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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第六章 一番の敵はどこにいるか

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筆談

 しばらく彼はわたしを不審げに見つめた後、踵を返して部屋から出ていこうとする。

 わたしは慌てて彼を呼び止める。今、ここで彼を逃がすわけにはいかない。

「あの! すみません!」

 わたしは彼の興味をこちらに向けるためには何から話しかけたらいいのか悩んだ。でも、全然思いつかなくて咄嗟にこう言った。

「この部屋、トイレってあるんでしょうか!?」

 彼はそれを聞いて、扉に伸ばしかけた手をとめて振り返った。その表情は幾分警戒しているようだったけれど、少なくともその瞳には敵意は感じられなかった。

 彼はやがて困惑したように首を傾げ、知らない、と言いたげにぎこちなく笑った。

 一瞬だけ、何か話そうと口を開きかけ、ため息交じりに肩をすくめる。

「ええと」

 わたしは彼と同じように困惑したように笑い、小さく唸りながら続けた。「もしなかったら、連れていって欲しいんですけど。あの、この場合、女性用のトイレは使わせてもらえるんでしょうか」

 途端、彼が目を細めてわたしを見つめ直した。

 その眉間に刻まれる皺の深さで、彼がわたしの正体について何も知らないのだと気づかされた。

 だから、わたしは笑みを消して、首を傾げて見せた。

「あの、聞いてらっしゃるんですよね? わたしのこと?」

 そう訊けば、彼は頷いたけれど。

「わたし、中身はこれでも女の子なので」

 そこで、彼は一瞬だけ身体を強張らせ、何か訊きたげに唇を動かした。もちろん、声は出てこない。

「あの、失礼ですが声が……?」

 と、わたしが訊きかけると、彼は足早に部屋を出ていってしまう。しかし、すぐに手に紙とペンを持って戻ってきた。そして、近くにあったテーブルの上に紙を置いてカリカリと音を立ててペンを動かした。


『君はグレイ・スターリングという犯罪者だと聞いた』


 急いで書いたせいか、わずかに乱れた筆跡の短い文章をわたしに見せてきた。

 彼のその表情は最初に見た時よりも引き締まって見える。

「さきほど言った通り、エアリアル・オーガスティンと申します。グレイ・スターリングはこの身体の元の持ち主です」

 彼がさらに首を傾げる。

「ええと、中央の局長からお聞きになってないですか? わたしはグレイ・スターリングに身体を交換されてしまった被害者です。命を狙われる可能性があるので、こちらにかくまわれることになったのですが」


 彼がそこで近くにあった椅子に腰を下ろした。紙はテーブルの上に置いたままで、ペンを弄びながらわたしを見つめる。どうやら興味を持ってもらえたらしい、とわたしは安堵の息を吐いた。

 すぐにわたしも遠くに置いてあった椅子を抱えて持ってくると、彼の目の前に置いて腰を下ろす。

 それから、できるだけ簡潔にわたしの身に起きたことを話した。

「わたしについては、北部に問い合わせてもらえればすぐに解ると思います。北部の局長にはとてもお世話になりました。急にここに連れてこられてしまったので、もしかしたら、心配しているかもしれませんし……」


『確認する』


「あの、あなたのお名前をお聞きしてもいいでしょうか?」

『ノーマン・アシュクロフト』

「声が出ないのは……わたしと会話できないように、ということでしょうか」

『おそらく。まだ君を信用していないから、こちらからは何も情報を与えることはできない』

「そうですよね」

 わたしは苦笑した。「あの……こちらの……中央の局長が亡くなったというのは事実ですか? それも教えてもらえませんか?」

『事実だ。だが、それしか教えられない』

「生き返らせることはできませんか?」

 その問いに、彼は呆れたようにわたしを見た。

 まあ、普通はそうだろう。

 人間、死んだら生き返ることなど不可能なのだし。


 でも。


「でも、中身は……こちらの局長ではないのに」


 そう言ってから、わたしは目の前にいるノーマン・アシュクロフトの表情の動きを観察した。

 彼は胡散臭げにわたしを見つめたまま、何を言っているのかと呆れたように笑って目を伏せる。

「あ、すみません」

 わたしはそこで怯えたように――もちろん演技だけれど――声を潜めて続けた。「さっきは何も言われなかったのですが、これは秘密なんですよね? もちろん、わたしは司法局のかた以外には黙っているようにします。でも……もしも生き返ることが可能なら、何とかしてもらいたいんです。ディーン・リーガン捜査官には北部での研修のときにお話しする機会があったので……」


 そこまでわたしは言葉にしてから。


「……バカじゃないの」

 つい、本音を口に出していた。

 わたしは目の前にいる彼を見つめ、まだるっこしい嘘まじりの会話を停止させた。

「あなたは敵ですか? 中央局長の味方ですか?」


 ノーマンは鋭い視線をわたしに向けていた。急変したわたしの口調に驚いたように息を呑んでいる。

 わたしもその視線を受け、彼に挑むように睨みつけた。

「あなたが敵なら、こんな風に会話しているのは時間の無駄なんです。こうしている間にも中央局長が戻ってきてしまうかもしれない。わたしがこんな会話をしていると彼が知ったら、レティシアを呼び出す餌として使われる前に殺されてしまうのが明らかです。わたしはまだ死ぬつもりはありません」


