一章二節 三人の違い
春樹と一緒に、何気ない話をしながら歩いていると道の左右に桜が見えてきた。
いわゆる桜並木ってやつだ。
この町の桜並木は、有名らしく観光客も多いらしい。
曖昧なのは、毎年のように見るからだろう。
地元の特産品や観光地なんて特に凄いと感じないのと同じだ。
要は見慣れてしまっているのだ。
そんな地元の人は、興味も持たない桜並木にはしゃいでいるやつらが二人。
一人は、母親と一緒に歩く幼稚園ぐらいの子供だ。
そしてもう一人は、
「めっちゃ桜咲いてるじゃん!すげぇな!」
隣で歩いていた春樹だった。
こいつは、別に今日初めて桜を見たとか、桜が超好きとか、桜王国の桜大使とかではない。
生まれも育ちもこの町だし、去年も俺と桜を見たし、好きな花は菊の花だ。
そんな春樹は、自分の中だけでは感動を抑えきれないのか俺に話しかけてきた。
「 裏音見てみろよ、桜だぜ!」
「お前毎年見てんのに飽きないのかよ…」
「綺麗なものは何回見たって飽きないだろ? 」
「少なくとも俺はこの桜に何も感じないけどな…」
俺の返答に満足できないのか、春樹は粘り強く説得しようとしてくる。
「お前は何でこの素晴らしい思考が分からないんだ。いいか、綺麗なも…」
不意に春樹の言葉が途切れる。
人の言葉が途切れる理由はおそらく二つだろう。
一つは、喋ることよりも優先する事が出来た時。
もう一つは、他人から喋れない状態にされた時だ。
今回の場合は後者だ。
そしてその方法は飛び蹴りだった。
3メートル程吹っ飛んで、春樹が地面にダイブする。受け身なんて全く取れないまま突っ込んだので、骨折ぐらいしてるかもしれない。
友人の強制ダイビングの末路を冷静に判断した俺は、飛び蹴りを食らわせた本人に声をかけた。
春樹と同じく友達の遠田麻姫に。
短い髪をいじりながら彼女はつまらなそうに立っていた。
「麻姫久しぶりだな」
春樹を蹴り飛ばしたことについては触れないで俺は話しかけた。触れたところで横たわる死体が一つ増えるだけだからだ。
麻姫は 、信じられないものを見たかのように俺に話しかけてきた。
「裏音、あんたボケたの?春休み前に会ったばっかりじゃない」
こちらの身を案じて麻姫が言ってくる。
「親友に三日以上会わなかったら、それはもう久しぶりって言うんじゃないか?」
「あんたもそこに転がってるバカと一緒で、変な自論持ってるわね」
少し引き気味で麻姫が言った。
するとそこに転がっていたバカが起き上がった。
「痛えな麻姫何すんだよ⁉︎ それと裏音何で麻姫は親友なのに、俺は親友じゃないんだよ‼︎ 昔からこの三人で遊んでんのに!」
春樹が、怒りを周りに振りまいている。
起き上がって人に文句を言えるなら骨は折れてないだろう。
「ちっ」
麻姫の舌打ちが聞こえた。
俺に聞こえたってことは隣のバカにも
「今舌打ちしやがったな⁉︎」
勿論聞こえていたようだ早速文句を言っている。
それに対して麻姫は、
「あんた丈夫だね。骨折るつもりでいったのに」
と悪びれる様子もなく言った。
「バーカお前の蹴りぐらいで俺の骨が折れるかよ、ゴメンマジすいませんでした。ちょっ、裏音見てないで助けて」
調子に乗って麻姫の怒りを買った春樹が、助けを求めてくる。
俺は、春樹が殺戮されていく場所から目を逸らした。
「裏音さーんマジでやばいやつだから‼︎ 死んじゃうよ俺死んじゃうよ」
猛獣から人を助けられるのは武器を持ったやつだけだ。あいにく今俺は武器の類は持っていない。
いや一つだけあった。
