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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第六章 一番の敵はどこにいるか

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見張り不在

「見張りはどこにいった」

 ノーマンが姿を消してからしばらくして、ディーン――中央局長が隔離室に戻ってきた。彼はおそらく、隔離室の外にノーマンが待機していると思っていたから、明らかに不機嫌になっていた。

「やはり使えない男だったか」

 中央局長が隔離室の扉の前でそう呟き、ふとわたしに視線を向けた。その双眸に浮かんだ輝きは、あまり友好的なものではなかった。何か疑っているかのような雰囲気。

 ――まあ、そうだろうな。

 わたしはきりきりと痛む胃を抱えつつも、能天気な笑顔を作って彼に向けた。

「すみません。何だか、色々お願いしたらすごく迷惑そうな顔をしてどこかにいってしまいました」

「お願い?」

「はい」

 わたしは小首を傾げて見せた。「喉が渇いたといったら水をもらったんですけど、できればお茶がいいとか。お腹がすいたからお菓子も欲しいとか……怒ってしまったんでしょうか」

「それは」

 中央局長が目を細めてわたしを見つめた。一瞬だけ、呆れたような表情となる。

 誤魔化せた、だろうか。


 わたしは結局、この部屋の中をうろうろするだけで、何もできずにいた。

 部屋の中には、透明な『何か』の気配もしていたけれど、近くに寄る勇気はなかった。どうせ、意思の疎通はできそうにないし、レティシアが作った疑似生命体だと思うと不気味さもある。

 隔離室の中にある本のほとんどが魔法書で、こんな時でなければ読んでみたいとも思える内容なんだろうけど、今はそれどころではないし。


「何か、彼に言ったのか」

 ふと、中央局長の目に剣呑な輝きが灯って、わたしは内心、舌打ちした。


 ――誤魔化せてない!


「えと、何をでしょうか」

 それでも笑みを顔に張り付けたまま応えると、中央局長がその手を挙げてわたしに近づいてきた。彼の唇が微かに動いて、呪文の詠唱が始まったことを知る。

 わたしは自分の身体がみしみしと軋むのを感じた。

 一瞬だけの逡巡。

 彼の魔法を壊して抵抗するか、それとも。


 わたしは咄嗟にくーちゃんの檻の魔法を解除した。

 その途端、この場の空気が歪んだ。

 わたしは床に膝をついて、軋む自分の身体を両腕で抱きしめていた。目に映るのは白い床。

 その床の上に、赤い鱗に覆われた巨大な足が現れた。


「使い魔か」

 中央局長が忌々しそうにそう吐き捨てるのを聞きながら、わたしはゆっくりと顔を上げた。

 くーちゃんが低い唸り声を上げながら、中央局長を威嚇していた。巨大なその躰はいつもの小さなトカゲの姿とは違って、今にも襲い掛かろうと言わんばかりのもので、凄まじい威圧感を発している。

 こんなに安堵感を感じるなんて。

 わたしは思わず、手を伸ばしてくーちゃんの長い尻尾に触れた。すると、少しだけくーちゃんはわたしに目をやって、心配そうに嘶く。それでも、すぐに頭を低くして中央局長に向き直り、さらに威嚇音を喉の奥から立て始める。

「……よく知らないんですが」

 わたしは小さく言った。「この使い魔はわたしを敵から守ってくれるようなんです。つまりあなたは、敵なんでしょうか」

 不安げな様子を装いながら、中央局長を見つめると、彼は唇だけで笑って見せた。

「敵を欺くなら身内から、とも言う」

 彼は冷ややかな目つきでわたしを見つめ、その手を挙げて続けた。「君こそが私の敵かもしれん」

 そう彼が言葉を区切った途端、わたしにかけられていた服従の魔法が解けた。中央局長による解除だ。

「使い魔がいるなら、余計にこちらも手出しはできんだろう。それとも、その使い魔を殺せばあの女が出て――いや、それはないだろうな。使い魔の一匹や二匹、死んだところで気にも留めないだろう」

 彼はそう言いながら、しばらく考え込んだ。

 そして、わたしを見てこう続けた。

「確かに私は、君にとって敵かもしれん。しかし、それは全てあの魔法使いを逮捕するための行動ゆえだ。手段はどうでもいい、結果さえ出てくれればな」

「つまり、もしレティシアに襲われてもわたしの身を守ってはくれない、ということですか?」

「君には使い魔がいるだろう。それに守ってもらうといい」

「……」

 ――レティシアの使い魔なんだけど。

 敵がレティシアなら、きっとくーちゃんだって何もできないはず。

 わたしはそう言いたかったけれど、唇を噛んで堪えた。大体、どこまで彼は知ってるんだろう。

 どちらにしろ、余計な情報を与えるのはまずい。


「どうも、嫌な感じがするのでね」

 そう言いながら、彼は薄く微笑んだ。

 それは不快な笑みだった。わたしの心の中に不安が芽生える。中央局長はおそらく、わたしに対する警戒心を強めている。

「ここでしばらく様子を見るつもりだったが、少しやりかたを変えよう」

「やりかたを?」

 できるだけ無邪気な困惑であるように演じたつもりだったけれど。


「どうも、君は信用ならんようだ。ここに閉じ込めておくよりも、一緒に動いてもらうことにする」


 一瞬だけ、わたしは息を呑んで身体を硬直させた。

 わたしの目の前には、いまだ巨大化したくーちゃんの姿がある。そのくーちゃんを見た彼は、複雑な感情をその目に浮かべた。

「それは邪魔だな。ここに閉じ込めておくか?」

「いえ」

 わたしはすぐにくーちゃんの尻尾を叩いて、その躰を小さくさせるように頭の中でイメージした。途端、くーちゃんの躰が縮んで、その小さな足を使ってわたしの身体をよじ登ってくる。わたしの肩に上ったくーちゃんは、相変わらず警戒したように喉を鳴らしていたけれど、大人しくわたしの意志に従ってくれている。

