一章三節 無能力者
「無能力者」
これは、「能力」を無いものを指す言葉では無い。
「能力」を機械で測るときに、能力の強さが微弱すぎてデータを取れないものを意味する。
「弱能力者」よりも弱い彼らは、良いように言って普通の人間、悪いように言えば、ただの役立たずだった。
「能力」なしでは生活出来なくなった世界では、戦うことは勿論、エネルギーの変換もまともにできない彼らを人々は、「不良品」と呼んでいた。
だが、子供たちの間では、「無能力者」の立ち位置は違っていた。
戦うこともしなくていい、エネルギーを吸い取られることも無い。
そんな「無能力者」は憧れの的だった。
けど、それも長くは続かなかった。
ある「無能力者」の子供が、偶然耳にしたのは自分の両親の自分に対する評価だった。
それは、低く冷たい声で、相手を恨むように放たれた。
何故私の子供は「無能力者」なんだ…。
その子供の親は、「能力」が人々にもたらされるまでは、化学燃料に代わる新しいエネルギーを探し出し一儲けしようと考えていた。
そんな矢先、世界が変わり「能力」があることが当たり前になった世界になった。
その親は、「能力」こそが新しいエネルギーだと考え、自分の子供を作ることを決めた
無事に男の子を授かり、その子供が三歳を迎えた時、実験は始まった。
しかし、何度実験を繰り返しても新たなエネルギーを得ることは出来なかった。
理由は、子供が「無能力者」だということだった。
親は、エネルギー開発に失敗し苛立っていた。そして、その矛先は「無能力者」である自分の子供に向けられた。
あいつのせいで、あいつさえ生まれなければ。
その時からその親は、自分の子供を子供とは思わないようになっていた。
時を同じくして、「無能力者」ではない家庭でも「子供が「無能力者」じゃなくて良かった」と、「無能力者」を蔑んでいた。
親の言葉を聞いた子供達は、それぞれ変化を見せた。
「無能力者」ではない子供は、「無能力者」に関わらなくなった。
当然「無能力者」の子供は、何故自分を遠ざけるのか、と疑問を抱いていた。
そしてある日、思い切って聞くことにした。
その問いの答えは、「お前が「無能力者」だから」
少し前まで、あんなに慕われていたのに、何故こんなに蔑まれるのか?
その感情は、抑えることが出来ず「無能力者」の子供は、相手に殴りかかった。
しかし、これが「無能力者」は「不良品」ということを確定させてしまう。
相手を傷つけるために殴りかかった子供は、逆に全身に傷をおった。
「能力」によって、体を引き裂かれ、火傷を負わされ、決して少なくない本数の骨を折られた。
「無能力者」は「能力者」には勝てない、そんな絶対の現実が決まった瞬間だった。
その後、人々は「無能力者」を守るために、「無能力者」と「能力者」それぞれに法律を作った。
「能力者」が世界の中心で、「無能力者」は何もしなくていい。そんな法律が。
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春樹の発言により、その場はどうしようもない重い空気になりかけていた。
そんな空気になるのを阻止すべく、麻姫が口を開いた。
「春樹、裏音にそれを言うのはちょっとどうかと思うよ」
麻姫は、気をつかって「無能力者」という言葉使わなかったのだろう。
けれど、そんな麻姫の気遣いが俺は心に刺さった。
三人の時は一度も「無能力」や「無能力者」という言葉は使われていなかった。
意図的に避けていたのか、偶然なのか、はたまた俺がその言葉を使われるのを恐れて無意識に話題を変えていたのか。理由は分からなかった。
しかし、今日その言葉が使われた。
今日を境にこの関係が壊れるのだけは避けたかった。
しかし何か言わなくてはと思うたびに、口から出るのは浅い吐息だけだった。
フォローしたはずなのに黙っている俺を見て、麻姫も何も言えずにいた。
そのまま時間がゆっくりと流れていき、言葉を出すタイミングを完全に失ったその時、
「「無能力者」でも「能力者」でも裏音は裏音だろ?」
言葉を出したのは、 件の発言をした春樹だった。
「それよりさ、宿題終わってないから見せてくんない。よく分かんなくてさ」
今さっきまでの問題が、あまり大したことのないように春樹は言った。
俺たちは、困った時はいつも春樹に助けともらっている。
小学生の時も麻姫が、お気に入りの服を汚して泣いていた時、春樹は泥に飛び込んで「おそろい!」と言った。俺と麻姫は、それを見て笑った。
春樹は、麻姫の涙を止めるためにやったのかと思えば、すぐに別のことに興味を移していた。
春樹は、助けているとは思っていないかもしれないが、俺と麻姫は春樹にとても感謝している。
そんな春樹は、次の目的を達成するため、どんどん歩いていく。そんな春樹の隣に立つために、俺は歩き出した。
その時、
「ごめん」
麻姫が呟くように言って春樹の方に走っていく。
これも俺たちの関係では当たり前だ。
麻姫は、自分が悪いとわかるといつも俺だけに謝る。そして助けてくれた春樹には、何も言わずただ無言で暴力を振るうのだ。
「いてぇ!麻姫またやりやがったな!」
麻姫のチョップが春樹を捉える。
その光景を見た俺は、いつもと変わらないこの関係が、いつまでも続けばいいなぁとそう思った。
同じ気持ちだったのか、春樹と麻姫の顔も少し微笑んで見えた。
三人は、桜並木の並ぶ道を真っ直ぐに歩いた。