで、変に頭が醒めているようだった。

「はは、なんだその口調は。折角こんなか弱い姿をしてやってるというのに、そんなに改まられては意味がないな?」

 ひた、と何も履いていない足を一歩レオナの方へ踏み出しながら言葉を続ける。

「私の名はアイン。お前に分かりやすく言うとしたら、私は死神だ」

 胸に手を当て、自己紹介をするアインに対し、レオナはくしゃみで返事をした。

「……おい、のんきな奴だな。命の恩人の前で」

「すみません……けど生理現象には勝てなくて」

 半ば呆れたような様子のアインの前で、レオナはぶるっと寒さに身体を震わせ始めながら鼻水をすする。すすりながら、自分が普通に生きている事を改めて感じた。

「人の身体とは弱々しいものだな。お前にはいくつか話をしたい所なのだが」

「とりあえず家に帰らせてください……そこで話は聞きますから」

「お前、誰に命令しようとしている? 私は死神だぞ」

 アインはすごみを効かせた声でレオナを見下ろしながら、見下しながら答える。しかし少女の姿をしたそれに、レオナは圧倒される事はなかった。精神的には多少堪えたが。

「分かってない、ようだな?」

 アインはそう呟いたかと思うと、へたり込んだままのレオナに近付きながら腕を振りかぶる。と共に、うるさいくらいの雨音の中でその腕がめきめきと音を立てて肥大化し、凶悪な程鋭い爪を形成し、街灯は禍々しいシルエットをアスファルトに映し出す。レオナはその腕が一瞬視界に入ったが、あまりに唐突で現実離れしていて、後ずさりもできない。

 雨粒が切れる音がした。

 アインの爪がレオナの腹部に突き刺さった。

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