「この小ささなら大丈夫ですよね? 連れていきます」

 そう彼に笑いかけると、中央局長は鼻を鳴らした。

「そういうところも信用できんな」

「お互い様だと思います。だって、わたしは捜査に協力すると言っていますよね? 信頼してくれない人に従うなんて無理ですし」

「まあいい、とにかく外に出よう。また馬車に乗ってもらうことになるが」

「え」

 ――ノーマンはどうしただろう。

 北部に連絡はいっただろうか。もしも連絡がついたなら、そしてわたしの居所が彼らに伝わったなら、きっとここにきてくれるはずだ。できれば、あともう少しでいいからここにいたい。本音を言うなら、せめて明日の朝までくらいは。

 北部に伝わったかどうか、その確認すらまだなのにここを離れるなんて。

「あのう、そろそろ夕食の時間では?」

「食事がしたいと?」

「……ええ、まあ」

「捜査協力をしてもらえるはずだったな。食事は後にしよう」


 わたしは心の中で、発音してはいけないだろう悪態の言葉を思いつくだけ並べてみた。

 もちろん、笑顔のままで。


「君もある程度は予想がついているだろうが、君の存在はレティシアを呼び出すための餌なのだ」

 中央局長は冷ややかな目つきのまま言った。「彼女は中央から逃亡して、どこかに身を隠している。まだ、自由に動き回れる身体ではないはずだし、身を隠すとしたら彼女の工房だと思ったのだがね」

「工房? でも」

 ――司法局に見つかった工房は、全部調査されているはず。そんなところに身を隠すとは思えないけれど。

 わたしは首を傾げた。

「まあ、可能性は低いがね」

 彼は笑みを消して続けた。「ただ、捜査漏れがあった工房が一つあっただろう。それに関しては、局次長のミスだったと言えるが――そうでなかった可能性も否定はできん。北部の連中による内部の調査は終わっているし、調査報告もこちらに回ってきているが、実際に私が見たわけではないしな。何か手がかりがないかと考えている」

 ――ウィストー通りの貸倉庫。

 わたしは眉を顰めて考える。

 確かにそれは可能性が低いと思う。あの場所に何があった? ただ……死体があっただけ。

 それ以外には何も。

 なかったのか、それともあったけれど、わたしには教えてもらえていないのか。

「それでも、我々が動いていれば、あの女は気づくだろう。特に、あの女が使っていた工房ならなおさらだ。それを利用する」


「ここで一つ忠告しよう」

 中央局長がわたしに一歩近づいて言った。「君は確かに、捜査協力者だ。しかし、余計な発言は身を亡ぼすものだ。今の私には、この中央の捜査官を動かすだけの権限を与えられている。もともと、そういう委任状を残しておいた。元の私の肉体がね」

 彼はそう言いながら、自分の腕の袖をまくりあげた。シャツから覗いた腕には、青白く輝く魔法言語の紋章。それは、魔法取締捜査官のものとは少しだけ違うのが見て取れた。

「局長としての印が私にはある。今の私に逆らえる人間は司法局にはいない」

「……あなたの――ディーンのお父さまは? 年齢的にいっても、彼のほうが」

「あれは私の部下でちょうどいい男だ。もともと身体もそんなに強くない。多少のストレス程度で薬に頼るような肉体では、局長の地位は守れん」

「だから、ディーンに」


 だから、ディーンの肉体を選んだんだ。

 人格転移先の肉体として、健康的なほうを。


「血縁者なら、局長の椅子に座ったとしても皆が納得できるだろう。その地盤づくりのために、研修にも色々いかせたのだよ」

 そう言って笑う彼。

 ディーンの顔。でも、ディーンじゃない。


「さて、すぐに準備しよう。あの女に襲われても、撃退できるように手駒を集めないとな」

 そう言った後で、彼はわたしに釘を刺すことも忘れなかった。「もし、その使い魔で私を襲わせようとしても、きっと無駄だ。それはレティシアの使い魔で、私の部下もそのように認識している。魔物が私や捜査官たちを襲えば、こちらも全員で迎撃する。いくらレティシアの使い魔といえど、大人数の捜査官たちを相手にすれば勝ち目はない。そして、それを操った君も我々司法局の敵と認識される。つまり、レティシア側の人間として」

「……襲わせるつもりはありませんが」

「もしも、の話だよ。ただ、君がレティシア側の人間なら、私も殺害命令も出しやすい。命は惜しいかね、エアリアル・オーガスティン」

「もちろんです」

「それなら、大人しく従うことだ」

 わたしはただ唇を噛んだ。

 そんなわたしを満足げに見つめた後、彼はすぐに隔離室から出ていってしまった。きっと、すぐに戻ってくるだろう。外出の準備が済んでしまえば、すぐにでも、といった感じだった。


 でも、絶対に負けないんだから。

 チャンスを見逃さないようにしよう。

 今、一番の敵は彼だ。レティシアはこの際、後回し。彼を何とかしなきゃ、彼のやったことを皆の前で暴かなきゃダメだ。

 何とかしないと絶対にダメなんだ。

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