友達
レベッカの家に到着して、馬車から降りた時に見えたのはジェンキンスとアレックス。ちょうど、彼らはレベッカの家から出てきたところだった。
正に、この到着時間を狙っていたのだろうか、と思えるようなタイミングだ。
わたしが横に立ったマチルダを見ると、その横顔に驚きどころか何の変化も見られなかったことから、やっぱり「そうなんだろうなあ」と納得した。
「……奇遇だな」
ジェンキンスがすぐにこちらに気が付いて、ニヤリと笑う。そして、マチルダとエリザベス、そのすぐそばにいたわたしに視線を向けて鼻を鳴らした。
「何の用だ」
「あなたには用はないわね」
マチルダがわたしの前に一歩出て腕を組む。長身の彼女がそういう仕草をすると、よく解らないけど迫力がある。上から目線、といった表情もあるんだろうけど。
「こっちは商談でね」
ジェンキンスがマチルダのすぐ目の前に立ち、彼女のことを見下ろした。その双眸には威圧するかのような輝きがあって、見えない火花が散るというのはこういうことなんだろうか、とわたしは息をつめて考えていた。
「将来性のある魔法使いを確保しようってことかしら?」
マチルダがそう低く笑うと、ジェンキンスは少しだけ首を傾げた。
「お前もそうだろう。あの化け物はどうした? 買い上げてペットにして、さらにそいつも飼うつもりか?」
と、彼の視線がわたしに向いた。
買う。飼う。
わたしは困惑して眉を顰めた。
ジェンキンスの目には俗っぽい感情らしきものが見えたけれど、それが何を意味しているのか解らなかった。
「あの、よく解らないですけど、わたしがここにきたのは……連れてきてもらったのは、友人が心配だったからで」
そう言いかけると、ジェンキンスがわたしの言葉を遮った。
「言い訳はどうでもいい。お前がどう思うにしろ、その女の狙いは」
「そうねえ、わたしは面食いだしそれも面白いけど」
そこで、マチルダが少しだけ呆れたように肩をすくめて続けた。「個人的には、可愛い女の子を引き連れているほうが好きなのよね。どうも男の子は……」
「ならば交換するか?」
ふと、ジェンキンスが声を低くさせた。その表情からからかうような雰囲気が消えて、本気で言っているらしいとわたしにも伝わってきた。
「正直に言えば、俺は有能な魔法使いが欲しくてね。優秀な魔法使いというのはそれなりの主を持つものだ。こんな街で働く魔法使いは落ちこぼれが多いのも事実。それなら、優秀な人間を若いうちに確保しておくのが安全だろう。魔法免許を取るまでの資金援助はするつもりで考えているし、ここの家の娘と親にもそう伝えた。娘は結構乗り気だが、両親がそれを許さないでいるから困っていたところだ」
「それはそれは」
マチルダが笑みを消して続ける。「普通に考えれば、あなたみたいな危険な仕事を請け負う人間のところに大切な娘を差し出す親なんていないと思うけど。しかも、このタイミングで? もう一人の娘が亡くなった直後よ?」
「お前も言っていなかったか? 金が好きな人間は多い」
「まあね。それは否定しないわ」
「しかし、女の魔法使いよりは男のほうが使い勝手がいい。危険な仕事をさせるならなおさら」
ジェンキンスの目がこちらを向いたので、わたしは慌てて首を横に振った。
「あの、まだ勉強中の身なので」
そう口を開くと、彼は「解ってるさ」と笑う。ジェンキンスの後ろにいたアレックスは無表情でそこに立っている。
――どうしたらいいんだろう。
「……エイス君」
そこに、レベッカの声が響いた。
家の前で会話していたのが聞こえたのか、家の中から出てきた彼女は酷く強張った表情でこちらを見つめていた。
痩せたみたいだ、とすぐに思う。
顔色はよくないし、あまり眠れていないのか目の下に隈も薄くできている。
「どうしたの?」
彼女はドアの前に立ったまま、こちらには近寄ってこない。それでも、彼女の表情が少しずつ困惑していくのが見て取れた。
「ずっと休んでるから心配だったんだ。だから、様子を見に来たんだよ。あんまり体調、よくないみたいだね」
わたしがそう言うと、彼女は微かに頷く。
「うん。通学どころじゃなくて」
「だろうね」
わたしはどう話を進めたらいいのか解らず、助けを求めるようにマチルダを見たけれど、彼女は薄く微笑むだけだ。助言! 助言は!?
