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魔法使いは鏡の中で笑う  作者: こま猫
第五章 殺人者の記憶

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 一体、何をしているのか。

 僕は台所で湯を沸かしつつ、ため息をついた。考えるのも面倒になって、適当にお茶を用意して居間へ向かう。すると、そのドアの前で三人の会話が漏れ聞こえてきたので、つい聞き耳を立てた。


「関わらないほうがいいって、あれほど言ったのに」

 それはヴィンセントの声だ。彼の声はいつも冷静で、今も呆れてはいるものの怒ってはいない。

「だからあんまり遊びにきてないじゃん」

 ギャリーの馬鹿の声は明るかったけれど、少しだけ落ち込んでいるようだった。「できるだけ迷惑はかけないようにしてるし」

「誰にとっての迷惑だよ」

「そりゃグレースの」

「俺たちの迷惑は考慮の範囲外か、このバカ」

「兄さん、声が大きい」

「悪い」

 何だかんだで彼らは仲がいい。僕がつい苦笑しつつドアを開けようとしたけれど、さらにヴィンセントが言葉を続けたので僕は動きをとめた。

「あの女よりずっと、俺たちのほうが付き合いが長いだろう。俺もロッドもお前がそんなに根が悪いやつだとは思ってはいない。まあ、馬鹿だがな」

「おい」

「それなりにお前には人を見る目があると思ってる。でも正直、グレースに関しては俺もよく解らない。お前はどうしてグレースにそこまで入れ込む? 判断基準が美人か不細工か、とかだったら馬以下の馬鹿だぞ」

「ひでえ」

 ギャリーが情けない顔で唸る。それから、気まずそうに言った。

「そりゃ、顔は好みだけど、それだけじゃないぞ。お前らはあまり思わないみたいだけどさ、何だかグレースの顔って寂しさみたいなのがあるじゃん。あの冷たい口調の裏に、何か色々あったんだろーなー的な」

「そりゃ色々あっただろうよ。司法局が追ってるくらいだからな。罪状がストーカー程度で司法局が追うとはちょっと考えにくいけど」

「でも何つーかさ、守ってやりたくなるじゃん。ここは男の俺が! みたいな!」

「あ、すまん、お前は馬鹿だった」

「うっせ」

「……でも、あれは女じゃないと思う」

 ヴィンセントが溜め息混じりに言って、他の二人が黙り込んだ。「女らしさが欠片もない。ああいう性格なんだろうけどさ、多分、お前は相手にされてない」

「きっついこと言うねえ」

 ギャリーはただ苦笑する。「俺が相手にされてないんじゃねえ、誰も相手にされてない、の間違いだ。そうだろ? いつだって女の子に人気のあるヴィンセントも、今回ばかりは適当にあしらわれてるもんなー」

「俺のことはどうでもいい。興味ない」

「ま、お前はグレースに興味ないほうがいい。俺も恋敵が減ったほうが助かるし」

「いや、お前な」

「最初の頃より、ちょっとマシになった気がしねーか? グレースの感じ」

「それは……まあ、確かに」

「何だかんだいっても、茶を出してくれるんだぜー」


 くそ。

 僕はムカついてそこでドアを開けた。

 途端、彼らがびくりと肩を震わせてこちらを見た。明らかにヴィンセントとロッドは気まずそうに僕を見上げていたけれど、ギャリーは上機嫌な笑顔をこちらに向け、ソファに座っている。

 僕はテーブルの上に乱暴にお茶のカップを並べ、吐き捨てるように言った。

「中に何か入ってると疑ったことはないのか」

「え」

 ギャリーが僅かに表情を強ばらせた。「まさか、媚薬とか入ってる?」

「殺すぞ」

 僕は半分本気でそう言った。しかし、ギャリーはすぐに表情を緩ませてカップに手を伸ばす。その無邪気さがエアリアルを思い出させるものだから、自分でも意外なほど落ち込んだ。

 どうして僕は、こうも馬鹿に縁があるのだろう。

「そろそろさ、本当のことを教えてくれないかな」

 僕が椅子に腰を下ろして目を閉じていると、ヴィンセントが躊躇いがちに口を開いた。「君のお兄さんとやらは、帰ってこないんだろう?」

 僕は頭痛を覚えつつ目を開け、足を組んで天井を見上げた。もう、彼らには僕が女らしくないと解っているのだから、今さら取り繕う理由もない。

「だから? それを訊くことは危険だと思わないか?」

 僕はヴィンセントに視線を投げた。できるだけ感情を含めずに言うと、彼は唇を噛んだ。僕はそこで、底意地が悪いように見えるであろう笑顔を作り、さら続ける。

「この屋敷にいた人間が姿を消して、代わりに女が一人現れた。それを警戒しつつも、関わったのは君たちだ。僕も関わったのを後悔しているけどね」

「グレース」

 やがて、ヴィンセントが眉を顰めた。「……おそらく、君のことを探してる人間がいる。最近、金髪の女の子のことや、魔法を使う人間について聞き込みをしてる男に会ってね。腕は服に隠れていたから印は見えなかったけど」