『局長は昨夜、亡くなった』


「生きてますよ。わたしと同じように、人格転移の魔法によって、ディーン・リーガンの肉体の中で」


 ノーマンの表情に影が落ちた。

『証拠は?』

「わたしが人格転移の禁呪によって肉体を交換された時、人格鑑定というのを受けました。北部魔法司法局のカウンセラーの、ハワード・コールターという人に聞いてください。それで、現在のディーン・リーガン捜査官に人格鑑定を受けさせてみてください。きっと、今のディーンはトカゲとか蛇とか食べてるのかもしれません。祖父である局長と同じように、健康には気を使っているのかも」

 ノーマンの目には何やら考え込んでいるような色が見え隠れしている。

 その表情は、驚きと疑いといったものが混じっていた。それが演技なのかどうか、わたしには判断がつかない。演技には見えないけれど、相手は中央の捜査官なのだ。嘘をつくくらい、簡単なのかもしれないし。


「あなたはわたしの監視役ですよね」

 わたしは低く囁いた。「中央局長からどういった命令を受けているんですか? 逆らったら殺せとでも言われてるんですか?」

『私の任務は君の監視。犯罪者である君の逃亡を防ぐための監視だ』

「逃亡したら? 殺してでもとめろと?」

『この隔離室からは逃亡できない。だから、それは必要ない』

「そうですか」

 わたしは小さく笑った。「やっぱり、あなたは敵なんですね。局長の味方だ」


『局長は死んだ。今、この中央は局長不在。局次長が行方不明なので、バレット参事官とディーン・リーガン捜査官が指揮を執っている。今の私に命令を下しているのはディーン・リーガン捜査官』


「行方不明?」

 わたしは昨夜のことを思い出して考え込んだ。

 局長が亡くなったのは昨夜。局次長が行方不明になったのも昨夜? レティシアが逃亡したのも?

 グレイは局次長に接触してみると言っていたけれど、わたしにそう言ったのは昨夜、結構遅い時間だった。そんなに急に色々起きるものなんだろうか。

 ――動くのが遅すぎた。

 グレイはそうも言っていたんだ。

「局次長は一体、どんな役割をしていたの? 欲望に忠実? グレイの与える情報に食いつく?」

 まったく、全然解らない!

 わたしが乱暴に頭を掻いて唸っていると、ノーマンがとんとん、とテーブルを指先で叩いた。わたしは顔を上げた。


『ある些細な事件の時、局次長とやりあってから、私は書類整理に回された』


 ――何それ。

 わたしが困惑の視線を彼に投げると、ノーマンは苦笑しながら紙の上にペンを走らせる。だんだん、文字で紙が埋め尽くされていく。

『以前は私もそれなりに将来有望な捜査官として認められていたのだが、局次長に逆らったことで潰された。私はここでは昇進から最も遠い場所にいる。だから、今回も君の監視という簡単な仕事につけられた』

「簡単なんだ」

 わたしはそっと隔離室を見回した。

 要塞のような部屋。

 まあ、逃亡は無理そうだしね。服従の魔法もかかったままだから、あのくそったれ局長が油断しているのかも。つまり、わたしにはきっと今しかチャンスはないんだ。

 わたしはノーマンを見つめ直す。

『君との必要以上の接触も禁じられている』

「それは……まずいですね」

 わたしは眉を顰めた。

 これがバレたら、わたしだけではなくてノーマンの立場どころか命も危ないってことじゃないんだろうか。

『これから北部に君についての調査報告を請求する。それ次第でどうするか決める』

「ありがとうございます」

 わたしはぎこちなく感謝の言葉を口にした。「でも、気を付けてください。最悪、北部にわたしのことを伝えていただけたら、そのまま北部に逃げてもらったほうが安全なのかもしれません。わたしがここにいるということ、ディーン・リーガンが別人であることだけを北部の局長に伝えてもらえれば、もうそれだけで充分です。後は何とかなると思います」

 すると、ノーマンが奇妙な目つきでわたしを見つめた。

 そんな彼に、わたしは制服のポケットに入れてあった赤い手帳を取り出して渡した。

「これを使って、わたしはエリザベス捜査官と会話をしていました。この隔離室の中では使うことができませんので、あなたが持っていてください」

『本当に何とかなるのか?』


 ――どうかな。

 わたしは苦笑した。


「北部の局長は頼りになるかたです」

 やがて、わたしはそう言った。「神殿にもコネがありますし、わたしは何度も助けてもらいました。きっと、あなたの今の状況も説明すれば……何とかなるかも」

『北部の局長は曲者だと聞いてる』

 ノーマンは小さく笑い、やがて椅子から立ち上がって部屋を出ていった。


 彼が北部と接触すれば、少なくとも現状だけは何となく伝わるだろう。

 さあ、これからどうしよう。

 わたしにできること、他に何がある?

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