仕方ないから春樹を助けてやるために俺はその武器を振るった。
「麻姫ってさ任務の帰りだよね」
その言葉に麻姫がピクりと反応した。
「何で俺達の所に来たの?普通の女子ならまずガールズトークとやらに花を咲かせるんじゃないの?」
既に麻姫の殺戮の手は止まっている。
しかし俺は攻撃を止めなかった。
「もしかして女友達いないの?」
その言葉を聞いた途端麻姫が目に涙を浮かべた。そして精一杯の反論をしてきた。
「い、い、い、いるし! 友達の友達の鈴木さんって子が‼︎」
「ふーん、友達の友達ねー。」
ここで納得してしまえは麻姫は立ち直ってしまう。だから俺は麻姫の心を折りにいく。
「友達が友達の友達ってさ、その友達の友達を紹介してくれた友達とは仲良くやってんの?あと友達っていう割には苗字にさん付けで呼んでるの?」
麻姫が、何か言おうとしているが反論が思いつかないのか口をパクパクさせている。
「実際、鈴木さんを紹介した友達に話しづらくなって、鈴木さんに話しかけたけど、鈴木さんは友達の友達だったお前にそんなに興味なくて、何となく避けられてると思いながら話してたけど、今回の長期任務で時間が空いたこともあり、鈴木さんがこの期に及んで他人の振りして自分と話してくれないんじゃないかって思って会いに行けないってとこだろ?」
もはや反論する余地もない程に叩きのめされた麻姫は、限界を迎えて泣き出した。
「そこまで言わなくてもいいじゃない。私だって好きで友達がいない訳じゃないのに。いつも友達になれそうって所で任務とか入るんだから仕方ないじゃない。私だって友達が欲しいわよ。」
これが麻姫の弱点だ。女友達がいないことをいつも気にしていて、それに触れられると今みたいに泣き出してしまう。
「サンキュー裏音マジ助かったぜ」
一人の少女の涙と引き換えに助かった春樹が話しかけてくる。
「お前もいい加減にしとけよ。麻姫は「強能力者」なんだから」
「強能力者」とは強い能力者の安易な略称だ。ちなみに弱い能力者は、「弱能力者」と呼ばれている。
そして、 麻姫は「強能力者」と対戦試験の合格者から為る組織のメンバーだ。
春休み中はずっと任務で魔獣と戦って今帰っきた所だ。
対戦試験に合格したい俺にとっては麻姫は先輩のような立ち位置だ。
「大丈夫だって「強能力者」には難しい規則とかあって俺達「弱能力者」には本気で能力使えないんだから」
春樹の言う通り「強能力者」には絶対的な規則がある。
まぁそれは「強能力者」に限られた話ではないが…。
「でも一度でいいからド派手に能力使ってみたいな〜。俺の「電気」の能力も強くなったら雷とか落とせるんだろうなぁ〜。今のままじゃイタズラ程度にしか使えっこねぇしな〜」
するといつの間に立ち直ったのか、麻姫が話に入ってきた。
「そんな事考えちゃダメだよ!「強能力者」になると魔獣と殺し合いだよ。いつ死ぬか分かんないんだよ!」
「大丈夫だって俺が「強能力者」だったら魔獣なんて一捻りだぜ。」
冗談なのか真剣なのか分からないような感じで春樹が言った。
一方裏音は、麻姫の言葉には改めて自分の進もうとしている道が厳しいものだと再確認していた。
恐らく、裏音が麻姫の所属する組織に入れば世界中のニュースになるだろう。
それは裏音の持つ能力が戦闘に不向きだからなどと言う理由ではない。
そもそも裏音には、
「でも凄いよな裏音は」
春樹が裏音に話しかける。
「何回も諦めないで対戦試験受けてさ」
裏音には、
「「無能力者」なのにな」
能力がなかった。