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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第六章 一番の敵はどこにいるか

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貸し倉庫へ

 でも、不思議なことに怖くはない。

 何とかなるような気がしてならない。

 自分でも解らないけれど、ノーマンが北部に連絡をしてくれれば何もかもうまくいくような気がしていた。

 多分、それだけ彼らを――北部の局長やマチルダ、エリザベスたちを信頼しているということなんだろうか。


 隔離室の扉は、わたしがどうやっても開けることはできない。その壁の奥に感じる魔法の力はあまりにも厚い。わたしがくーちゃんの檻にかけた魔法のように、おそらく何重にもかけられている。

 でも、わたしなんかの魔法よりももっと複雑で、そして複数の人間によってかけられているはずだ。触れるとこちらが混乱するくらい、奇妙な力を感じる。古代言語なのは間違いがない。

 レティシアにも壊せなかった壁。

 多分これは、神殿の巫女や神官によるものなんだろう。

 あまりにも分厚い魔法の壁に覆われて、この中で行われていた魔法の力すら外界には遮断するだけの力があったということ、か。


 やがてわたしは、隔離室の中に存在する『何か』の気配を追う。

 それは、一か所にとどまったまま動かなかった。先ほど、割れたガラス瓶を片づけてどこかに持っていった後、部屋の隅に立っているようだったけれど、完全に意志を持たない人形のように思える。

 声をかけたらさっきのように反応するのだろう。目をこらせば、透明な肉体がそこにあることは解る。僅かに空間が歪んでいるのも見て取れる。

 耳を澄ませば、本当に少しだけ呼吸音らしきものが聞こえてくる。

 ふと、思う。

 『これ』は、呼吸という行為すら不要なんじゃないかって。

 『これ』を造ったのはレティシア。

 レティシアは、身体のどこかを切断されても再生する肉体なのだという。

 だとすれば、彼女を殺すことなんて絶対にできないんじゃ?

 心臓を切り裂けば彼女は死ぬだろうか?

 だって、腕や足を切断されても、骨ごと復活するというのなら、それはとても人間とは呼べない。

 中央局長はここに彼女を閉じ込めておいた。研究のため、人工生命体の『これ』を完成させるためだったのだろうけれど、それ以前に、レティシアの処刑は実際問題としてできなかった。そういうことなんじゃないだろうか。


 彼女を殺すことが不可能ならば、彼女に捕まった時点でわたしも、グレイも終わりなんだと思う。

 それに比べたら、今の状況なんて大した問題じゃない。

 中央局長がどんな大きな力を持っていたとしても、倒せない敵ではない。

 そう、チャンスさえあれば。


 わたしが隔離室の真ん中で立ち尽くしたままそう考え込んでいると、急に扉が開いた。

 中央局長だけではなく、厳しい表情をした十人くらいの捜査官たちが次々と隔離室の中にぞろぞろと現れる。

 わたしを取り囲んだ捜査官たちが、部屋を出るように身振りで促してくる。

 わたしはそれに神妙な顔つきで従ったけれど、内心ではこう思っていた。


 ――隔離室から出たらこっちのものよ!


 廊下を歩きながら、こっそりと辺りを観察する。

 中央魔法司法局の中は、相変わらずぴりぴりとした雰囲気を醸し出している。

 わたしの周りを取り囲んで歩く捜査官たちの物々しさと言ったら、それはそれは凄いものだ。

 誰もが緊迫した表情で、唇を引き結んで何も言わない。でも、何となくぎこちなさはあった。

 ノーマンの姿はどこにも見えない。廊下を歩き、色々な部屋の前を通る。いくつかの窓から部屋の中を盗み見たけれど、どこにもいない。

 中央局長はわたしたちの前を無言で歩き、やがて司法局の玄関ともいうべきホールへと進む。わたしたちもそれに付き従い、建物の外に出て、用意されていた馬車へと乗り込むことになる。

 わたしが乗り込むのは、当たり前だけれども中央局長と一緒の黒い馬車で、わたしたちの他にも二人の捜査官が乗り込んできた。二人とも、凄く鍛えたのが一目で見て取れる肉体をしているのが服の上からでも解った。

 ――武器は持っているのだろうか。

 わたしは俯き加減で疲れている様子を装いつつ、その二人を観察した。

 二十代後半か、三十代前半といった感じの二人。大きな武器は持っていないのはすぐに解る。でも、片方の人は上着の内側に短剣らしきものを身に着けているのがちらりと見えた。


 誰もが無言で、そしてわたしを見ようともしない。きっと、わざとなんだろうけど。

 ノーマンはわたしをグレイ・スターリングだと教えられていた。犯罪者なのだ、と。

 彼らもそうだろうか。エアリアル・オーガスティンという人格が入っていると知らされていないのか。

 でも、北部から報告書くらい回ってきてるんじゃないの?

 それとも、あの局次長がもみ消していたとか?