わたしは小さく唸った。
とにかく、頭の中を整理しよう。
ジェンキンスの前では、マチルダたちが司法局の人間だとバレるのはまずい。どうやら、マチルダやエリザベス、アレックスが司法局の人間だとはレベッカは知らされていない。別の捜査官が彼女に対応していると言っていたし。
ならば、これからの会話でマチルダたちの正体がバレるような発言をしたらまずいし、そいったことを匂わせることもないままレベッカを説得しなきゃいけないわけだ。ジェンキンスに近づかないように、と。
難しい。
わたしは唇を噛んだ。
「エイス君には感謝してるよ」
レベッカは沈黙してしまったわたしに力なく笑いかけてきた。「色々助けてもらったし。でも、もう学園には通えないかもしれない」
「何で?」
わたしは驚いて彼女を見つめ直した。
「何だか、やる気が起きなくて。ごめんね」
「でも、特待生だよ? あんなに頑張って勉強したのに!」
「わたしが頑張ってたのは、家族のためだよ。お姉ちゃんが死んじゃったのに、それどころじゃないよ」
「でも」
「エイス君にはきっと解らないよ。お姉ちゃん……姉のあんな姿を見たら、やっぱり……許せない」
レベッカは苦しげに顔を歪め、一瞬だけジェンキンスを見やる。「犯人、捜してくれるって言うの。絶対に見つけ出してくれる、って」
わたしは目を細めた。
レベッカのお姉さんを殺した犯人。
それは。
――もう、死んでいるかもしれない、とは言えない。言ってはいけないことだけど。でも。
「見つけてどうするの?」
マチルダが口を挟んできた。「見つけて司法局に突き出す……なんてことはしないわよね?」
「さて」
ジェンキンスが笑う。無邪気と言っても間違いじゃない。ただ険悪そうに見えた顔つきが、笑うことによって少しだけ人好きのする雰囲気に変わったのは確かだった。
「見つけたらその娘の好きにさせるつもりだが」
「レベッカ」
わたしの胸に不安が広がった。レベッカに近づいていくと、彼女は手を上げてこれ以上近づかないように、と言いたげに目を伏せる。
「同じ目に遭わせたいの。絶対に許せないんだもの。仇を討ちたいのよ」
「ダメだよ!」
わたしは思わず大声を上げた。「そんなことをしたら絶対にダメだよ!」
「何で!?」
レベッカがわたしを鋭く睨む。「お姉ちゃんはわたしたちのためにずっと働いてたのよ!? あんな仕事をしてたのは、あんな死にかたをするためじゃない! 絶対に違う!」
「解ってるよ! でも、ダメだよ!」
「……他人事だからそう言えるんだよ」
レベッカが苦々しく笑った。突き放すかのような視線がわたしに向けられる。
「同じ目に遭ったら、きっとあなたも同じように考える。絶対にそうだよ」
「……うん」
わたしはふと、泣きたくなった。
彼女が言う通り、もしもわたしが同じ目に遭ったら。
両親やクレアたちが殺されたら、絶対に犯人を許せないだろう。犯人を殺したいと思うだろう。
でも。
「でも多分、わたしが同じ立場で、もしもレベッカがわたしと立場が入れ替わっていたら」
わたしは必死に言った。「きっと、友達が人を殺そうとしていたら、レベッカだって引き留めるはずだよ。だって、友達だもの」
「友達、ね」
レベッカが顔を歪めた。
「友達だよね?」
わたしが重ねて言うと、彼女は僅かに首を傾げて見せた。
「……一緒に勉強してるだけでしょ?」
「それだけじゃ友達じゃないの?」
わたしはふと、胸を突かれたような気がした。余程変な顔をしたのか、レベッカが奇妙な表情をして見せた。
「だってエイス君、友達いっぱいいるでしょ?」
「え?」
わたしは驚いて素で返してしまった。「本当の意味で友達なんて呼べる人、学園にはサイモンくらいしかいないよ」
「え?」
今度は彼女が変な顔をした。「だって、あんなに人気あるのに?」
「人気って何?」
「女の子にも人気あるでしょ?」
「……顔が?」
わたしは思わず笑った。「顔しか取り柄ないからね」
しかも、この顔はわたしのものじゃないし。もしも女の子に人気があるとするならば、グレイ・スターリングのこの顔が理由だ。『わたし』が人気があるわけじゃない。
「女の子でまともに会話してるのって、レベッカくらいだけどね。後は、親戚のレイチェルくらい。……そうか」
わたしは小さく言った。「友達だと思ってたけど、違ったんだ。レベッカはそう思ってなかったってことだよね」
「え、違うよ」
彼女は慌てたように目を見開いて、わたしに近づいてきた。それから、わたしにだけ聞こえるように小さく言った。
「婚約者、いるって言ってたよね」
「表向きはね」
「表向き?」
「青春ですこと」
マチルダの声が響く。すっかり呆れかえったような声。それは演技だったのかもしれないけど、レベッカが我に返るには充分の力があったようだった。
「……あの、横恋慕とかしないから。もともと、身分が違うわけだし」
レベッカの表情は、最初にわたしがここにやってきた時とは随分違っているようだった。冷ややかさも拒絶もなく、ただ困惑しているのが見える。
「その辺りについては、後で話したいことがあるんだけど」
わたしは胸にもやもやするものを抱えながら唸った。
もう、いっそのこと、全部話せたらいいのに。わたしは中身だけは女の子なんだって。恋愛なんかしてる場合じゃないんだって。
「じゃあ、後で話そう」
レベッカが躊躇いつつもそう言ってきた。「……また、学園で」
「うん」
わたしがほっとしてそう頷くと、彼女は苦笑しつつジェンキンスに顔を向けた。
「少し、考えさせてください。ウェクスフォードの卒業までまだ時間はありますから」
そう彼女が言うと、ジェンキンスが目を細めてわたしを見た。いかにも苦々しい、といった表情。
「お前はウェクスフォードの特待生ではない、という話だったか」
「はい」
何とか彼に笑いかけながら応えた。「お金にも困ってません」
すると、彼は舌打ちしてから歩き出す。その後に続いて、アレックスも歩き出したけれど、一瞬だけこちらを見て笑ったみたいだった。
「まあ、上出来なんじゃない?」
マチルダがわたしの耳元でそう囁いた。
気が付けば、辺りはすっかり暗くなっていた。