「司法局かな」

 僕は目を細めて彼を見つめ、ため息をついてから椅子から立ち上がった。

「まあ、よく今まで見つからなかったというべきだろうね。髪の毛は染めておけば良かったよ」

「君のことは教えてない。知らないと応えておいた」

 ヴィンセントがそう静かに言って、僕は困惑しつつ彼のほうを振り向いた。

「……意外だな。ギャリーならともかく、君はそういうことをしないかと思ってた」

「君を司法局に売り渡したらギャリーが大暴れしそうだったし」

「ああ、それなら納得だ」

「おい、ちょっと待て!」

 そこでギャリーが大声を上げてソファから立ち上がったが、僕とヴィンセントはそれを完全に無視していた。ロッドはソファに深く座り、呆れたように頭を抱えている。

「だから、少しは何かを教えてもらえないかと思って。多少は事情を知っていたほうが、こちらも対応しやすいし」

 ヴィンセントはぎこちなく笑う。「厄介なことに、ギャリーは君に惚れているみたいだ。何だかよく解らないけど、君を信用しているというか……。だからというわけじゃないけど、ギャリーが信頼したいと考えているなら、俺も少しは協力しようかと考え始めている」

「本当に厄介だよ」

 心の底からそう思う。僕が真剣な表情でそう返すのを、ヴィンセントはただ複雑そうな輝きを放つ目で見つめていた。

 厄介なのはギャリー一人だけで充分なのに。

 僕は彼らの顔を見回した後、小さく苦笑した。

「多分、君たちが考えている通りだ。僕は色々問題を抱えてる。司法局に追われているのも、僕が人間を殺したからだ。正当防衛とかじゃない、殺したかったから殺した、それだけだ」

「え」

 ギャリーが口をぽかんと開けて僕を見つめ直し、ヴィンセントが感情を消した顔をこちらに向けている。ロッドはどうやら状況についていけず、ただおろおろと僕とヴィンセントの顔を交互に見つめていた。

「だから僕は言ったろう。君たちが考えているよりもずっと、極悪非道な人間だと。だから、ここにこないほうがいいと言ったのに」

 僕は少しだけ沈黙し、それからギャリーに近づくと彼の額に触れた。

「おい!」

 ヴィンセントが慌てたように何か言う前に、僕は魔法の呪文の詠唱を終えた。途端、目の前にいたギャリーの目から輝きが消え、その身体がソファに倒れ込んだ。

「何をした!」

 ヴィンセントが素早く僕の横に立ち、僕の腕を掴んで捻り上げる。僕は笑いながらギャリーを見下ろした。

「記憶を消した。僕に関するものを」

「記憶?」

「一番都合のいい魔法だよね」

 僕がヴィンセントに視線を向けると、彼は明らかに怒りの混じった目で僕を睨んでいた。ロッドは青ざめた顔をしてギャリーに近寄り、その肩を揺すっている。

「話してもらえるんじゃないかと思ったのに」

 ヴィンセントが苛立った様子で僕の腕を振り払い、低く囁いた。彼はおそらく、僕に失望しただろう。

 でも、これでいいはずだ。僕らはこれ以上、関わらないほうがいい。少なくとも、彼らは善良な人間なのだから。

 ヴィンセントは大仰に息を吐くと、ギャリーに近づいて服のポケットをまさぐった。そして、何かを取り出してそれを僕に投げつける。

 咄嗟にそれを手で受け取ってから、手を見下ろして困惑した。

「貢ぎ物だそうだ」

 ヴィンセントの声が響く。僕の手の中にあったのは、赤い石のはまった髪飾り。かなり精巧な造りのものであったから、高価なのだろうと見て解る。

「……今の僕には使えないな」

 僕は自分の髪の毛に手を当てて苦笑する。ヴィンセントが舌打ちして、口の中で何か悪態をついているのを見ながら、僕は言葉を探した。

「僕は自分と同じ年頃の人間とは、食事を奪い合うということくらいしか接触したことがない。だから、正直に言えば、君たちのことは困惑してるんだ」

「食事?」

「君たちとこうして会話できたのは楽しかったよ。こういうのは初めての経験だった」

 僕は髪飾りからギャリーに視線を移していたけど、ヴィンセントとロッドの視線がこちらを向いているのも感じていた。

 何だか変な気分だった。

 僕はやがて顔を上げ、ヴィンセントを見やる。

「僕はまた、人を殺さなくてはならない。だから、君たちと接触し続ければ君たちにも迷惑がかかる。司法局は正義の味方ではあるけれど、犯罪者に対しては結構残酷だからね。君たちが僕に関する記憶を持っていたら、色々まずいと思う」

「人を殺す?」

 ヴィンセントが鋭く言った。「それをやめればいいじゃないか。もう、そんなことは」

「やめられない」

 僕は肩をすくめて見せた。「まあ、その前に僕が殺される可能性が高いし。だから一応、これでさよならだね」

「グレース」

「それは僕の名前じゃない」

「じゃあ――」

 ヴィンセントがさらに声を張り上げたけれど、彼の言葉が続く前に僕の魔法の呪文が完成していた。それはとても簡単だった。

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