 色々訊きたいことはあったけれど、中央局長がいる場所では何もできない。今は、おとなしくしてなきゃいけないのだから。

 そして、馬車は重苦しい空気の中で走り、やがてとまる。

 ウィストー通りの例の貸し倉庫の前で。


 先に捜査官が二人、馬車から降りていくと、残された中央局長が苦々しげにわたしに囁く。

「君という存在がいけれれば、空間移動の魔法が使えるのだがね」

 使えばいいじゃない。

 わたしは内心、そう吐き捨てた。

 ただ、もしも目の前でそんな魔法を使われたら、意地でも魔法言語を読み取る努力はするけどね! 覚えてしまったら逃げ放題だし!


 ――それ防止か。


 舌打ちしたい気分をこらえつつ、わたしは困惑したように首を傾げ、笑って見せた。

「そうなんですか? ご面倒をおかけします」

「……まあいい」

 中央局長は小さくため息をこぼすと、わたしに馬車を降りるように促した。わたしはとにかく従順さを見せつけるようにすぐにそれに従い、外へと出る。

 空はすっかり暗闇に覆われていた。

 人通りのない場所。そして、そんなところに大人数の捜査官たちが立っている。何て異様な光景だろう。

「局長代理」

 やがて、一人の捜査官が中央局長に向かってそう呼びかけた。三十代後半くらいの捜査官で、完全な無表情。

「ここには魔法による施錠がされているようですが」

 そう続けた彼に向って、局長代理と呼ばれた中央局長は軽く頷いて見せた。

「北部から受けた報告書の中にありましたが、解除はこのスターリングができます」

 その途端、捜査官の視線がわたしに向いた。

 わたしは一瞬だけ身体を強張らせた後、何とか微笑みを浮かべつつこう言った。

「はい、どうやらできるみたいです」

「口は閉じていたまえ」

 すかさず中央局長がそう鋭く言って、わたしは申し訳なさそうに見えるように肩を縮こめて頭を下げた。頭を上げる時にそっと捜査官の顔を盗み見ると、彼は少しだけ目を細めてわたしを見ていた。

 ――さあ、気づくといいわ! わたしは凶悪な犯罪者じゃないんだから!

「彼の演技に騙されないようにしてください」

 と、中央局長が小さく言ったのが聞こえた瞬間、軽く殺意を覚えたけれども。

 わたしが眉を顰めて中央局長を見つめると、彼は警戒したような口調でわたしを見ないまま続けた。

「スターリングには使い魔もついています。下手なことをすれば我々の身が危険です」

「使い魔ですか?」

 わたしは視線だけでその捜査官に訴えてみた。

 攻撃されなければくーちゃんは無害なんだよ。

 もちろん、通じないわけで。捜査官は明らかにわたしを警戒したように見つめ、そして目をそらした。

 くーちゃんは、わたしの服の袖の中に潜り込んでおとなしくしている。この子を見せたら、もっと警戒されそうだ。

「さあ」

 中央局長がわたしの肩に手を置いて、その爪をわたしの皮膚に食い込ませてくる。そのまま、貸し倉庫の扉の前に追いやられた。


 扉には、レティシアにかけられた施錠の魔法が復活していた。

 その他にも、北部の捜査官によるものと思われる魔法が上からかけられている。でも、わたしの手のひらが扉に触れた瞬間、全ての魔法が解除された。

 開いた扉を手で押さえる捜査官、その中に慎重に入っていく捜査官たち。

 わたしは中央局長に肩を抑えられたまま、一緒に貸し倉庫内部へと入った。

 捜査官の誰かが使ったと思われる魔法の明かりで、倉庫内部が明るくなった。そして、目に入ってくるのは以前よりも色々と片づけられているような場所。おそらく、捜査に必要なものは持ち出されているんだろう。

 捜査官の皆が、何も言わずにゆっくりと内部を見て回っていた。誰もが緊張していたし、顔色も悪くなっているように思えた。

 そりゃそうだろう。

 もし、レティシアがここに現れたら、逮捕できるんだろうか。

 以前は、わざと彼女は逮捕されたんでしょう? 司法局の力を利用して、研究を続けるために。


「何もありませんね」

 一人の捜査官がぎこちなくそう言って、中央局長を見た。

 その双眸の中に、一瞬だけ嘲りのような光が見えたと思った。それに気づいただろう中央局長は、何も応えなかった。

 その時。

 他の捜査官が、鋭く言った。

「誰かきます」


 大きな魔力の動きが感じられた。

 それはわたしも知っている感覚だった。多分、空間移動魔法。それも、かなりの人数の動き。

 その場にいた全員の捜査官たちがそれぞれ素早く動き、出入口、窓といった場所に移動する。

 そして気が付けば、貸し倉庫の扉のところに誰かが立っていた。


「やあやあ、お疲れ様ですなあ」

 そう言って、にこにこと笑いながら禿げ上がった頭を撫でているのは北部の局長だった。

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